第46話
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「そろそろ、止め時かもしれません」
偽代理人を立てた後、宝石の件については口を挟んでこなかったヴォルスがそう言ったのは、入札金額が三千五百万に達した後のことだった。
エルフィが応じる。
「気づかれましたか」
「気づくって、何に?」
「たぶんだけど、ドナーティの誰か」
「エルフィ殿のおっしゃる通りです。先日届いたフォルセナからの報告によりますと、宝石の入札の件があちらでも話題になり、それにドナーティの縁者の代理人を名乗る者が参加しているということで、その縁者は誰だと不審に思う動きが出てきているそうで」
「思ったより早かったですね。いや、金額が跳ねたから早まった、でしょうか」
「おそらくそうです。中堅国の国家予算に匹敵する金額ともなれば、国外からも注目を浴びるのは、必然です」
「まあ、ここまででも成果としてはそれなりなので、止めるのは構わないんですけど。ちなみに、あとどれくらい引っ張れそうですか」
「報告ではまだ本格的な疑いにはなっていないとのことですし、海路を挟んでいますので、そうですね、あと一か月、余裕を見てもあと二十日くらいは、大丈夫だと思います」
「分かりました。では、遅くとも十五日後の入札をもって、終わりとします」
「よろしくお願いします」
ヴォルスとエルフィが手早く話をまとめ、あっさりと計画の終了が決まったところで、部下から話があると、衛兵がヴォルスを呼びに来た。
「分かりました。ミレーヌ殿、エルフィ殿、申し訳ありませんが、少し失礼します。半刻もすれば戻ってきますので、それまでこの部屋でお待ちください」
「分かりました」
「はい」
「何かありましたら、衛兵に。では」
と言ってヴォルスは執務室を出て行き、その後すぐに女中がお茶を給仕しに来て、出ていった。
ミレーヌとエルフィの二人だけになる。
「さて、と。今三千五百だから、あと何回か刻んで三千九百まで持って行って、その次のレクトの入札で決まり、てところね。きっかり四千万で入れてくるかな」
「やっと、終わるんだね」
「そうね。できれば私の分も五百くらい溶かしておきたかったんだけど、あと半月だとそこまでは無理か。ここからいきなり金額飛ばすのも不自然だし。というわけで、ミレーヌの一千万のうち、いくらか私が引き受けてもいいんだけど、どうする?」
「いい。いらない」
「そっか。分かった」
話が途切れる。
「エルフィ」
「何」
「これで、良かったのかな」
「んー、そうね。少なくとも、当初の目的だった褒賞金問題は、これで殆ど片付いた」
「そうだね」
「私は、それで良かったと思ってる。ミレーヌは、やっぱり納得できない?」
エルフィの言うことは間違ってない。
ミレーヌにも、褒賞金の支払い問題が予想以上の形で解消できて、良かったと思う気持ちはある。これ以外の解決法があったわけでもないし、宝石に大金を注ぎ込んだのはレクトとガルド、そしてエルフィからを装って金を貸した自分自身の判断。だから、これでいいのだと、頭では分かっている。
頭では。
「……うん」
「そっか……あのさ、ミレーヌ」
「何」
「ほら、私ってさ、天才じゃない」
「は?」
突然何を言い出すのか。
「いきなり何を……いや、天才なのはその通りだけど」
「ありがと。そこがあんたの、いや、あんた達のいいところよ」
「何の話」
「こういう話。私は天才で、子供の頃から天才だった」
エルフィの声が変わる。
ミレーヌは口を閉じる。
「私は、小さい頃から、頭が良かった。勉強や魔術ができるのはもちろん、誰が何を考えていて、何をどうすれば自分にとって良い結果が出るのか、私にはすぐ分かった。七歳で魔術学院に入ってから、自分がずば抜けた天才なんだと気づくのに、さして時間はかからなかった」
「うん」
「理論も実技も最優秀。常に状況を的確に把握し、最善の判断を下す完璧な魔術師。おまけに容姿も抜群。およそ足りないところの無い、全てに恵まれた天才の中の天才。それが私、エルフィ・ケネット」
「うん」
「さて、ここで質問。そんな人並み外れた天才が近くにいる時、殆どの人はどう接すると思う?」
「……妬む?」
「媚びる、のよ」
吐き捨てるように言う。
「大抵の人は、自分が何をやっても及ばない、何をどうしても敵わないと思う相手を目の前にした時、自分から負けを認めて、心の中で跪いてしまう。常に相手を上目遣いで見て、相手のご機嫌を取って、相手の言葉をただ繰り返す存在になる。本人の意識がどうあれ、そうなってしまう」
「……うん」
「そして、私はずっと、そうされてきた」
「……」
「大人も子供も、誰もが私に媚びてきた……は言い過ぎね。もちろん、実際はみんながみんなそうだったわけじゃない。尊敬できる先生もいたし、仲のいい友達だっていた」
「うん」
「でも、私を見上げない人は、誰もいなかった」
「……うん」
エルフィはお茶が入ったカップを手に取り、一気に飲み干す。
「魔王討伐の登録をしにいったのは、本気半分、気まぐれ半分、てところね。いい前衛と、いい世話役が見つかったら、真面目にやってもいいか、くらいの気持ちでギルドに向かって」
「世話役……」
「そこで、レクトに会った」
これまで、エルフィがレクトと初めて会った時の話をしたことは、一度も無い。




