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第8話 「ちょっとつまんないこと、しちゃった?」

昨日のことを考えながら、道路横を歩く。俺が母について語ったときに見せたなる姉のあの表情、流石に引っかかるな……。


 後ろでは空たち三人がわちゃわちゃと話している。やれリンゴの看板がどうだの、やれあの蕎麦屋がどうだのと楽しそうだ。


 俺も会話に混ざろうかと思っていると前から男子高校生二人が歩いてきた。片方はバスケットボールを忙しなくドリブルしている。


「おっ、知らない人だ。こんにちはっすー」


ドリブルをしながら挨拶してきた。適当に挨拶を返す。


『こんな田舎に昭以外の若いやつもいるんだな』

 

 空が失礼なことを隣で言っているが、まあ聞こえないし別にいいか。


「珍しいね、こんな田舎に男子高校生とは。どこ泊まってんの?」


 もう片方のやつも話しかけてくる。やっぱり田舎に知らない高校生が居れば気になるのだろうか。


「俺中居の孫だからさ、旅館に泊まらせてもらってるよ」


「あー、中居さんちの……ってお前昭? 懐かしい響きだなー」


「……どっかで会ってたっけ?」


「ほら、ハクトだよ。ハクト。保育所一緒だったでしょ? 11月生まれの昭クン。それだけは覚えてんだから」


 正直俺からしたら知らない奴らだが、実際誕生日は11月だし嘘ではないのだろう。


にしても、こいつらから田舎特有の排他感のようなものは感じないな。中居家の孫と身分を明かしているのが大きいのだろうか。


「漢字は?」


片方がバスケットボールを地面に打ちつけながら、

 

 「俺は白い道でハクトね。で、早速なんだけど昭くん、今も暇?」


 もう片方の男子に肘で小突かれながら訊いてくる。グイグイくるやつだな。


「まあ暇だけどさ」


「おっ、それじゃあ俺たちに付き合ってくれよ。都会のやつの実力も見てみたいしな」


『昭、ついて行ってみたら? 面白そうじゃない? 昭の昔のお友達でしょ?』


『私もこの人たち、興味あります!』

なんだかなる姉たちは乗り気の様子だ。


「んじゃいいぜ。それでどこ行くの?」

 

 俺も付いていくことにした。

…………



「ナイスプレー、昭うめえな。流石シティボーイ」


 三十分後、俺はバスケのワンオンワンで適当な褒められ方をされていた。

 小学校の体育館は常時開放されているのか、業務用の扇風機が回る中、すんなり入ることができた。


『昭さん、うまいんですね』


『まあそこそこやってたしな』


 地元の高校生4人に交じってバスケのワンオンワンを楽しんでいる俺。既に3人は倒している。


 休み時間はバスケで友達と暇を潰していたおかげで授業でもそれなりに強い方ではあったからな、俺。思わぬところで功を奏した形だ。


「昭、次はこの白道様とだ。しっかり勉強してけよ」


「お前の実力知らねえから。そんなうまいの? 白道は」


「ああ、こいつバスケだけが取り柄だからさ。ごめんな、まじ」


 申し訳なさそうな顔で地元の高校生にそう言われる。


『昭、楽しみだね』


白道がコートに入ってボールを受け取る。なんだか調子に乗った面をこちらに見せて、


「田舎を舐めてると痛い目見るぜ?」


「別に舐めてねえから。まあ負ける気もしないけどな」


煽りにはしっかり返してやる主義だ。


 と、後ろの誰かの「スタート」の合図。ぬるっと先攻の白道が走り出す。


『昭、頑張れー』


 たなてとなる姉の応援が見える。空は適当にステージの上で足をふらふらさせて退屈そうにしていた。


「他所見してると、すぐに終わっちまうぜ?」


 一瞬の隙を突かれ、白道が突破。綺麗なフォームでレイアップを決められる。


『あれま、私たちのせいでしょうか』


『昭、こっち見なくていいからねー』


「3点先取だからな、まだチャンスはあるから頑張ってくれ」


「もう点取らせねえから。今ので最後な」


「ふーん。楽しみにしてるわ」


 初対面同士とは思えない舌戦。調子の狂うやつだ。


…………


「はぁ、はぁ」


 息を切らして座り込む。体育館のひんやりとした床が気持ちよかった。


「やっぱり俺うめえんだよ、バスケ」


白道が周りの奴らに自慢している。もっとも、されている方もうんざりといった顔だが。


「中居〜、ここは勝ってほしかったよ。俺たち白道にこれで1週間は自慢されるわ」


「いいや、俺は一ヶ月は自慢する。せっかく井の中の蛙が大海を知ったんだからな」


 多分使い方を間違っている。


 それにしても……強かったな。最初の1点は確かに隙を突かれたものだったが、その後に集中しても巧みなフェイントで上手く抜かれてしまった。


 東京でもそれなりに上手い方な気がする。少なくともウチのバスケ部の奴よりは上だ。


『昭、久しぶりに体代わっていい?』


 なる姉から久しぶりの質問。


『体が代わる……とはなんだ?』


 退屈そうだった空が、話が変わったことに気づいて会話に入ってきた。


「俺さ、やろうと思ったらなる姉に体貸せるんだよ。イタコ的な? ちょこちょこやってるけど、最近は前のテストの時だったかな」


『……テストの時ですか?』


『全く、甘えたヤツだな……。それはさておき、そのイタコもどきは一度見てみたい』


『でもさなる姉、なんでそんなにやる気なんだ?』


『井の中の蛙に大海を教えてあげたくなっちゃって』


 いたずらっぽく笑ってなる姉はそう答えた。


「体貸してる間は俺の意識飛ぶから、なる姉が変なことしないように見張っといてくれよ?」


 そうたなてたちに告げると、俺は深呼吸を始める。白道の自慢話がどんどん遠くに聞こえていった。


…………


 俺は真司、ハクトの幼馴染だ。小さい頃から予測できないあいつに振り回されてきた。


 今日だって、白道が知らないヤツにグイグイ絡みに行ったときは肝が冷えた。昭が気のいいやつで本当に良かった。


「にしても……昭負けちったかー」


その後も何試合かしたが、ハクトが負ける様子がなかった。昭だってかなり上手かったんだが……


 限界まで動いたのか、昭は目を閉じてぐったりしていた。


「やっぱよ、俺バスケ上手いんだわ。完璧にお前らも分かったっしょ?」


「ならバスケ部入っとけよな?」


「だーかーら、部活動なんてかったるいのはダセえだろって。生まれながらの王者なの、俺」


 こいつのバスケ自慢はうんざりする。普段は面白くて良いやつなのが余計にタチが悪い。


「ハクト君、リベンジいいかな」


 と、後ろから声を掛けられ、ハクトが驚いた表情で振り返る。そこには回復したらしい昭が微笑みを浮かべて立っていた。


 というか、雰囲気変わったような……。


「懲りねえな、昭」


「うん、次は倒せる気がするんだ」


 大胆不敵なリベンジ宣言に、思わずハクトも目を見開く。

 それにしても、あんなにボコされてリベンジなんて、昭ってやつは根性あるな。


 熱気が籠もった体育館だが、空気が急速に変わっていくのが肌に伝わってくる。


「言うじゃねえの。真司、ボールよこせ」


 白道がガチの顔になった。あんなに大見得切って、昭は大丈夫か?


「やったれー! 昭!」


「もう負けんなよ、希望の星!」


 自慢にうんざりだった俺らは昭の応援を始める。だが白道はそんなことは耳に入らないらしい、真剣な顔を崩さない。


 再度先攻の白道。真っ直ぐドリブルで突っ込んでいく。ギリギリまで引きつけて……突然のターン! と見せかけてフェイント! 逆方向に翻る。


やっぱりうめえなコイツは。


──バン!


思い切りボールが床に当たり高く跳ねる。


何が起こった!?


白道のボールは……ない!?


横を見ると昭がボールを指でくるくると回していた。


「とりあえずは、ね」


不敵な笑みを浮かべる昭。


「一瞬で、俺のを弾いたのか?」


「フェイントがバレバレだよ、白道君」


「それじゃ、今度はこっちがオフェンスだね」


昭がドリブルを始める。


「ああ、かかってこいよ! 絶対に止めてやるから!」


 白道が意気込み足を開き体勢を低くする。いつ、どの方向にも駆け出せるように。


 だが昭は距離を詰めずにその場でしゃがみ込んだ。そして、ジャンプ、スロー。


ボールは綺麗な楕円軌道を描きながら白道のはるか上を飛び、小気味よい音を立ててゴールに入った。


「ちょっとつまんないこと、しちゃった?」


俺たちは呆然とするしかなかった。


…………


 突然目が覚めて思わずふらっとくる。本当に薄ぼんやりと見えていた世界が突如鮮明になるのは妙な快感だが、共感してくれる人はほぼいないだろう。


「勝負は……どうだった?」


「どうだったも何も、お前ヤベえよ」


 なる姉たちに聞いたつもりが実際に声に出ていたことに気づく。そこまでおかしい文脈にならなくて運が良かった。


「お前、最初は実力隠してたん?」


「いや、そんなことはないよ。お前の動きを観察して対策したの」


 適当に返しておくが、


「……? そんなレベルじゃなかっただろ」


 全く……。なる姉は何をしたんだか。


 周りを見ると、軽く引いている地元高校生一同と空とたなて。そして一人だけ満足げななる姉。

 体を貸したのはミスだっただろうか……。


「お前、まじ凄えよ。尊敬するわ」


 俺がやったことではないから、褒められても何も嬉しくない。まあなる姉は頷いているから、言葉が無駄にはなっていないが。


「まあなー。俺、スロースターターなんだよ」


「スロースターターって……あんな変化するもんなんだな」


 なる姉が体を酷使したんだろう。疲労感がどっと襲ってきた。


…………



「やっぱり都会のバスケはレベル高いん?」


「いや、まあ俺はバスケ部じゃねえから分かんないけど、白道は上手だと思うぜ。田舎関係なしに」


 奢られたアイスを食べながら、ベンチに腰掛け感想戦をしていた。涼しくなった風が汗ばんだシャツを冷やす。

 

 なる姉たちや白道以外の高校生たちは、まだコンビニの中にいるみたいだ。もっともコンビニというよりは個人商店のように見えるが。


「いやー、昭がこんなバスケ上手いなら大須にいてもらいたかったなあ。どこに引っ越したん?」


「ああ、今は東京に住んでるよ」


「東京かー。マジで突然引っ越していったけど、

そんな遠くに行ってたとはな」


……突然引っ越した?


「あ、そうなん? 俺、そんな突然だった?」


「いや、お前のことだろ?」


「俺、正直こっちにいた時の記憶が全くなくてさ。ウチはそんないきなり引っ越したの?」


 父さんも大須にいた時の話は殆んどしないからな……。訳ありだとは思っていたが


「ああ、夜逃げなんて話も出てたくらいだぜ? 今のお前を見てたらそうは思わないけどさ。ほんと大騒ぎだった。中居の爺ちゃんに聞いても全然喋んねえし」


 十二年前の記憶……大須の記憶がないことを、俺はそんなものかと思っていた。だが、白道には当時の記憶がある。五歳頃の記憶がないのは、何かおかしいのかもしれない。

 

 そして昨日の、「母」と言った時のあの表情。なあなる姉、お前、俺の知らない何かを知っているのか?



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