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人ノ手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ陸

深く頭を下げて車椅子を押していく母親の背中を見ながら日和がディユンに話し掛ける。

「いやぁ~良かったな! また歩けるようになるみたいで」

「そうかのう」

「お前は愛想の無い奴だな。あんな小さな女の子が歩けないなんて可哀想じゃねぇか。少しは他人事でも喜んだらどうだ?」

「何を喜ぶのじゃ? 二度と歩けない姿がそんなに見てて楽しかったのか?」

 その瞬間、日和はディユンの胸倉を掴んだ。

「お前! 言って良い冗談と悪い冗談があるんじゃねぇのか? 二度と歩けないなんて言うんじゃねぇよ!」

 手を振り払うようにしてディユンが言った。

「日和……お前こそ何を言うておるのじゃ? 『アレ』が見えていたからあの少女に近付いたのではなかったのか?」

「『アレ』……とはなんだ?」

 額に手を当てて、呆れた感じでディユンが言う。

「じゃあ何も見えてないのに何故、近付いて行った?」

「いや……一人で寂しそうにしてたし、何か声を掛けてあげたいなぁっていうか……可愛い女の子だなぁって思って……」

「なっ! まさかお前さっきまで言ってた事もやってた事も全部本心じゃったのか! ロリコンにも程があるじゃろう!? スーパー女はまだ良いとしてもあの少女は絶対に超えてはならない壁じゃぞ!」

「だってそんな事言ってるディユンだってさっき『私もこの公園に入って来た時から気になっておった』って言ってたじゃん! お前もかなりのロリコンだって思ったぜあの時!」

「何て事じゃ! さっき程からそんな風に私の事を思うておったなど、侵害にも程があるぞ!」

「じゃあお前の気になっていたのは一体何だったんだよ?」

「あの少女の手足の動かん原因は『鬼』だったのじゃ。その証拠に人間には見えぬ無数の針があの少女の手足には刺さっておった。だから私は二度と歩けぬと言ったのじゃ!」

 その言葉にショックを受ける日和。

「でもさ、原因が分かったって言ってたし、手術で治るとも言ってたじゃん。それにまた走り回れるようにもなれるって……」

「それは明らかに嘘を付いておる。『鬼』が憑いて、喰ろうておる身体を人間がどうこう出来る問題ではない。まだ原因不明として治療せんかった奴らの方が幾らか賢かったであろう」

「じゃ、じゃあ水琴はどうなるんだよ?」

「そうじゃのう。手足に要らぬ傷跡を付けられるだけで、今の状態と何も変わらんじゃろうな。本当に親子共々憐れじゃのう」

 日和は顔を俯かせ、ショックを隠し切れないようだった。

(この男にとっても憐れな事じゃのう。だが、ついさっき出会ったばかりの少女にこんなにも肩入れをするとは少々お節介にも程があるようにも見えなくもないが……まぁこれから先もこんな事は沢山あろうから日和にも慣れて貰わねば困るがのう。とりあえずこの場を離れる事が先決か――)

 ディユンは公園の出口に向かって歩き出し、背中越しで日和に声を掛けた。

「もうそろそろ帰ろうではないか? 早くせぬと置いてゆくぞ」

「ちょっと待てくれよ!」

「なんじゃ?」

 立ち止まり日和の方に振り返ってみるとその表情はショックを受けた様子ではなく、何かを決心した顔だった。

(日和の奴、落ち込んでいると思うたら何か考えておったな。何やら不吉な感じがするが一体何を決めたのかのう……?)

「ディユン! お前は水琴の事を人間ではどうこう出来ないと言ったな?」

「あぁ。人間がどんな事をしても『鬼』が憑いて、喰ろうておる身体を助ける事など不可能じゃ!」

「じゃあ『鬼』に憑かれている俺だったら――『鬼』の力を宿っているこの俺なら水琴を助ける事は出来るのか?」

「日和、お前まさかスーパー女の時みたいに自分の『澪』を使って何とかしようと考えておるのでは無かろうな? お前が使う『澪』は命そのものなのじゃぞ。他人の為に自分の命を削るなど馬鹿馬鹿しいと思わんのか?」

「やっぱり出来るんだな。それならディユン。水琴を助ける為に力を貸してくれ! お願いだ!」

「日和、『鬼』を敵にするという事がどういう事か分かっておるのか? スーパー女の時は動かぬ身体だったから何事も無かったが、今回はそんな安易な考えでは済まされぬのじゃぞ!」

ディユンは声を荒げた。そうなってしまうのも無理はなかった。何故ならディユンはスピッシュと遭ってしまった事により、鬼に対して『恐れ』を抱いてしまったからである。

(……出来る事なら鬼に関わりとうない)

そう内心では思っていた。

だが、日和の心はもう決まってるようだった。

声を荒げるディユンに対して怯む事無く言葉を返す。

「そんなの分かってるさ! 分かってる上で水琴を助けようとしているんだ。前にディユン、お前言ってたよな? 『今の私は鬼として衰弱し切ってる』って。あの時、力を使っているディユンを見て正直怖くて震えが止まらなかったよ。とてもじゃないが衰弱し切ってるなんて思えなかった。人間と鬼では次元が違うって感じた。それに今回は衰弱なんてしてない完全な力を持った鬼だなんて想像するだけでも怖くて仕方が無いくらいだ。だけど俺とディユンしか助けられないんだ! 見ただろ! 本当は水琴自身が一番辛くて苦しい筈なのに、何も知らなかったとは言え、思い切り背中を押してブランコから落としてしまった。何とか受け止める事が出来たから良かったけど、下手したら大怪我をさせてしまうところだった。それなのに水琴のやつ、俺の事を責めるどころか笑いながら『久し振りだったから楽しかったです』って言ったんだぞ! そんな良い子放って置けないだろ! それに母親の方もそうだ。水琴を助ける為に毎日凄い苦労をしている感じだった。まるで何日間も寝てないみたいな様子だったし、目の下に酷い『隈』を作ってフラフラだった。身体もボロボロだったぞ! 絶対に助けてないといけないんだ! これ以上『鬼』に好き勝手させて堪るかよ! 何とか出来るのに何にもしないなんてそれこそ鬼と一緒じゃないか! なぁ、頼む力を貸してくれ! そして一緒に水琴と水琴のお母さんを助けるんだ!」

 必死にディユンの助力を願う日和だった。だが、ディユンは

「人を助けるなんぞ何の特にもならぬではないか! お人好しも大概にせい! スーパー女を助ける時に力を貸したからといって調子に乗りおって! 私は絶対に力など貸さぬからな! 助けたいと思うならお前一人でやるが良い! そして煮るなり焼かれるなりして苦しんで死んでしまえば良いわ!」

 そう冷たく言い放つディユンに日和は静かに怒りを顕にした。

「……あぁ、分かったよ。一人でやってやるよ。お前なんかに頼んだ俺がどうかしてたよ。 所詮お前もやっぱり鬼だもんな。人間がどうなっても何とも思わないよな……」

 ディユンに背を向けて病院の方向に日和は歩き出した。

 そしてディユンも日和とは逆方向に歩き出したが、小さな声で何かを言ったのだった。

 人間を助けたいと『想う』日和と鬼に関わる事の危険さを『諭す』ディユンであった。


 病院の前まで来た日和は高く聳える建物を見上げた。

(とりあえず来てみたものの一体どうやったら水琴を助けられるんだろう? せめてディユンから方法だけでも聞いておけば良かった……いや! あんな冷酷な奴の世話になんか絶対になるもんか! 俺の中にも鬼の力がある事は確かなんだ。取り敢えず水琴に会ってから方法を考えるしかないな)

 日和は意を決して病院の正面入り口を通ると目の前に受付がある事に気付く。

(あそこで水琴の病室の場所が聞けるのかな?)

 そう思いながら受付に近付くと中に居た看護婦に声を掛けた。

「あの、すみません!」

「はい!」

「えっと、今日から入院している佐々凪水琴の病室ってどちらになりますかね?」

「佐々凪水琴さんですね! 今調べますので少々お待ち下さい」

 看護婦は受付内にあるパソコンで調べ始めた。

 日和は少し落ち着きの無い感じで周りを見渡す。

(何か病院って滅多に来ないし、この匂いが何とも言えないよなぁ)

 慣れない場所に行くと行動が不審者と化す日和を見た看護婦は怪しく思うのだった。

「あの、済みませんが佐々凪水琴さんの御家族の方ですか?」

「えっ、いやっ、その……はい! 水琴の兄です!」

「……お兄さん?」

 看護婦は明らかに疑いの目で日和を見ていた。何とか誤魔化そうとした日和は

「いやぁ~今日から入院だってのに妹が忘れ物をしちゃって、いきなり電話で持って来て欲しいって言われたもんだから急いで来てしまいましたよ。ところで何号室になりますかね?」

「はぁ……そうですか。五○八号室になります」

「あ、有難う御座います!」

 慌てる様にその場を後にする日和。

何にも無くても疾しい気持ちになってしまうのに水琴の兄だなんて嘘をつくから余計に疾しい気持ちになってしまった日和。

(絶対あの看護婦、俺の事を怪しんでたぞ! 何で水琴の兄だなんて言ってしまったんだろ……普通に彼氏ですとか言っておけば全然怪しまれなかったのになぁ)

 いや……真剣に言っているのか?

それこそ不審者どころか変質者になってしまうぞ日和……やはりどんな状況になっても筋金入りの変人だった。

エレベータに乗った日和は病院の五階まで侵入を果たしていたが、エレベーターから降りると廊下は左右に分かれていた。そして更に両側に病室がある感じだった。

「ここの階に水琴が居る筈なんだけど、五○八って何処だよ! やっぱり有名な病院だけあって大きいな」

 左右にキョロキョロしていた日和は壁に書かれた病室の案内を発見した。

「何だぁ。こんな所に書いてあるじゃんか! えっと、五○八は左か!」

 行き先が分かった日和は左側の廊下へと足を進めて行く。

 病室の番号を確認しながら歩いていると突き当たりの右の部屋に五○八号室を見付けるのだった。

「おっ、やっと見付けたぞ!」

 番号の下に『佐々凪水琴』と書いてあったのもちゃんと確認すると日和は恐る恐る病室内を覗き込むと水琴がベットの上に座り、窓の外を見ていた。

やっぱりどこか寂しそうな表情を浮かべている様に感じた。

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