第21話
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「こうして、一億ゴルドの褒賞金の布告が出されました。我々の誰もが、それが実現することは決して無いと、確信しながら。ところが」
ヴォルスが言葉を切り、ミレーヌを見る。
「レクトが、それを実現させてしまった、のですね」
「そうです。まず、褒賞金の布告は、期待以上の効果を上げてくれました。優秀な冒険者や在野の剣士、中には近衛兵からも、魔王討伐に名乗りを上げる者が続出し、それは単に抗戦の機運を高めるのみならず、実際に魔物たちを掃討する働き、さらには軍の士気向上と戦線の押し戻しにすら繋がりました。“気持ちが負けた時、勝負は終わっている”という格言を――逆の形でですが――あの時ほど強く実感したことは、ありません」
魔王討伐に志願したのは、もちろん自分たちだけではなかった。エルフィが言うには半分以上は冷やかしだったそうだが、レクトをはじめ、本気で魔王を倒そうと思った者も少なからずいて、道中では彼らと協力しながら動くことも多かった。軍の士気がどうだったかはミレーヌには分からないが、あの頃の前線の空気は、確かに悪いものではなかったと、記憶している。
「とは言え、全体の勝負は、気持ちとは関係なく、すでに終わっており、戦況の好転は一時的なものに過ぎず、本命はあくまでも時間稼ぎである。と、思っていました」
「はい」
「王都に近い戦線を中心に、魔物たちの侵攻が予測より後退していることに気づいたのは、布告から半年ほど経った頃でした。原因を調べてみると、どうやら魔王討伐に志願した冒険者たちとの共同作戦が効を奏しているとのことで」
「半年後……」
自分たちの「勝ちの法則」が、確立しだした頃だ。決して単独では動かない。常に軍、あるいは他の冒険者と連携する。戦闘区域をこちらに都合のいい場所に誘導し――エルフィの腕の見せ所――数的な不利を布陣の有利で打ち消す。口で言ってしまえばそれだけのことだが、魔王軍の圧倒的な物量を相手にそれを実行するのは、全く簡単ではなかった。魔物の大集団に対して臆せず突入し楔を打つガルドの武勇と、楔をさらに押し込むレクトの剣、二人を支えるエルフィの魔法、それを橋頭堡として面的な優位に拡大する軍との連動、それらが無ければ、勝てる状況を作る前に魔物の数に押し切られる。戦闘そのものよりも、その手前の調査と偵察と作戦会議の方がよほど長くなることもしばしばあり――そして、そうなった時は、大抵勝った。
「その時はまだ、これで避難までの時間稼ぎが楽になる、くらいにしか思っていませんでしたが、その後三か月経っても、半年経っても、戦況の好転は止まることがなく、布告から一年が過ぎた頃には、明らかに全体の戦局が変わりつつあると、認めないわけにはいきませんでした」
「認めない“わけにはいかない”……ですか?」
ヴォルスの言い方に、ミレーヌは違和感を覚える。
状況が好転しているのなら、それは喜ばしいことなのではないか。
「ええ。というのも、当時の我々は、二年後に避難を開始するために準備を進めていました。戦況が少し好転したからと言って、そう易々と計画を変更するわけにはいきません」
「はい」
「しかし、時間が経過し、どうもそれが一時的なものではないと分かってくると、軍の中から“計画を改め、魔王軍を倒すために注力すべきである”との声が上がってきました」
「ああ……」
それはそうか。
「国側でも、計画を変更すべきだという意見と、予定通り二年後の避難を前提に進めるべきだという意見の二つに割れまして、そして、私は、後者だった、というわけです」
ヴォルスなら当然そうだろう。
少しいい手札が来たからといって、調子に乗って賭け金を釣り上げるのは、この大臣のやり方ではない。二度会って話しただけのミレーヌにも、それくらいは分かる。
「その判断が間違っていたとは思いませんが、認識を改めるまでに時間がかかってしまい、避難の前提にこだわるあまり、戦況の変化に対応した予算の組み替えが後手に回ったのも、否定できない事実です」
ミレーヌは、内心で首を横に振る。口には、出さない。
「というわけで、避難の準備自体を止めるわけではありませんが、状況の好転によって生まれた余裕を、準備の前倒しではなく、前線の支援に振り向けるよう方針を再度改めたのは、布告から一年半が経過した頃でした。『勇者』レクト・ヴァンフリート殿の名前が報告に出てきだしたのも、その時期ですね」
「レクトの」
確か、ザハル師団長と知り合ったのが、その頃だったろうか。
「そこから先は、むしろミレーヌ殿の方が良くご存じでしょう。結果として二年後の避難開始は延期され、その間に勇者殿を中心に、近衛軍、志願兵、冒険者が歩調を合わせて戦線を押し返して魔王城に迫り、最後に魔王軍を引き付けたところで勇者殿とその仲間、つまり皆さんが魔王城に単身乗り込んで魔王を倒す作戦が実行され、そして勇者殿は見事、魔王を倒されました」
ヴォルスが息をつく。
「以上が、陛下が魔王討伐に褒賞金をおかけになり、そして今、私たちがその処理を巡って話をするに至るまでの、経緯となります」
「ありがとうございました。とても……とても貴重なお話を、いただきました」
「こちらこそ、お付き合いいただき、ありがとうございました」
「だから、一億だったんですね……」
魔王を倒した後、王都に帰って来る途中、四人で一億ゴルドの使い道について話をしたことを思い出す。払えるわけがないのはその時も一応分かっていたはずだが、勝利に昂揚していたこともあって、意識していなかった。レクトとガルドは新しい武器と防具、ミレーヌは神殿の手入れ、エルフィは外国の魔導書。なんでも手に入れ放題だと、無邪気に言い合っていた。
我に返ったのは、王都に戻って大歓迎を受け、王城に滞在しだしてから、三日目のことだった。
「ヴォルス様」
「はい」
「やっぱり、この褒賞金を……全額とまでは言いませんが、せめて八割程度を、辞退させていただけませんでしょうか」




