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「威勢がいいな、小娘。セヴェリーニ閣下からのプレゼントだ、死んで詫びろ!」
頭目の男が長剣を高く振り上げ、私の首元めがけて振り下ろされた――。
死を覚悟し、私が強く目を閉じた、その瞬間。
ギャンッ!
鋭い金属音が夜の森に轟いた。
衝撃波のような風が頬を撫でる。目を開けると、私の目の前に、一人の青年が立ちふさがっていた。
背中に月光を背負い、一本の薄身の剣で、刺客の重い長剣を完璧に受け止めている姿。
黒髪の変装を解き、くすんだ青い髪を夜風になびかせた――アルベルトだった。
「アルベルト……!?」
「怪我はありませんか、ルチア様」
彼は振り向くことすらせず、静かな声で尋ねた。その声には、先ほどまでの給仕の時の軽快さも、騎士見習いとしての頼りなさも微塵もなかった。
そこにいたのは、冷徹なまでに研ぎ澄まされた「死神」のような圧倒的な存在感だった。
「ちっ、なんだこのガキは! 斬り捨てろ!」
刺客たちが一斉に襲いかかってくる。三人、四人の刃が、同時にアルベルトの死角を狙って突進する。
「危ない!」
私が悲鳴を上げた瞬間、アルベルトの身体がまるで霧のようにかき消えた。
ドスッ! ガキィン!
次の瞬間には、彼の剣が夜空に描いた銀の軌跡だけが見えた。
速すぎて、目が追いつかない。一人目の刺客の手首から剣が跳ね飛ばされ、二人目の胸元に柄頭が叩き込まれて骨の砕ける音が響く。三人目の脚を払い、倒れ込んだ男の首筋に、寸止めで剣先を突きつける。
わずか、数秒。
訓練された五人の刺客たちが、血の海を作られることもなく、ただ圧倒的な戦闘能力の差によって、全員骨折と気絶で地面に転がされていた。
「ひ、ひぃ……っ!」
唯一動ける頭目の男が、腰を抜かして後ずさりする。
アルベルトは冷ややかな琥珀色の瞳で男を見下ろし、剣先をその喉元へ突きつけた。
「セヴェリーニの犬か。主人に伝えておけ。『ヴァルディ男爵に手を出せば、次はお前たちの首が飛ぶ』とな」
「ひいいいっ! 申し訳ありませんでしたぁっ!」
頭目は這いつくばるようにして暗闇の中へ逃げ去っていった。
静寂が、再び森を包み込んだ。
アルベルトは静かに剣を鞘に納めると、私の方へと振り向いた。その瞬間、彼の発していた恐ろしい圧迫感が消え、いつもの柔らかい、けれどどこか掴みどころのない少年の笑みに戻った。
「怪我はありませんか? ルチア様」
「あ……ええ。私は大丈夫……バルトロ、大丈夫!?」
私は慌てて倒れていたバルトロに駆け寄った。バルトロは打撲を負っていたものの、幸い命に別条はなかった。
「うう……ルチア様……アルベルト殿……ありがとうございます……」
バルトロを馬車の中に座らせ、息を整えさせた後、私はアルベルトに向き直った。
私の心臓は、恐怖からではなく、目の前の青年に抱く巨大な疑惑と感情で跳ね上がっていた。
「……アルベルト。あなた、本当は何者なの?」
私は彼の目を直視した。
「たかが騎士見習いが、貴族院の裏台帳を手に入れ、伯爵家の夜会に潜入し、毒薬を見破り……そして、五人のプロの刺客を数秒で無力化できるはずがないわ。こんな剣技、帝国の第一騎士団の隊長クラスだって不可能なはずよ!」
私の問いに、アルベルトは一瞬、困ったように眉を下げた。
「……鋭いですね、やはりルチア様は」
「誤魔化さないで! あなたはなぜ私を助けるの? 私に近づいた本当の目的は何!? 私を利用して、何か企んでいるの!?」
胸に溜まっていた疑念が一気に噴き出した。
裏切られるのが怖かった。世界中を敵に回して戦う中で、唯一「味方だ」と思えそうだったこの人までが、私を操るための刺客や工作員だったらどうしようという恐怖が、私を叫ばせたのだ。
アルベルトは黙って私の言葉を受け止めていた。
そして、ゆっくりと一歩、私に近づいた。
夜風が二人の間を吹き抜ける。
彼は私の荒れた手をそっと取り、自分の両手で優しく包み込んだ。彼の指先は、剣ダコで硬くなっていたが、信じられないほど温かかった。
「ルチア様。私が誰であるか、なぜこのような力を持っているか……今はお話しすることができません。それは、あなたをより大きな危険に巻き込むことになるからです」
「そんな……」
「ですが、これだけは誓います」
アルベルトの琥珀色の瞳が、月光を受けて強く、深く輝いた。そこに一切の偽りはなかった。
「私は、あなたを利用するために近づいたのではありません。あなたが……親を奪われ、世界中から孤立し、泥の中に投げ出されながらも、決して正義を捨てずに戦うその姿に、私は救われたのです」
「あなたが……救われた?」
「ええ。この帝国の貴族社会は腐りきっています。誰もが己の欲望のために他者を踏みにじり、嘘と汚職に塗れている。……そんな暗闇の中で、あなただけが凛として咲く『白百合』だった。泥を拒み、汚れないために必死に踏ん張るあなたを、私は何があっても守りたいと思った。……それが、私の本心です」
彼の言葉が、冷え切った私の胸の奥底に溶け込んでいく。
嘘をついていない。この人の目は、真実を語っている。
「アルベルト……」
「私はあなたの味方です、ルチア様。例え帝国全土があなたの敵になろうとも、私はあなたの前で剣を振るい、あなたの後ろで盾となりましょう。……だから、どうか私を信じてはいただけませんか?」
彼の手の温もりが、私の手を通して全身に広がっていく。
目頭が熱くなった。
一人で抱え込んできた恐怖、絶望、重圧。それらが、彼の言葉によって解き放たれていくのを感じた。
「……信じるわ」
私は彼の手をキュッと握り返した。
「あなたが誰であろうと……アルベルト、私はあなたを信じるわ。だから、私を一人にしないで」
「はい。決して、離れません」
アルベルトは微笑み、私の手の甲に、騎士の忠誠を示す静かなキスを落とした。
その温かい触感が、私の心に深く刻まれた。
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馬車を修理し、無事に帝都の屋敷へと戻ったのは、東の空が白み始める頃だった。
その夜の事件を経て、私とアルベルトの間には、言葉を超えた確かな「絆」が芽生えていた。
彼が隠している正体が何であろうと、彼は私と同じ志を持ち、私を守るために戦ってくれる存在なのだと、確信できたから。
しかし、戦いが終わったわけではない。
「ルチア様! 大変です!」
屋敷の門をくぐった瞬間、留守を守っていたメイドのミュリエルが、青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「ミュリエル、どうしたの!?」
「今朝早く、皇帝陛下の直属である『帝国財政監査院』から、我が家へ緊急の宣戦状……いえ、『接収通告』が届いたのです! セヴェリーニ伯爵が貴族院へ手を回し、我がヴァルディ男爵家が管理する倉庫街の全権限を強制的に剥奪し、我が家の財産を凍結する手続きを始めたと……!」
「な……なんですって!?」
私は送られてきた公式の羊皮紙をひったくるように受け取った。
そこには、皇帝の玉印に似せた巧妙な判が押された、事実上の「ヴァルディ男爵家潰し」の最終宣告が記載されていた。
セヴェリーニ伯爵本人が、ついに本気で我が家を根絶やしにするために、国家の最高機関すら動かし始めたのだ。
「ふ……ふふっ」
あまりの横暴さに、私の口から乾いた笑いが漏れた。
「ルチア様……?」
バルトロが心配そうに私を見る。
私は羊皮紙を強く握りしめ、前を見据えた。
恐怖はもうない。胸の中に残っているのは、炎のような逆志だけだ。
「いいわ、セヴェリーニ伯爵。あなたが国家の権力を使って私を潰そうというのなら……私は、あなたのその汚い手を、皇帝陛下のご前で叩き折ってあげるわ」
私の隣で、アルベルトが静かに不敵な笑みを浮かべた。
彼の琥珀色の瞳の奥に、怪しい光が宿っているのを、私は見逃さなかった。
「ルチア様。決戦の舞台は、来月の『皇帝祝聖祭』ですね」
「ええ、アルベルト。そこが、私たちの最後の戦場よ」
下級貴族の不屈の令嬢と、正体を隠した影の騎士。
二人の反撃の狼煙は、いま、帝都の空へ高く上がり始めていた。




