第6話 勘違い
カウンター風のテーブルに、隣同士寄り添って座る私といつき。
「はい、いつき。アーン!」
周囲の女共に見せ付けるように、焼き鳥をいつきの口へと運んで行く。
フハハ、あのボインボインのお嬢ちゃん悔しがっているわねー。
歯軋りが聞こえてきそうだよ。
私がこんな優越感を味わえるだなんて……幸せ。
いつきも恥ずかしがったりせずに、上機嫌に極楽鳥を堪能してくれている。
実はこういう事に慣れているのかしら?
も、もしかして、にほんに私以外の恋人が居たりして。
ハハハ、それは流石に考え過ぎかなー。
だって私の旦那様になってくれたんだし、あり得ないよねー。
……いつき、本当に旦那様になってくれたんだよね?
いつきはエール酒が余程気に入ったのか、3杯目に突入した。
頬には赤みが差し、瞳もトロリと溶け始めている。
そんないつきを観察していると、ジョッキを呷る時、串を頬張る時なんかに、チラリチラリと視線が動いている事に気付いた。
いつきが見ているのは……女子だ。女子を凄く見ているわ。
私がすぐ隣に居るのに、ね。
私が気付いていないと思っているのかしら? ぐむむ。
コッソリと視線の先を辿ってみると、子供も年寄りも関係なく、女子の……手ね。どうやら手をチラチラと見ているみたい。
……フフフ、そうか、そういう事ね。
お酒が入って油断したのね?
いつきは『手フェチ』だったみたい。いつきの性癖発見!
そうと分かれば私の手で、発情期のいつきをメロメロにしてあげるんだからね!
こうかしら? それともこうかしら?
掌を開いたり閉じたり、妖艶な手付きでジョッキを持ってみたり。
いつきの口もとに付いていた焼き鳥のタレを、そっと指で取ってあげたり。
指でマジカルコヨーテを作って、コンコンと鳴かせてみたりした。
……ちっとも効果はなかった。
メロメロどころか、屋台を指差し他の物を買いに行こうと言い始める始末。
私の手、魅力ないみたい。グスン。
ボインボインのお嬢ちゃんに、ムカつく笑顔で見送られながら、覚束ない足取りのいつきの後を着いて歩く。
数軒の屋台をフラフラと見て歩き……いつきが何か欲しい物を見付けたみたい。
雑貨を扱っている屋台の前で、両手の荷物を降ろした。
こっちおいで
こいこいと手招きされたので傍に寄ると、すぐにいつきの掌で視界を遮られてしまった。
キスだ。コレ間違いなくキスだ。
直感的にそう思った。
何よ何よ! 私の手で誘惑する作戦、バッチリ効果あったじゃないのよ!
しかもこんな往来の激しい場所でだなんて、いつきってば結構大胆!
エール酒の効果もあったのかな? お酒って凄いよね!
ちょっと顎を上げた方が、いつきがキスし易いよね? こ、こうかな? 身長差があるしもっとかな?
……なかなかキスしてくれない。
暫く焦らされていると、今度は私の手を取り、指を触り始めた。
ちょ、ちょっと誘惑し過ぎたみたい。こんな場所で欲望に忠実になっちゃうだなんて!
獣と化したいつきに暫く両手の指を弄ばれた後、私の視界は解放された。
……アレ? キスは?
ぼんやりと戻って来た視界の先では、屋台のオヤジといつきが何やら取引していた。
……なんだこりゃ。
「ちょ、ちょっといつき! キ、キスしてくれるんじゃなかったの? 私の指を弄って自分だけ満足したら……満足し……ま、満足です。あ、ありがとうございます」
さわさわされていた指を見てみると、そこにはカワイイ指輪が填まっていた。
それも、右手の小指と左手の薬指の2つ。
いつきと誓約の呪術を交わした右手の小指には、ピンクの小さな宝石が輝く指輪。
結婚指輪を填める左の薬指には、シンプルなデザインのミスリル製の指輪。
暫くぽけーっと指輪を眺めていた。
色んな感情が一気に湧き上がり、脳がパンクしてしまったのか、暫く何も考えられなくなった。
隣では、いつきがずっと照れ笑いを浮かべている。
ポリポリと頬を掻いている仕草が何とも愛らしい。
こ、これって、コレって結婚指輪って事よね? 間違ってないよね?
嬉しい、凄く嬉しいよ、いつき!
そ、そうか。いつきが女子の手を見ていたのは、結婚指輪の存在を確認をしていたのね。
多分にほんにも似た風習があって、こっちの世界にも同様の風習があるのかどうか調べていたみたい。
そうとも知らずに、いつきが『手フェチ』だと勘違いしていた私。
一生懸命誘惑しようとしていた私。
「マジカルコヨーテちゃんだよー、コンコーン!」
……恥ずかし過ぎるよ。
ぎゃー、誰かこの忌まわしい記憶を消し去って頂戴!
城に戻って来ると、いつきは倒れ込むように眠ってしまった。
酔いが回ったのか、グーグーとイビキを掻き始めたので、私のベッドに運び込んだ。
気持ち良さそうに眠るいつきの傍で、カワイイ2つのリングを眺めて、再びウットリとする。
いつきのセンス抜群。
デザインもさることながら、2つのリング両方に呪いの付与効果が付いている。
その為私の手では2度と外せないんだけど、コレって一生指輪を外さなくていいよって意味が込められているのよね?
なかなかキザな事してくれるじゃないのよ、いつき。
いつきから貰った初めてのプレゼント。
永遠を誓う結婚指輪。
ウフフ、私が外すワケないじゃない。
ずっと、ずーっと大事にするよ。ありがとう、いつき。
初めての外出で疲れてしまったのか、いつの間にか私も寝入ってしまっていた。
隣で寝ていたいつきはというと――どうやら私よりも早く目が覚めていたみたいね。
朝日が差し込む窓から、遠くの方をぼんやりと眺めていた。
「おはよういつき」
「●●●●、でぃえいら」
いつきは何か考え事をしていたみたいだけど、私が話し掛けるとすぐに優しい笑顔に戻った。
今日のいつきは朝から凄く張り切っている。
昨日描いた玉座の間の絵に、絵の具を使って色を付け始めたの。
……な、何よコレ! 凄い!
赤と青の2色で描かれていた絵が、いつきの丁寧な作業でどんどん色鮮やかな作品へと生まれ変わって行く。
上手だった絵に更に色が加わると、今度は今にも床から飛び出して、動き始めちゃうんじゃないかっていうくらい、いつきや私が本物みたいになったよ!
いつきが説明してくれる言葉は理解出来ないけど、そんなの分からなくても全部いつきの絵が教えてくれている。
子供の頃のいつきは、ちょっとカッコイイ機械の絵を楽しそうに描いている。
フフ、今とあまり変わらないじゃない。
沢山の仲間達と同じ衣装を着ている、今よりも少し幼いいつき。
このいつきも生き生きとした表情をしているわ。
お仕事を頑張っているいつきは、絵を描く量が凄く多い。
ちょっと疲れている表情だけど、何処か達成感を味わっているみたい。
ナイスな仕事をしたかみという奴は、黒い衣装を身に纏った、白髪の男性だった。おじいちゃんだね。
婚姻の儀式の時に、私が着ていたヒラヒラの衣装は真っ白だったのね。
いいなー、私凄くキレイだし、とっても嬉しそうだし。
そんな沢山のいつきと私の中で、異色を放っている私が描いたヘタっぴな絵。
その絵にも色を付けてくれたんだけど、怪物同士が戦っているんじゃなくて、ソレ、いつきと私……だったんだよね。
いつきが私の所に来てくれて、どれ程嬉しかったかを説明したかったんだけど……アハハ、今更言えないよねー。
こんなヘタっぴな絵でもいつきの手に掛かれば、他の子達と同じように踊り出しそうになっちゃうんだもの。
やっぱりいつきって凄い。




