人の手足ヲ喰ラウ鬼 其ノ肆
おばさんと若い女の子の会話が聞こえてくる。
「この商品前に出しておいて貰えるかな?」
「はい! 分りました!」
(……何か嫌な予感がする)
その予感は的中するのだった。女の子の返事した瞬間、バックヤードのドアが勢いよく開き台車が飛び出してきた。
「うわっ!」
その台車に激突した日和は弾き飛ばされてしまった。
(やっぱり~。しかも今度は台車かよ)
台車に山積みにされた商品の向こうから最高に素敵な聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ? また何かにぶつけちゃったかな?」
条件反射のように日和は顔を上げると山積みの商品の横から顔が覗いた。
その声の正体はやっぱり垣翼めぐるだった。
日和の姿に気付くと慌てたように駆け寄り
「だだだ大丈夫ですか? どこか怪我とかされてませんか?」
「あ、はい。大丈夫ですから」
(まさかこの二ヶ月全てが『無かった』事になってないよな……?)
「本当に済みません。『また』ぶつけてしまうなんて……私何やってんだろう」
「えっ? 『また』って事は俺の事覚えてるの?」
「はい! 勿論ですよ」
(ヤバッ! めっちゃ幸せなんですけど~)
「でも前、ここに来たのって二ヶ月前……くらいなのに覚えてくれてるなんて記憶力良いね!」
(って何を褒めとるんじゃ! それよりも私が少し眠っている間に何故、女と話をしておるのだ! 様子を見るだけだと言うたではないか!)
(いきなり出てくるなよ! びっくりするだろうが。これにはちょっとした理由があるんだよ。っていうか全然声が聞こえなくなったと思ったら何寝てんだよ!)
(朝お前が変な妄想してたから起こされてしもうたのではないか! そのせいで私は寝不足だったのだぞ!)
(一応、お前も垣翼めぐるに何も起こってないか見届ける義務があるのに寝てるなんて最悪だな! 責任感っていうものがお前には無いのか?)
(何を偉そうに言うておるのだ! お前に責任感を語られる覚えなど無いわ!)
また始まった白銀頭との言い争いで無口になった日和を心配してなのか垣翼めぐるが顔を近付けてきて、
「どうしたんですか? やっぱりどこか怪我をされたんですか?」
その言葉で気付いた日和はびっくりして、思わず声を上げてしまった。
「うわぁ!」
垣翼めぐるも日和の突然の反応にびっくりした様子だったが、もう一度日和の顔を伺うように聞いた。
「あの……本当に大丈夫でしょうか?」
「うん! 全然大丈夫だよ。前にも言ったけど毎日四、五回は弾き飛ばされてるからこんなの日常茶飯事だよ」
その言葉に安心したのか少し笑みを浮かべて
「そうでしたね! あなたのそういう優しいところ素敵ですね!」
垣翼めぐるの何気ない一言が日和の脳内に響き渡った。
……あなたのそういう優しいところ素敵ですね……あなたの優しいところ素敵……あなたは素敵……あなたがステキ……あなたがス……キ……あなたの事が好きです。
あなたが好きです!
(告白された! ……いきなり何があったんだ? ちょっと冷静に考えるんだ俺。普通の何気ない会話をしてただけだったのに、何故垣翼めぐるはこんな大胆な事を……結構、積極的な女の子だったんだね! えへっ! っと俺は何をやっているんだ! 女の子がこんなスーパーのど真ん中で恥じらいを感じながら勇気を出して意中の男子に告白したんだぞ! 答えねば……答えてあげねばならぬのが男子の宿命! さぁ言うぞ! 今こそ俺が垣翼めぐるの全ての思いを受け止めるんだああぁぁぁ!)
(おい! ちょっと待たぬか。お前は何か勘違いしておるぞ)
あまりにも行き過ぎた妄想により、ついに犯罪を犯し兼ねないと悟った白銀頭が日和の思考内で止めに入ってきた。
(何だよぉ。いきなり出てきたかと思ったら俺が勘違いしているだと。お前は今の言葉を聞いてなかったのか?)
(いや……聞いておったから勘違いしとると言うておるのじゃ)
(聞いていたなら分るだろ? はっきりと俺の事を好きって言った!)
(言ておらぞ!)
(もうっ! こうしてる間にも垣翼めぐるは恥じらいに耐えながら俺の返事を待っているんだ! 早くその呪縛から解き放ってあげないと!)
本気で危ないと感じた白銀頭は強行手段に出るのだった。
(……すまんが代わって貰うぞ)
そう言った瞬間、日和は意識を失った。
白銀頭が意識を乗っ取ったのである。
思考内でそんな遣り取りをしている間、ずっと俯いたままの日和を心配した垣翼めぐるが声を掛ける。
「あの~さっきからどうしたんですか? もしかして具合が悪いんですか?」
「いや、どこも悪うないから心配などせんでよいぞ。少し考え事をしていただけじゃ。あと、仕事中にも関わらず此奴……いや、俺の話を聞いて貰って悪かったのう」
「えっ……何か話し方が……?」
「いや、何も気にしなくてええよ。そ、それじゃもう帰るでな」
その場から急いで立ち去ろうとする日和を乗っ取った白銀頭だったが次の瞬間、垣翼めぐるが言った。
「――そんなに急がなくても良いんじゃない? 折角、久し振りに会えたっていうのに」
「……やはり私の嫌な予感は的中したという事か。お前『スピッシュ』だな」
「ちゃんと覚えていてくれて光栄だわ! 元鬼界の王様!」
「忘れとうても忘れられんわ。お前達など創ってしもうた事は私にとって最大の『過ち』だからのう」
「そんな『過ち』だなんて酷い事を言うわねぇ。昔はあんなに私達の事を大切にしてくれてたのに今じゃ厄介者扱いだなんて傷付くわぁ」
「お前達には傷付くような心というものなど無いであろうに。ところでその女の身体は何処で手に入れた? まさかお前ともあろう者が普通に憑いてるだけで済んでおらんじゃろう?」
「さすが私を創っただけあって良く理解してるじゃない。この女の身体はもう私自身と言ってしまっても間違いじゃないわ。もうちゃんとした意識すらも残っていないと思うわよ」
「そっか……ここで一つ私の願いを聞いて貰えんかのう?」
「あら! 元王ともあろう者が私みたいな厄介者に頼み事なんて落ちぶれたものねぇ。っで、どんな頼み事をしようと思ってるの?」
「簡単な事じゃ。その女の身体を僅かに残った本人の意識へと返してやってはくれんかのう? 一応、お前も私には創って貰ったという恩がある筈じゃ。ここで恩返ししてくれるのも悪くないと思うんじゃが……どうかのう?」
「確かに私に強大な力や美に溢れた身体や王しか持てない特性という力を与えてくれた事には本当に感謝しているわよ。お礼に一晩尽くしてあげてもいいくらい……だけどその頼み事は聞けないわね! この女は最低な家庭で育ったせいで心が淀み切ってしまっているの! 一寸先も見えなくらい暗黒に冒されてるの! 私にとっては好都合、好条件だわ。そんな最高の身体を簡単に手放す訳無いじゃない」
「人間にはそれぞれ意思や気持ちや心があるのじゃ。それを都合の良いように利用するなど本当はいけない事なのじゃ。昔の私はそんな事など気にせず、人間を喰い荒らしていた時もあった。だが、それは大きな間違いであると気付いたのじゃ。人間は愚かでどうしようもない生き物じゃが、私達『鬼』には持っていない輝くものを持っておる。その折角の輝きを身勝手に奪う事は許されぬのだ。だから私は人間を『喰ろう』事を禁止したのじゃ。それを何故分ろうとせぬ!」
「黙れ! もうお前の話は聞き飽きたの。『鬼』が人間を喰らって何が悪いの? 昔からそうしてきたように、これからも私達は自分自身を満たす為に人間に憑き、人間を喰らい、力を増大させていく! 力を失っているお前には私達を止める事など出来ないのよ! もしこれ以上私達の邪魔をするなら今ここで殺してあげてもいいのよ」
「やっぱり私の言う事など聞いてくれんか……」
何を言っても無駄だと察した日和を乗っ取った白銀頭は一つ溜息を吐き、振り返って歩き出したが何かを思い出したかのように立ち止まって言う。
「そういえば一つお前には礼を言わねばならんな」
「私に礼だと?」
日和を乗っ取った白銀頭は顔だけをスピッシュの方に向けた。
「此奴の意識があった時はその女のままで居てくれて有難う。本当に今までに会った事が無いくらい変人でどうしようも無い程の無能者だが、此奴にこんな残酷な現実を見せずに済んで良かったと思うておる。これでも一応、宿主じゃからのう」
そう言って顔を元に戻し歩き始めたが、その表情は曇っていた。
いつも垣翼めぐるの話をして変な妄想に浸っていた日和だったが、その憧れていた女性は『皮一枚』だけの存在だった。
心から好きだと言っていた日和の気持ちを考えると白銀頭は胸を痛めざる負えなかった。
(ん? 何か周りが騒がしいな……ここは何処だ? そういえば俺、何やってたんだっけな……? 白銀頭と一緒に何処かに行っていたような……あっ! 垣翼めぐる!)
日和は急に飛び上がるように意識を戻した。そして周りを見渡すと昨日垣翼めぐるを送った後に来た公園だった。
「あれ? なんで俺、公園のベンチで寝てるんだ? 確かスーパーで垣翼めぐると話してたのに……」
不思議に思った日和はポケットから携帯を取り出して時間を確認した。
「もう昼過ぎになってるじゃん! えっ……何で?」
「やっと意識が戻ったと思ったら騒がしい奴よのう」
隣に座っていた白銀頭が呆れた顔をして日和を見ていた。
「お前! いつの間に!」
「いや……ずっと座っておったが……」
(此奴は無能な上にすぐ隣の私に気付かないとは本当の馬鹿なのかのう……)
「それで何で俺こんな所で寝てるんだよ? 垣翼めぐると話していたと思ったのに気付いたら公園だし、時間も経ってるし……お前何かしたのか?」
「何を言っておる。ちゃんとあの女との話を終わらせて帰っている途中に公園で休んでたらお前が寝てしまったのではないか」
「えっ……そうだったっけ? そう言われれば、そうだったような気もするけど……」
不信に思っている日和に白銀頭は何とか話を誤魔化そうとした。
「それはそうとあの女も無事みたいじゃったし、お前も楽しく会話が出来て良かったではないか」
その言葉で日和の不信感は取れたみたいだった。
「そうだよな! いやぁ~本当に良かったよ! それにまさかあんなに話が出来るなんて思ってもみなかったからさ!」
(よし! 何とか誤魔化したぞ!)
気分を良くした日和は色んな妄想話を一人でペラペラと喋っていたが、垣翼めぐるの正体を知ってしまった白銀頭はどこか表情を曇らしていた。
(もう既にあの女はスピッシュと一体化しつつある。これ以上、此奴をスピッシュに近付けさせては危険だのう。さて、どうしたものか……。)
日和の話は最高潮に続いていたが、白銀頭はその話を止める様に口を開いた。
「なぁ日和よ。気分良く話しておるところ悪いが少し私の話を聞いてくれぬか?」
そのいつになく真剣な空気に日和も話を止めて耳を傾けるしかなかった。
「何だよ。いきなり改まって話を聞けだなんて」
「お前にとって大事な話をせねばならん。あの女の事で」
「垣翼めぐるか? 垣翼めぐるがどうかしたのかよ?」
「昨日お前があの女を助けたいと言った時にどれほどの想いを寄せておったか分っておるつもりじゃ。だが、率直に言ってもう二度とあの女には近付かない方が良い」
その言葉にショックを受けたような表情をした日和だった。
「な、何でだよ? 言ってる意味が分らないぞ! 俺に分かるように説明してくれ!」
「それはだな……」
(もう人間では無くなっておって、『鬼』の中でも一番厄介な奴と一体化しておるなど……此奴の気持ちを考えると言えん)
「それは日和、お前自身が『鬼』になってしまっておる事に問題があるのじゃ。元々『鬼』同士は共鳴しておって『鬼』の居る場所には自然と『鬼』が集まるようになっておるのじゃ。だからお前があの女の傍に居ると折角、『鬼』から救う事が出来たのに、再びお前のせいであの女が『鬼』に憑かれる事になってみろ。それこそ同じ事を繰り返してしまうのではないのか。まぁ、二度ととはちょっと言い過ぎだったかも知れんな。少しの間、『鬼』についての問題が解決するまでといったところかのう。だからそんな今にも世界が終わるような顔をするでないわ」
(今はこれで……今はこれで良いのじゃ。少し距離を作る事で、少しは気持ちも薄れていくというもの。その時こそ本当の事を教えてやれば良いのじゃ……)
『二度と』という言葉は取り消されたが日和にとっては大問題な事だった。少し複雑な表情を浮かべながら悩んでいた日和だったが
「そっか。それなら仕方ないよな。もう危険な目に遭わせたくないと思っているのに、俺のせいで同じ事を繰り返させるのは可哀想だもんな。少しの間なら俺は我慢出来る! でも、それならそうと別に改まって話さなくても良かったのに。俺はてっきり垣翼めぐるがとんでも無い事に巻き込まれたのかと思ってしまったよ」
そういう勘だけは鋭くなる日和だった。
「そそそそれはだな! 私はお前と出会ってからずっとあの女の話をされてきたのだぞ。流石に守る為とはいえ、お前にあの女と会ってはいけぬとは言い辛いではないか」
かなりの動揺を見せていたが、日和がそんな事に気付く筈も無かった。だけど白銀頭が言った言葉にとても嬉しそうだった。
「お前、良い奴だな! そういえばさお前は俺の名前を知っているのに俺はお前の名前を聞いてなかったな。教えてくれ」
「私の名か? 『サーベスト・ディユン・コサリア』じゃが?」
「えっ? さぁべると? じゅごん? あさりか?」
「お前……ワザとであろう。しかも何で最後、疑問系の魚介類なんじゃ?」
「何でそんな覚えにくい名前なんだよ! もしかしてお前って実はハーフだったりするのか? そんな長い名前覚えられないから真ん中を取って『ジュゴン』で!」
「ディユンだ! そんな事私に言われても気が付いた時にはその名だったのだ。文句なら付けた奴に言え!」
「付けた奴ってお前の親じゃないのか?」
「私達『鬼』には親子関係という考え自体が元々無いからのう。だから親などは居らんのだ」
何か聞いてはいけない事を聞いてしまったような感じになった日和は言葉が詰まった。
「何じゃ。その表情は? 別に気にせんでも良い! 私達にとって別に親という存在が居らんかったとて、何も思う事は無いからのう。それが普通なんじゃ。一人で存在して、一人で過ごす時間、今までずっと一人だった……それが気が付いた時から当たり前にあった事じゃったから普通の事。それだけじゃ」
「ずっと一人だったのか……今まで寂しいとか思ったりもしなかったのか?」
「それが普通じゃったからのう」
「でもさ。ディユンに鬼の事を聞く時に『私達』って言ってるのは一体どういう事なんだ? 親は居ないけど同じような仲間は居たって事なんじゃないのか?」
「それはだな……」
その後に続く言葉は無かった。ディユンはまだ何か言えない事を隠しているようにも見えた。




