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第4話『……ここにいるぞ……』

「あきら〜。久し振りだねえ。こんなに大きくなっちゃって! モテてしょうがないでしょ? ねえ?」


 家に帰ると婆ちゃんが出迎えてくれた。やはり夫婦なのだろうか、爺ちゃんと同じ第一声に、少しだけうんざりしたのは内緒だ。


「気配もないよ」


「信じられないねえ〜。こんなにいい男なのに」


 なる姉はまた座り込んで爆笑している。そのあまりの激しさに、たなてたちは戸惑いを見せているほどだ。


『あの……なる姉さん、大丈夫ですか?』


『あ、いいのいいの。なる姉、爆笑する時にヘターってなる癖あるから』


『力が抜けちゃうんだよね、面白すぎると。

 あー、おかしい』


 そう笑いながらずっと俺の足を叩いている。俺は思わず肩をすくめる。


「あきら? どうかしたのかい?」


「ああ、なんでもないよ。そういえば、体調を崩したって聞いたけど?」


「最近、風邪を引いちゃってねえ。この年になると長引いちゃうから困ったものだよ。でも、もう治ったから安心してね」


「そっか、それなら良かった」


 祖母の体調が良くなったなら、夏休みの間中いる必要もないかと一瞬思うが、新たな問題が発生していたことをすぐに思い出す。

 

 たなて達の生まれた理由がこの土地に関係するものなら、この夏の間に見つけておかなければ。


『この人が旅館の主か?』


『ん? まあ、主というか夫婦で経営してるから――』


「ご飯もすぐできるからね。食べたくなったら来なさいね」


 会話が重なると何とも喋りづらい。「ちょっとしたらすぐ行くから」と告げ、さっさと退散することにした。


『やはり、お前以外には見えないか……』


 階段を上っていると、後ろから空の声が聞こえた。


『まあ、しゃあないな。むしろ見られたら俺が驚きだわ』


『昭さんのお婆ちゃん、とても良さそうな人でしたね』


『うん。お年玉も毎年欠かさず送ってくれるし、

マジで良い婆ちゃんだよ』


……………



 夕飯を食べ終えた後 パンパンになった腹を休ませるため、敷いた布団に横になる。


『お婆ちゃんの夕飯、すごい量だったね。ちゃんと食べ切れて偉いよ、昭』


『実際美味しかったからな。そのおかげで何とか完食できたよ』


『というか、婆ちゃんが元気そうで安心したわ。体調も戻ったみたいだし』


『昭が手伝うこと、そんなにないかもしれないね』


『うちのじいちゃんたちは孫に甘いからなー』


 空たちの謎探しに時間を割けるぶん有難いことだ。


 夕飯の話をしていると、背中に羨ましそうな視線を感じた。


『空、どうした?』


『……やはり、あの料理は美味しかったのか?』


 食事中、空がやけに料理をチラチラと見ていると思っていたが。


『ああ、美味かった。鮎の塩焼きとかは特に最高だったぜ』


『……そうか……』


 やはり、空は鮎を食べられなかったことが心底悔しいらしい。「食の後悔」は恐ろしいというし、いいことを教えてやろう。


『勘違いしてるみたいだけど、別にIFだって食事はできるぞ』


『箸も持てないのに、どうやって食べればいいと言うんだ!?』


 空はかなりご立腹の様子。するとなる姉が助け舟を出した。


『空ちゃん空ちゃん、これ見て?』


 なる姉は、俺の飲みかけのボトルを手に持ち、ふらふらと揺らしてみせた。


『そのボトルは昭の……。って、なぜ持てている!? 私たちは現実に干渉できないはずだろう!?』


『現実の物を、IFと同じ世界にコピーできるんだよ。そうすれば私たちにも触れるし、食べ物だったらもちろん食べられる。たなてちゃんの持ってるバールも原理は一緒じゃないかな?』


『そうか……! 昭、ドアを開けてくれ!』


 空は俺がドアを開けると同時に部屋から飛び出していった。


『練習しないと食べ物は難しいって、これから説明する予定だったんだけどな……』


 入れ替わりで頭にバスタオルを巻いたたなてが部屋に入ってくる。ふわりとリンスの匂いが漂った気がした。


『下のお風呂、とっても気持ち良かったです。温泉のおかげでお肌もつやつやになった気がしますし』


 確か脱衣所から浴室へは扉で仕切られていたはずだが、他の客にタイミングを合わせて上手く入り込んだのだろう。


 頭に巻いているバスタオルも、俺が家から持ってきたタオルをコピーしたものに違いない。たなては意外と順応性が高いのかもな。

 

『たなてちゃん、すごく可愛くなってる! いいなあー』


 その後、なる姉も美容に興味があるのか、温泉の効能について小一時間ほど話し合っていた。


 時計の針は既に夜の9時を指している。


 そろそろ俺も風呂に入っておかなければ。二人を部屋に残し、俺も温泉へと向かった。


……………


 温泉から部屋に戻った瞬間、異様な光景が目に飛び込んできた。

 床に散らばった枕、ひしゃげた枕、そして高く積み上げられた枕の塔。思わず頭が痛くなる。


『ごめん! すぐに帰ってくると思わなくて!』


 なる姉が急いでコピーの枕を消去していく。


『別にお前らがいくら暴れても部屋が壊れるわけじゃないからいいんだけどさ……修学旅行の夜かよ?』


 こんな遊びをするほど仲良くなったということで、喜ぶべきなのだろうか。


『とっても楽しかったです。またやりましょうね!』


 こいつら二人は、俺の「枕投げ」の記憶から生まれたんだろうな……多分。


『そういえば、空はまだ一階から帰ってきてないのか?』


 部屋を見渡しても、空の姿が見当たらない。


『……ここにいるぞ……』


 枕が積み重なっていたあたりから声がした。目を向けると、死んだ魚のような目をした空がぐったりとうつ伏せになっていた。


『食い損ねの憂さ晴らしなんて、とても無理だった……』


『もう、空ちゃんは何言ってるの』


『もう少し早く枕投げを終わらせて欲しかったぞ……』


 空はひと言絞り出すように呟くと、また枕の山に倒れ込んだ。


『少しやり過ぎちゃいましたね、なる姉さん。でも決着がつかなかった以上、仕方ありません』


『次は勝つからね、たなてちゃん!』


『望むところです!でも正直、勝てる気がしませんね。最初から一対一なら勝負になっていたかどうか』


『そんなことないよ。たなてちゃんの投擲動作、キレが凄かったもん』


……なんて会話だ。


 呆れた顔をしていると、なる姉が素知らぬ顔で話を変えてきた。


『昭はもう寝るの?』


『うーん、もう寝ようと思ってたけど……四人が寝るにはこの部屋、狭すぎるよな?』


 空は寝たまま顔を横に向けた。


『何を言っている?お前とは別の部屋で寝るに決まっているだろう。出会って間もない男と同じ部屋で寝られるわけがない』


『まあ、それはそうなんだけどさ。ドアに触れないんだから、お前らだけで別の部屋には行けないだろ?』


『……うーむ。では別の部屋まで昭に連れて行ってもらおう。それで解決だ』


 確かに、その方法なら問題なさそうに思える。しかしなる姉が首を振った。


『あ、空ちゃんごめんね。昭に何かあったら、私たちは部屋に閉じ込められちゃうから……やっぱり同じ部屋で寝ないとだめかも』


『はあ!? 四人で寝ることはともかく、男と寝るのは……』


『何かあったら、昭のことを本気で痛めつけて止めるから。本当にごめんね……』


『まず俺はその「何か」をしねえよ!』


『たなてちゃんは大丈夫? やっぱり、今日会ったばかりの男と同じ部屋は無理だよね?』


『私は大丈夫ですよ。昭さん、変なことをする人

ではなさそうですし』


 おいおい、嘘だろ。


『いや、異性と寝ること自体、普通は嫌なもんじゃないのか?』


 俺がそう尋ねると、たなては不思議そうな顔をした。


『うーん、なんだか昭さんって、知らない異性という感じがしないんですよね。なぜでしょう?』


 どういう意味だろうか。単純に俺に男としての魅力がないからか? もしそうなら少し残念だが。


 空は『私は違うけどな……』と不満げな顔をしていたが、たなてはお構いなしに、俺が敷いた布団をコピーして『おやすみなさい』と眠りについてしまった。


 さて、どうしたものか。


『空ちゃん、どうする?』


『……とりあえず私は部屋の隅で寝よう。昭と距離が取れればそれでいい。昭は対角で寝てくれ』


『本当にごめんね、空ちゃん』


『別に、誰が悪いわけでもないからな。仕方ない』


 渋々といった雰囲気ではあるが、了承してくれただけで有難い。たなてが異常なだけだ。


 言われた通りに布団を移動し、俺は壁となる姉に挟まれながら寝つくことにした。


 だが、なかなか寝付けない。


 知らない女子の気配が満ちる中、頭を休ませるのは至難の業だ。目を閉じても、嗅ぎ慣れない香りが漂ってくる。


 結局うとうとできたのは、皆が寝静まってからしばらく経った後のことだった。



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