異変 その2…食欲不振(軽微)と肉球のしわ
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しばらく、平和に時が過ぎた。
綺麗に毛が生え揃った頭にホッと胸を撫で下ろす。
大したことがなくて、良かった。
やっぱりいつものやつだったんだ。
少し食欲が落ちた気がしたが、例年、気温が高くなるころになると、うちのネコは一時的に食欲が落ちるので、
(今年も来たか。すでにちょっと暑いもんね)と思い、やっぱり、あまり気にしなかった。
(そろそろ、ウェットフードを注文しておく時期かな)
ネコには、夏ごろの過ごしにくいころになると、ウェットフードを欲しがり、カリカリはあまり食べなくなる時期が一定期間続くことがあった。
ストルバイトができやすい体質で、あまり市販のフードは与えられないから、基本的にフードは取り寄せだ。
今のところ、ドライフードはヒューマングレードの素材を使ったドイツのブランドのもの、ウェットフードはストルバイト対応のものが、調子が良さそうなのでそうしている。が、先月あたりにウェットフードの値上がりを知らせるメールが届いていた。
思い出し、深々とため息をつく。
転職したてで財布が厳しい。いざとなったら買うしかないが、でも、もう少し後でにしよう…。
幸い、夏までにはまだ少し間がある。
少し食べ辛そうな、カリ…カリ…という音を聞きながら、暗澹たる気持ちになった。
まあ、よくある話だ。
思い切って転職した会社がブラックで、条件が面接時に聞いていたのと全然違っていた。
上司が調子のいいことばかり言うのは前の会社と同じことだが、今は少なくとも仕事内容は興味が持てるのだから、と思っても、あまり気は晴れない。
同じ消耗品扱いなら、情熱搾取体質の方がパワハラ体質で消耗するよりはまだ幾分かマシだと強がってはみたが、生活がギリギリ赤字なのがこれほど精神的に追い詰められるとは思わなかった。
それでどちらがマシなのかと聞かれると、実際、甲乙つけ難いとしか言いようがない。私は勢いと感情任せに飛び込んでしまったが、誰かに「おすすめか?」と尋ねられたら、苦汁走った顔になる。
そんな事情もあって、フードの件は、ネコには悪いと思ったが当面はご協力を頂こうと手を合わせた。
同時に、今のところまだ食欲不振とまではいっていないが、少し注意しておこうと心に留めた。
ただ、いつものように膝に乗ってきたネコの肉球を触り、ふと違和感を覚える。
なんだか、少しだけカサついているような気がしたのだ。
見れば、ところどころ僅かに薄皮がめくれている。
ネットで調べてみると、肉球は歳をとると乾燥することがあると記載があった。
人間の手も乾燥することもあるし、猫の手だって乾燥しても不思議はない。
(そういえば、何歳なんだろう…)
肉球をフニフニとされて、やや迷惑そうな様子を見せつつもおとなしいネコの後頭部を見つめながら、ふと首を傾げる。
ネコは保護団体からの譲渡でうちに来た。出会ったときはたしか、9ヶ月だと聞いた。まだ子猫の顔をしていたが、その頃にはすでに他の猫より一回り大きかった。
狭い施設の部屋をネコが走ると、他の猫が迷惑そうに動きを止め、何かの拍子には「うるさい!」とばかりに猫パンチをもらっていたのが印象的だった。
きっとこの猫は狭いアパート暮らしじゃなくて、もっと広い一軒家みたいな家に住むのが幸せかもしれないなと思ったものだが、何の因果かうちに来ることとなったのだ。
数えてみるとあれからもう3年ほどは経ったから、たぶんそろそろ4歳近いくらいにはなるのだろうか。
とすると、いつの間にやら、人間で言えば、子どもから「おじさん」と呼びかけられるくらいの年齢になったということか。
そう思いつつ肉球を触ると、ハリのなさがいっそう気にかかる。
「水、ちゃんと飲んでる?」
肉球に数本薄くついた皺をなでながら、思わず声をかけた。
「水、ちゃんと飲まなきゃダメなんだよ」
水分不足でも肉球のハリがなくなってシワっとするという。
もしかして、水が足りてない…?
思い立って水道の蛇口を捻ると、いつものように飛んできて、水道から流れる水をペシャペシャと舐めた。
水を出しっぱなしにするべき?
脱水気味なのだろうかと少し悩んだが、その後、皿からも水を飲む様子を目撃し、やっぱり一旦様子を見てみようと決める。
胸の奥が微かにザラっとする。
耳の後ろにまた引っ掻き傷が出来始めていた。




