第29話
***
後日、聞いた話である。
その日も、マルタの店は賑わっていた。
仕事帰りの商人に、近所の店の従業員。お手頃価格で旨い料理と酒を出すこの店を贔屓にする者は多い。
奥のテーブルでは、常連の冒険者たちが、ジョッキ片手に話に興じていた。肴はもちろん、このところずっと王都を賑わしている、勇者レクトの褒賞金。
「しっかし、ひでえよな」
「何が?」
「あれだよ、あれ。こないだできた“上級”制度」
「ああ、あれな。確かにありゃひでえ」
「何の話だ?」
「何だお前、布告見てねえのか」
「見てねえ」
「見とけよ。何のための布告なんだか。まあいい、説明してやるよ。ええと、先月、ギルドは、新しく“上級冒険者”という資格を設けた。理由は、なんだったかな……確か、魔王との戦いで大変な現状を踏まえ、国とギルドの連帯を深めるために協力するためとかなんとか」
「よく分かんねえな」
「俺にも分かんねえよ。まあそんなお題目はどうでも良くて、要は、国が認めた優れた冒険者を、上級冒険者とする、ということらしい。名簿もあったが、確か、ギルドの幹部と、勇者一行と、あとアンガスとかミレイとか。要はお偉いさんと、魔王討伐で名を上げた連中だ」
「ふーん。で、その上級とやらになって、何かいいことあんのか」
「上級になると、まず王様に会える」
「そりゃ名誉なこって」
「あと、王領を含む国内全地域の立ち入り許可が得られる」
「それは結構でけえな、他には」
「そんなところだ。あとは登録更新期間の延長とか、講習の免除とか、そんな感じのがいくつか」
「ふーん。案外大したことねえな」
「良く知らんが、ギルドの上の方からしたら、王様に会って国に伝手ができる、とかの方が大きいんじゃねえか」
「そうかもな。でもまあ、大したことなくても、そういうおまけがつくならいいんじゃねえの」
「全然良くねえんだよ。そのおまけがついてくる代わりに、上級冒険者は、上納金の割合が引き上げられる」
「なんだそれ。いくら上がるんだよ」
「それが一番酷いところでな、まず、上級冒険者だからといって、全部の上納金の割合が上がるわけじゃねえ。報酬が千ゴルドまでは、いままでと同じく一割だ。そこを超えると、超えた分については二割になる」
「千ゴルド? そんな金額、年に一回出るか出ないかじゃねえの?」
「ああ。しかも、そのくらいになると大抵はギルドが公募出して複数でやるから、一人で千ゴルド超えることなんて、まずありえねえ」
「じゃあ何のために」
「決まってんだろ、例の褒賞金狙いだよ」
「ああ」
「あの褒賞金もギルドからの報酬だから、一割は当然上納されることになる。一億の一割で一千万」
「一割辞退したとか言ってたから、九百万じゃねえの」
「うるせえな。細かいことはいいんだよ。で、まあ、九百万でも大金だが、ギルドはさらに一割をかすめ取りに来た、というわけだ」
「なんだそれ、ひでえな」
「だから言っただろ、酷いって。しかし、ギルドがここまでがめついとはな」
「いや、ギルドのせいとも言えないんだよ、それ」
別の冒険者が話に加わって来る。
「なんだルード、何か裏でも知ってんのか。そういやお前、ギルドの事務手伝ってたな」
「まあな。裏というか、その上納金の増額には、もう一つ奥があるんだよ」
「奥? どういうこった?」
「これは布告には出てないんだが、その、割合が二割になった上納金については特別に、ギルドから国への上納金の比率を、六割とすることになってる」
「六割? そりゃまた法外な……で、それがどうした?」
「計算してみなよ。勇者の褒賞金が九千万で、いままで通りなら上納金は九百万。で、ギルドはその上納金のさらに二割、百八十万を国に納める」
「そうなるな」
「上級が適用されると、勇者からギルドへの褒賞金は倍の千八百万、で、その六割の――厳密には千ゴルドまでは一割だが、ここでは誤差みたいなもんだから省略して――千八十万が国に納められる」
「数字はわかんねえが、まあそうなるんだな」
「千八十万から元の百八十万を引くと?」
「ええと、九百万……っておい、増えた分ギルド素通しかよ」
「そういうこと。ギルドには一スールも残らない。つまり、表面上は上級冒険者を認定して、全員の上納金を上げるかのように見えるが、実際は勇者の褒賞金からさらに一割を国がふんだくろうって話」
「なんだそれ、国もたいがい阿漕だなおい。ギルドもギルドだ。唯々諾々と全額渡してないで、値下げ交渉の一つもしろよ」
「まあ、こないだ国から魔王城の管理権もらってるし、あまり強くも出られないんじゃないか」
「けっ。お偉いさんはろくなこと考えねえな……と、噂をすればご本人の登場だ」
国とギルドの悪口でひとしきり盛り上がっていると、レクトとガルドが店に入ってきた。
「よ、ここ空いてる?」
「おうレクト、座れ座れ。ガルドも」
「おうよ」
二人が席に着く。飲み物が到着したところで、話の続き。
「なあレクト。今、例の上級制度の話してたんだけどよ」
「ああ、あれ。それがどうかした?」
「ひでえと思わねえか?」
「何が?」
「何が、じゃねえだろ。どう見てもお前らの褒賞金を狙い撃ちにして、国がふんだくろうとしてんだろ。腹立たねえのか」
「増えたのはギルドの上納金じゃなかったっけ」
「そうだけど、その増えた分が全部国に行くんだから、結局国が取っていってんのと同じだろ」
「ああ、そういうことになるのか……そういやミレーヌがそんなこと言ってたっけ」
「な、ひでえだろ」
「まあ、いいんじゃない」
「いいんじゃないって、お前、本当にいいのか?」
「うーん、一億ゴルドに釣られて討伐登録したのは事実だけどさ。なんか戦ってるうちにだんだんそれもどうでも良くなってきたというか。実際に倒した時は殆ど忘れかけてたし」
「いや……そうは言ってもさ」
「それに、一億なんて、貰っても使い切れないだろ。十分の一になっても一千万、一人当たり二百五十万、王城全部買うとかしない限り、一生食うには困らない」
「まあ、そりゃお前ならそう言うだろうけどさ……ガルドはそれでいいのかよ」
「レクトがいいのなら、構わねえよ。もちろん俺は貰えるだけ貰うつもりだが、実際、生きていくだけなら、その二百五十万で十分ではあるだろ」
「まあ、それもそうか……」
当事者の二人が盛り上がりに水を差したため、話はそれ以上続かず、別の話題に移っていった。
なお、この少し後に、冒険者ギルドを含む国内の全事業者に対しての復興増税が発表され、それが上納金の割合にそのまま反映されたため、冒険者の不満はそちらに吸い寄せられ、上級冒険者制度の話に興味を持つ者は、いなくなっていった。




