第22話
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ヴォルスが、ミレーヌの目を見る。
「なぜ、改めてそうお考えになられたのですか」
「はい……あの、一億ゴルドの褒賞金が出されたのには、今お話しいただいたような事情があったんですよね。その事情を説明すれば、王様が約束を破ったということには、ならないのではないか、というのと、あと、今の話をレクトが聞いたら、きっと、同じことを言うと思うからです」
「なるほど……勇者殿はそうでしょうね。ただ、戦士殿と、魔術師殿はどうでしょう」
「二人とも、一億ゴルド……一人当たり二千五百万という額自体には、こだわっていないと思います。例えば、八割を辞退し、残り二千万をガルドとエルフィに、とすれば、納得してくれるはずです」
「自分の分を削るな」に抵触するが、そこはなんとか説得するものとして。
「なるほど……まず、そのお申し出に、心から感謝申し上げます。陛下の――あくまでも私の想像ですが――そのお気持ちを、これ以上ないほど汲んでいただいたご提案だと思います」
ヴォルスが頭を下げる。
「いえ……いいえ」
「そして、その上で」
再び顔を上げたヴォルスが、ミレーヌを見据える。
「そのご提案を、お受けすることは、できません」
なんとなく、そうなりそうな気はしていた。
が、なぜなのかが分からない。
「理由を、お伺いしても、よろしいでしょうか」
「もちろんです。一つは、既にお話した理由です。たとえ状況が変わったのだとしても、王が一度約束した褒賞金を撤回することは、許されない。たとえそれが勇者殿のご意向だったとしても、です」
「はい」
「ただ、ミレーヌ殿がおっしゃるのは、今回の事情を鑑みれば、辞退する額を増やす理由にはなるのではないか、ということでしょう」
「おっしゃる通りです」
「それについては、その通りです。事情を公表すれば、実質的に褒賞金を大きく減らす理由としては、十分成立します」
「……でしたら」
「ただし、それは同時に、“国王が国を見捨てようとした”と、公表することになります」
「……!」
「もちろん、陛下は国を見捨てようとなどされていません。一人でも多くの民を救うために、最も守るべきものを守るために、諦めなければならないものを諦めた、ただそれだけのことです」
「はい」
「ですが、世間はそうは見ないかもしれない。どのような事情があれ、王が国を守ることを放棄したのであれば、もはや王たる資格は無い、といった批判は起こりえますし、その批判は、筋が通ったものでもあります。また、王家がその統治の正統性を疑われることは、他国との外交においても、少なからぬ影響を及ぼすことになります」
「……はい」
「ですので、そのご提案は、そのお気持ちは、本当にありがたいのですが、残念ながら、お受けするわけには、いかないのです」
ミレーヌも、納得せざるを得ない。
「承知いたしました。この提案は、取り下げさせていただきます」
「申し訳ありません」
「いえ、全くそんなことは」
「これもやはり、名目――大義名分――の話ですね。王の約束は、国そのものの約束でもあるので、なおさら名目が重要になってきます……というのが、一つ目の理由です」
「え?」
今の話で理由としては十分だと思ったが、まだあるのか。
「ご提案をお受けできないもう一つの理由。それは、“そうしたくないから”です」
「はい?」
自分は今日、いったい何度、間抜けな声を出しただろうか。
「一億ゴルドの褒賞金は、確かに、国の財政に重くのしかかる大荷物です。下手をすれば国が潰れてしまいかねない」
「は、はい」
「ですが、その褒賞金を払わなくても良いということは、すなわち“国が滅びている”ということです」
「……あ」
「四年前、この国は滅亡の淵に瀕していました。それを、あなた方が、救ってくださいました。それが、全てです」
「……」
「魔王が倒されたという報告を受けた後、我々の中からも、褒賞金を減額してはどうかという意見が出ました。そして、御前会議でそれをお聞きになった陛下は、こう言われました。
“国が亡び、民が国を捨てなければならないことに比べれば、一億ゴルドがなんだというのか。一ゴルドたりとも、減額することはまかりならぬ”
と」
「……はい」
「陛下がそうお命じになられた以上、褒賞金を減額することは、許されません。そして、それは、私自身の、思いでもあります」
「……はい」
「もちろん、先日申し上げましたように、そしてミレーヌ殿ご自身も良くご存じのように、褒賞金をお支払いすることは、事実上不可能です」
「はい」
「でも、それでも、なんとかしてお支払いする――それができないのなら、せめてお支払いした“ことにする”――その方法を、考えていきたいと、思っています」
「はい」
「それが我々の勝手な言い分に過ぎず、皆さんにはそれに協力する義務も無ければ義理も無いことは、良く承知しております。ですが、それを承知の上でなお、お願いさせていただきます」
ヴォルスが立ち上がる。
「勇者殿ご一行を代表される会計、ミレーヌ・トルソワ殿に、国の財務大臣であるヴォルス・ケッセンリンクより、改めてお願い申し上げます」
「はい」
「私と共に、その方法を、考えていただけませんか」
ミレーヌも立ち上がる。
「勇者一行を代表する会計として、謹んで、お引き受けいたします」
前回の会談と、そして今日、ずっと頭の奥に引っかかっていた、一つの質問がある。
前回はその話をしなくて済んだことに安堵し、今回はその話をすべきかどうか、どこかでずっと迷っていた。その話を持ち出すこと自体が、開けてはいけない扉を開けてしまうことになるのではないか、曲がりなりにも友好的に進んでいる今の状況を壊すのではないかと思って、他の三人にも言うに言えなかった。
レクトの言葉を疑うわけではないが、この大臣はずっと味方であり続けてくれるのか。なってほしくない状況になってしまった時、魔王を倒したとはいえ、たった四人の個人に過ぎない自分たちが、国という巨大な存在を相手に何ができるというのか。何かと引き換えにすることはできない、絶対に守らなければいけないものを、いつか、交渉の天秤に載せなければいけなくなるのではないか。
たぶん大丈夫だと思いながら、きっと大丈夫だと願いながら、どこかで信じ切ることができていなかった。
今、ミレーヌは、その質問を捨てた。もう、それを訊く必要は無い。
レクトの言ったとおりだ。ヴォルスは、信頼できる、自分たちの味方である。
だから、もう訊く必要は無い――
“もしこの交渉が物別れに終わった時、あなたは、私たちを、殺すつもりですか”
などとは。
代わりに、もう一言だけ、付け加える。
「私に何が、どこまでできるのかは分かりませんけど……会計として、全力で、頑張ります」
「ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いいたします」




