第5話 お買い物
「ま、誠に申し訳ございませんが、当店では買い取りしかねます」
ジャダールから受け取った装備品は余程高価な物らしく、数店舗で買い取りを拒否されてしまった。
払える分だけのお金でいいと伝えて、やっと買い取って貰えたんだけど、それでも凄い金額になってしまった。
ウシシ、これでデート資金はバッチリよ!
いつきは終始笑顔。
すれ違う人間達や、古い街並みを見ながら瞳を輝かせている。
フフ、いつきってばまだまだ子供ねー。
キョロキョロと見回しちゃって、田舎者みた――ぅお! あの馬車、ヨタート社製の最新式じゃない! カッチョいいなー!
うわ、あの装備品ブランド、トートキにまで進出して来たのね!
「いつき! あの装備凄くお洒落だと思わない?」
優しい笑顔で頷いてくれるいつき。
言葉は伝わらなくても、雰囲気が伝わればいいのよ。
楽しい気持ちは確実に伝わっていると思う。
何だかいつきよりもはしゃいじゃっている気がするけど……いいよね?
色々な所を見て回りたいけど、太陽がすっかりと姿を隠してしまった時間帯。
人間界のお店が店仕舞いを始める時間でもある。
いつきが突然街に来たいと言い始めた理由は分からないけど、私はいつきに画材を買ってあげたい。
あんなにも楽しそうに絵を描くのだから、きっと喜んでくれるに違いない。
私が欲しい物よりも、いつきが喜んでくれる物が買いたい。
いつきが喜んでくれる笑顔がどうしてもみたい!
「ちょっとすまない。画材店は何処にあるのかしら?」
道行く老夫婦に店舗の場所を尋ねて急いで向かった。
いつきは何の事だかよく分かっていなかったけど、腕を引く私に無言で着いて来てくれている。
「オヤジー! ちょっと待った、待ってー!」
到着した画材店は、丁度お店のオヤジが看板を折り畳んでいる最中だった。
「コレ、このお金で買える分だけ画材を売ってちょうだい!」
オヤジが手にしていた看板を取り上げ、代わりにお金が入った布袋を持たせた。
「すみません。こんなにも頂いてしまったらウチにある商品全てお渡ししても、まだ頂き過ぎてしまいます」
「そうなの? じゃ、じゃあ私達2人で持って帰れる分だけ――ぅお、どうしたのいつき?」
店先でオヤジと交渉していると、何故かいつきが2人の間に割って入って来た。
そして頭を数回下げてから、オヤジに渡した布袋を引き取った。
……ボフっという音を立てて、布袋は私の手の中に戻って来た。
何故なの?
「い、いつき、私はいつきに画材を買って上げたいのよ。お金を渡さないと――」
「●●●●●、でぃえいら」
ぽふっ
……今度は私がいつきに優しく抱きしめられた。
私の火照った顔は、いつきの胸にすっぽりと納まっている。
な、なな何コレ。何のご褒美?
不意打ちダメ、絶対!
体中の毛穴という毛穴から、蒸気が噴き出しそうなくらいに体温が上昇している。
抱かれたまま顔を上げると、凄く喜んでくれているいつきの笑顔がすぐ近くにあった。
私が見たかった笑顔だ。
……でもこの距離は駄目よ、今度は私が気を失ってしまいそうだよ。
もしかして、もしかしていつきも画材店に来たかったのかな?
私といつき、思いが通じ合っていたのかな!
「ヨーヨーネェちゃん達、見せ付けてくれるじゃねぇか! お暑いねー!」
通りすがりの若者達に揶揄われていると、いつきが私から離れてしまった。
凄く長い時間抱きしめられていた気がするんだけど……2,3年くらいは経ったかな?
いつきが画材屋のオヤジと何やら交渉を始めたみたい。……お金はどうするのかな?
話し掛けたいのはやまやまなんだけど……さ。
私今ちょっと言葉が口から出て来ないよ。
「お嬢さん、こちらの男性がこの機械とお金を交換して欲しいと仰っているみたいなのですが――」
オヤジの手には、小さな機械が握られている。
アレは……いつきの腕に巻かれていたヤツね。
「どうやら異国の時計みたいなのですが、凄い技術が詰め込まれていて、正直言って私ではこの時計の正確な価値が判断出来そうにありません」
やっぱりアレは時計だったのね。
いつきが絵を描いている時にチラリと見えたけど、内部のカラクリが見えていて、凄く煌びやかで精巧に作られていたのよ。
「素人判断ではありますが、先程頂いたお代以上の価値がある物とお見受けいたします。ウチでやり取りするよりも専門の方に見て頂いた方が宜しいかと……。もしこの場で私と取り引きして頂けるというのであれば、画材一式とお店の売り上げをお渡しするくらいしか出来ないのですが――」
うーん。どうやっていつきに説明しようかな。
お金は別に幾らでもいいと思うんだよね。城に戻れば余っているんだし。
いつきはというと、頷きながら『交換交換』と両手の人差し指を縦にクルクルと回している。
いつきの世界の物。
いつきにとって、こちらの世界では必要のない物。
にほんに戻らない限り、二度と手に入らない物。
いつきはにほんには戻らないつもり……なのよね?
私と一緒に暮らしていくつもり、なんだよね?
「いやー、しかし荷物が嵩張っちゃうねー」
筆や絵の具を大量に持って来たんだけど、一番嵩張っているのが……紙。
大きい紙や小さいの、質が違う薄いのや分厚いの。
様々な紙を布袋に詰め込んで貰ったり、丸めて筒状にして差し込んだり。
2人共両手の布袋、背負い袋がパンパンの満腹状態。
ぐー
私のお腹も満たしてくれと呟き始めた。
飲食店の看板達に魔法の光が灯り始めた街並み。
何処からか響いて来る、アルコールが入ったオヤジ共のバカ騒ぎする声。
……お腹、減ったなー。
隣を歩くいつきの顔を覗き込んでみると――ふはは、何て顔しているのよ、いつき!
クンクン、スンスン。
いつきが数回鼻をヒクヒクさせた後、突然歩くスピードを速めた。
「ちょ、ちょっといつき! 勝手に歩いて行っちゃ危な――」
クンクン。……何だかスッゴイ良い匂いがする。
お腹の呟きが、叫びに変わりそうな匂いだわ。
いつきの後を走って追い掛けると、賑やかな広場に出た。
飲食店や雑貨店など様々な屋台が建ち並び、人々の活気が溢れている。
食欲をそそる香ばしい匂いを放っている屋台、焼き鳥屋の前でいつきは立ち尽くしていた。
いつき、キラキラと瞳を輝かせ過ぎ。
輝きに引き寄せられて、悪い虫まで集まって来そうだわ。
黒髪だし、服装も皆と全然違うし。
超目立っている事絶対自覚してないよね、いつき。
今もアッチの席に座っている肉付きの良いお嬢ちゃんとか、ジョッキ片手にハンターの眼をしているネェちゃんとか、スッゴイいつきの事見てる。
旦那様がモテるのは喜ばしい事の筈なのに、……何故だか無性に暴れたい気分になる。
何よこの気持ちは。初めて味わうよ?
あの女共に私といつきのイチャイチャを見せ付けて、このイライラを解消する事にしましょう。
「オヤジ、この極楽鳥の盛り合わせ2人前で! あとエール酒も頂戴」
「あいよ!」
ふひひ、ほろ酔いになったいつき、大胆になっちゃったりするのかな?




