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後日談  作者: けろぽん
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町を出るふたり

 目を覚ますと窓から見えたのは青空。

 なんだか嬉しくなって起き上がると、少し頭がくらくらしたが特に何ともないようだ。


「シオン様、いい天気ですよ」

「んんー」


 隣で寝ているシオンは相変わらず眠そうに眉を寄せる。

 

「馬車出るかもしれませんよ?」

「んー」

 

 呻きながらシオンはわたしの身体に手を伸ばし毛布の中に引っ張り込もうとする。その手からなんとか逃れて枕を代わりに押し付ける。


「なんでいつもそんなに眠そうなんですか」


 不思議に思って枕を抱きしめているシオンを覗き込むと、眠っているとばかり思っていたシオンが枕の間から恨みがましそうな視線を向けていた。


「なんでって?僕は、お前が幸せそうにぐっすりすやすや口をあけてよだれを垂らして眠っている横でずっと眠れてないからだ」

「う、嘘です、絶対絶対口をあけてよだれなんか垂らしてないです!」


 恥ずかしさのあまり顔を赤くしながら口元をごしごしこする。

 ん?


「え、シオン様、眠れないんですか?」


 てっきりわたしと一緒に眠っているとばかり思っていたので驚いた。ベッドに上ってシオンの顔を覗き込む。


「何か心配ごとでもあるんですか?」


 毛布をかぶったままシオンはずりずりと近付くとわたしの膝の上に顔をうずめる。まるで幼子だなあと、わたしも小さい子供にするようにシオンの髪を撫でながら。


「何かあるなら話してください」

「…………」


 膝にうずめていた顔を上げて。


「昨日打ったところは平気か?」

「あ、はい。こぶが出来ましたけど、大丈夫です」

「……あそう」


 そうしてまたわたしの膝に顔をのせる。


「?」

「僕は。自分の言った言葉には責任を持つタイプだ」

「はい」

「……だがちょっと後悔することもある」

「そうなんですか?」

「…………まあ、早く大人になってくれ」


 なんだかよく分からない話だったが、唸るように言うとシオンはようやく起き上がり身支度を始めた。



 朝食の時に乗合馬車が出るという話を聞いて、荷物をまとめて宿を出る。

 外に出ると昨日まで積もっていた雪がかなり融けていてシオンがかいたところは石畳が見えるほどにまでなっている。


「結構あっという間に融けるんですね」

「地面があったかいって言う話だしな」

「あ、ちょっと待っていてもらっていいですか」


 ふと思い出して宿の裏手に回り昨日作った像を見に行く。離れている状態で置いて行くのは何となく嫌だったので。しかし像は何故か寄り添うようにくっついていて、その状態で半分溶けかかっていて二体はほとんど一体化していた。


「あれ……?」


 誰かが動かしたのだろうか。まるで抱き合っているかのように融け合う像を見て嬉しくなる。


「すみません、お待たせして」

「もういいのか」

「はい」


 シオンのもとに小走りで戻り並んで歩き出す。

 乗合馬車が出るのは町のはずれの街道からだ。


「あー、昨日の。もしかしてもう行っちゃうの?」


 声を掛けられて足を止めると向かいから昨日シオンと言葉を交わしていた女の子二人がにこやかな笑顔で近づいてきた。


「この道を歩いてるってことは馬車に乗るの?」

「ああ」

「えー。もうちょっといたらいいのに」

「明日行くことにしてさ、あとで一緒に温泉入ろうよー」


 女の子一人がシオンの手をとろうとしてその先につながっているわたしにようやく気付いてくれたようだ。そんなに存在感薄いのだろうかと悩む。


「あ、あれ……、誰かと一緒だったんだ」

「妹さん、かな?」


 目を見られないようにうつむき加減のわたし。


「いや、僕の妻だ」

「え…………」

「あ、そうなんだ……」


 真面目な顔をしたシオンの言葉にふたりは奇妙な表情を浮かべてひきつった笑いを浮かべて去っていく。


「あの子たちかなり引いてましたよ」


 街道で馬車を待って並ぶのはわたしとシオンだけ。雪のせいか少し遅れているようだ。妙に浮かれた気持ちでわたしは街道の端に積もっている雪を無意味に踏み固めて楽しむ。


「ん?そうか?」


 地図を広げながらシオンは興味もなさそうな生返事をする。

 その素っ気なさにシオンにとって、わたしを妻と呼んだことに大した意味はないのかもしれないと思うと浮遊していた気持ちが急下降した。


「一緒に温泉入れなくて残念でしたね」


 あ、今の言葉にはちょっと棘があるなと思ったらシオンが地図から顔を上げてわたしを見つめる。


「なんですか」

「いや、嫉妬されてるという感覚を味わっていた」

「べ、別に嫉妬とかじゃないですよ」

「なかなか新鮮な感じだな」

「だからー…、あ、馬車きましたよ」


 ごとごとと音を立てて誰も乗っていない乗合馬車が街道をやってくる。

 乗合馬車と言っても馬に荷台をくくりつけた簡素なものだ。


「やあ、待たせたかい、雪で難儀してね」


 馬を操っていた人の良さそうな男にふたり分の金を払って乗り込む。

 荷台の隅に膝を抱えて座った途端ゆっくりと馬車が動き出す。


 これから一日かけてこの馬車はエリセアの町に向かう。途中いくつかの村や町を経由して。


「どこへ行くか決められたんですか?」

「いや、まあ、何処でもいいかと思って。エリセアまで行ってもいいし途中どこか寄りたくなったら降りてもいいし」


 人が歩くよりも少しだけ早い速度でゆっくり馬車は町から遠ざかっていく。

 頬を撫でる空気が痛いくらいに冷たい。


「やっぱりちょっとあったかい所がいいですかね」


 冷たくなった頬を両手で温めながら。


「そうだな。でも僕は決めた」

「何をですか?」

「温泉だ。温泉があれば公衆浴場に通わなくて済む」

「え、ま、まーそうですけど」

「公衆浴場に通わなくて済むということはその分のお金が浮くんだ。それを一生涯で換算するとかなりの金額になる。夏は川で行水ですますとしても、だ。ということは温泉の近くに住めばいいんだ。これから各地の温泉がわいている地域をめぐって終の棲家を探す」

「えっ。終の棲家って……」

「まさかこのままふらふら各地を転々と意味もなく放浪して金がなくなるのをただ指をくわえているわけにもいかないだろう。生活の基盤を整えてきちんと金を蓄えていかなくては」

「…………」


 金茶色の瞳に意欲をみなぎらせ訳もなく空に視線を向けているシオンを見て、わたしはなんだかとてつもなく遠い所へ来てしまったような複雑な気持ちになってーー、一緒に空を見上げた。


 

これにて終了です。

ヤマもオチもないただいちゃいちゃするだけのお話でしたがお付き合いありがとうございました。

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