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人の手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ伍

日和はまたもや聞いてはいけない事を聞いてしまったような感じで気まずいような表情を浮かべ、何か話題を変えようと公園内を見渡した。

すると公園内で遊ぶ子供達をずっと寂しそうな目で見ている少女が居た。その少女はブランコに座っており、揺らす事もせずただただ見ていた。どことなく羨ましそうでもあり、辛そうな表情をしていた少女の事が日和は気になった。

「おいディユン。あの少女だけど」

 ディユンは日和の視線の先を見た。

「あの少女がどうしたのじゃ?」

「何ていうか……ちょっと気にならないか?」

 真剣な目で少女を見詰める日和をディユンは驚いたような表情をした。

(ま、まさか『アレ』に気付いておったとは……日和も鬼として覚醒してきたという事か? 鬼同士は共鳴し合っておるというのは別に嘘を付いた訳では無いのだが、こんなにもすぐ近くに居るのをいち早く察知するとはな。出来れば気付かずに遣り過ごしたかったのだが……)

「日和も気になっておったか。私もこの公園に入って来た時から気になっておった。だが、今なら傷を負わないうちに接触はやめておくっていうのも一つの手ではあるのじゃぞ。今の日和ではどうこう出来る相手では無いかも知れんしな」

「何そんなビビッた事を言ってるんだよ。目の前に居るのにそのままにしておくなんて俺には出来ない。本当はディユンも気になってたなら一緒に行こうぜ。それでも行かないというなら俺は一人でも行く!」

 少女を見て気になった瞬間から日和には迷いなど無かった。それは表情からも察する事が出来たのだった。だが、ディユンはまだ迷いの中にいた。

(何故だ。つい先程スピッシュに『遭った』ばかりだというのにこんなにも早く次の奴に『遭って』しまうなど……鬼の力は強ければ強いほど他の鬼を引き寄せてしまうもの。先程のスピッシュの力がそうさせてしまっておるのか。はたまた日和の鬼としての力がその段階まできてしまっておるのかは分からぬがな。出来る事なら戦いは避けたいところじゃ。正直、私ともあろう者が恐れを抱いてしもうた。まさかスピッシュ達が人間に『憑』き、これ程までに力を増大させておったとは私の考えが甘かったのかも知れぬな。さぁどうする? 今なら何も気付いておらんかったという事でこの場から去る事も出来るがな……)

「のう日和……って居らぬ!」

 ディユンが思考内で自問自答を繰り返していた間に日和は痺れを切らして少女の元に行っていた。

「ねぇ君一人?」

「……」

「こんな所にどうして居るの?」

「……」

「あの~……」

 少女は日和の質問に何一つ答えようとはしなかった。そんな態度に日和は内心イライラしていた。

(なんで何も話してくれないんだよ! 普通に話し掛けてるだけじゃねぇかよ! 何かいい方法は無いかな?)

 すると何かを思い付いた日和は少女の後ろに回った。

「ブランコに座ってるのに全然動かさないなんて楽しくないだろ? 俺が後ろから押してやるよ」

 そう言うと日和はブランコに座っていた少女の背中を押し始めた。

「えっ! ちょっ!」

 急に背中を押されて驚いた少女は声を上げた。

「うあっ! 止めて下さい! お願いですから止めて下さい!」

 半泣き状態で必死にブランコに摑まる少女だったが、次の瞬間ブランコから身体が離れてしまった。

 「うわぁあぁあああ!」

 少女の身体が宙を舞って地面に落ちていったが、寸前の所で日和の鬼としての反射神経が発動し、少女を受け止めた。

(日和の奴、今の動きは明らかに鬼の動きであったぞ)

 そう感じながらディユンも少女の所までやって来る。

「いやぁ~危なかったね君。もう少しで地面に叩き付けられてしまうところだったよ」

「お前のせいじゃろうが!」

「うぇ~ん……この人異常です! 最低最悪の野蛮人です! 人間のクズです! 私は止めてとお願いしたのに無理矢理背中を押して私を亡き者にしようとしたに違いないです!」

「あの……ごめん。そんなつもりは無かったんだけど、まさか手を離すなんて思わなかったんだよ。って離したお前が悪いんじゃねぇか!」

「責任逃れをしてきましたです! 少女を捉まえて嫌がっているのを強引に大人の力で言う事を聞かせようとしているです。女の敵というよりも少女のみを狙った凶悪犯罪者代表なのです!」

「人聞きの悪い事を言うなよ! 知らない人が聞いたら俺が少女だけを狙った性犯罪者に思われるじゃないか! 俺はあくまでも純粋に少女が好きなだけだ! いや、垣翼めぐみという素敵な女性も大好きなら……ここは少女『も』になるな!」

「……何を冷静に分析しておるんじゃ。っというよりも今の言葉を知らぬ者に聞かれた方がヤバイのではなかろうかのう……?」

「やっぱり最初から私のような幼気な少女を狙っていたのです! もう終わりです! 私の人生短かったです! こんな変質者に出会ってしまったのが私の運の尽きだったのです! さぁ煮るなり焼くなり好きにすれば良いのです!」

「おい日和、もう立ち去らぬか? これ以上この場に居続ければお前の立場がどんどん悪くなっていく一方じゃぞ。今の日和はどこからどう見ても嫌がっとる少女を無理矢理抱きかかえとるようにしか見えとらんぞ」

「……好きにして良い? それはつまり俺が思うがまま、自由気ままにお前にあんな事やこんな事をしても大丈夫という許された権限という事だな……これから先の人生全ての時間を俺の為に使って忠誠を誓ってくれる。つまりそういう事なんだな……」

「……ヤバイぞ。日和の奴、完全の私の話を聞くどころか自分の中の妄想に拍車を掛け、良からぬ方向にいってしまっておる」

 日和の腕の中で怯える少女。

 妄想に入り込んで周りが見えなくなった日和。

 呆れ果てて、見ているディユン。

 そんな三人の間に流れていた時間が少しだけ止まったように静かになる。

 そして日和は行動を起こし始めたのだった。腕の中にいる怯えている少女に牙を剥こうとした瞬間、ディユンの一撃が日和の後頭部を強打した。

 バシッ!

「止めぬか!」

 その痛みで我に返った日和は

「あれ? 俺何をやってたんだ?」

「お前は悪い者に憑かれておったのじゃ。これで一安心じゃ。それでは先を急ごうではないか」

 振り返り、帰ろうするディユン。

「ちょっと待つです! 今明らかにこの変質者は私の事を襲おうとしたです! 何も無かったかのようにしていても済まされないのです!」

 気付かれたとばかりに足を止める。

「それにです! あなたはいつまで私を抱きかかえているつもりなのです! いい加減離して下さいです!」

「俺、そんなに強くお前の事を掴んでないんだから振り払って逃げれば良いじゃねぇか……」

「うぅ……それは私が……」

 急に顔を俯かせて言葉を詰まらせた。しかし少女の言葉に続くようにディユンが話した。

「『それは私が歩けないから』であろう。だが、歩けぬばかりか両手も自由にならんのじゃろう? 間違えとるかのう?」

 少女は自分の言葉の続きを言い当てられて驚いていた。しかも両手の事も見抜かれてしまっていたので言葉が無い。

 そして日和も同じように驚いた表情をして

「えっそうなのか! だから道理でさっきから嫌がっている割には身体は抵抗しないなぁと思ったんだよ」

「……だからお前の言葉は危ないのじゃ」

「じゃあ、さっきブランコに座っていた時も動かさなかったんじゃなくて動かせなかったのか?」

 少女は小さく頷いた。

「それなのに俺は知らなかったとはいえお前に酷い事を……」

 日和は少女をもう一度ブランコに座らせた。そして酷い事をしたという罪悪感に苛まれていた日和は表情を曇らせたが、その姿を見て少女は笑顔で言う。

「そんなに落ち込まないで下さいです。別にあなたは悪気があってやった事じゃないですし、本当は一人で暗い表情をしていた私を楽しませようとしてくれたのです。久し振りだったのです。誰かに背中を押して貰ってブランコに乗るなんて事、最近無かったのです。だから怖かったけど、正直楽しかったです。あなたは思っているような悪い人じゃないみたいなのです。なのでさっき襲おうとした事は許してあげるのです」

「日和、良かったのう! 許してくれると言っておるぞ。危うく本当の犯罪者になってしまうところじゃったのう」

 相変わらず日和の表情は曇ったままだった。

 そこに少女へ駆け寄って来る一人の女性がいた。女性の姿を見た少女は大きな声で

「あっ、お母さ~ん!」

 少女の母親であった。母親は日和達のところまで来ると

「水琴。どうしたの? お兄ちゃん達に遊んで貰ってたの?」

そう言うと今度は日和達の方を見て

「相手をして頂いてたみたいで、どうも有難う御座いました。この子は手足が動かなくなってしまって、家族以外の誰とも話そうとしなかったのに不思議ですね」

 そう話してきた母親を見て、日和は衝撃を受けたのだった。何故ならその姿はまるで魂が抜けたみたいに疲れ切っていた。手は『あかぎれ』て酷く荒れていたし、目の下には、これも酷い『くま』があった。だが、日和は何も気付いていないように話した。

「そうなんですか? ところで失礼ですが、さっき話してた時に最近はブランコで遊んだりしてないって事を聞いたんですけど、もしかして昔は普通に歩けてたんですか?」

「水琴はつい最近まで何処にでも居るような、元気に走り回って遊ぶ事の出来る普通の女の子だったんです。それが数ヶ月前から急に手足に力が入らなくなってしまって、今では殆ど動かす事もままならなくなってしまったんです」

「急にですか?」

「はい。その日、普通に元気良く遊びに出掛けて行き、夕方に帰って来てから様子がおかしくなってしまったんです。手足に痛みを訴えたかと思うと動かすのが困難になって、日に日に弱っていき、今に至るんです」

「病院とかは行かれたんですか?」

「色んな病院で色んな検査をして貰ったのですけど、結局は全部同じ答えでした。『原因不明の為、治療が出来ません』と。症状は悪化していくばかりなのに治療の方法が全然見付からなかったんです。だけど、やっと原因が分かって手術をしてくれる病院を見付けたんです」

「本当ですか! それなら良かったです! それでまた歩けるようになるんですか?」

「先生は『私に任せて貰えればまた走り回れるようになりますので安心して下さい』って言ってくれました」

「その言葉を聞いて僕も安心しましたよ。いつ頃、手術の予定なんですか?」

「あそこの病院で明日手術になりました!」

 母親は公園から見える大きな建物を指差しながら答えた。

 そこは総合病院で一応少しは有名な病院であった。

「それじゃ無事に手術が成功する事を心から祈ってます」

「有難う御座います。それではそろそろ病院に行かないといけないので失礼します。水琴行きましょ」

「今日から病院に入院されるんですか?」

「明日一番目の手術になってますので今日から入院になったんです」

 母親が水琴を車椅子に乗せようとしているのを日和も手伝いながら水琴に話し掛ける。

「良かったな! 明日の手術頑張れよな! ところでお前水琴っていう名前だったんだな。俺は亜咲良日和っていう名前だから覚えとけよ」

「佐々凪水琴って素敵な名前です! 日和さんって呼ぶです!」

「また自由にブランコに乗る事が出来るようになったら、今度は思いっ切り背中を押してやるからな!」

「はい! 楽しみにしてるのです!」

 母親も水琴も日和も手足が元通りになるという事で希望を感じているようだったが、ディユン一人だけは無言でただ見ているだけだったが、明らかに何かを見透かしていたように思えた。

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