第20話
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「そうですね……」
右手を顎に当て、ヴォルスが長く考え込む。
もしかして訊かない方が良かったのかと、ミレーヌが不安になり始めるくらいの時間が経過した後、ようやく顔を上げ、話し始める。
「まずは、当時の状況をご説明しておいた方が良いでしょう。ご存じの通り、魔王が現れたのは七年前です。北方山地の麓に、魔王と、魔王城が出現し、そこから魔王軍の侵攻が始まりました。もっとも、魔王軍とは言うものの、実情としましては、最低限の指揮命令系統がある程度で、獣の群れが魔物になったようなものでしたが。また、魔物の一体一体はそれほど強くはなく、近衛兵が数人がかりで、あるいは勇者殿や戦士殿のような強者であれば一人ででも倒せる程度であった、との報告を受けていました」
ヴォルスの言う通りである。魔物一体、あるいは少数の群れ程度が相手であれば、大抵はレクトとガルドの二人で十分に対応できていた。
にも関わらず、なぜこの国はあれほどに追い詰められたのか。その理由をヴォルスが述べる。
「ただ、魔物たちは頑丈で、そしてとにかく数が多い」
これである。一体一体は強くなくとも、とにかく徹底的に数で押してくる。どこから湧いてくるかと思うほどに次から次へと魔物が押し寄せてきて、最初のうちは優勢でも、次第に形勢が悪くなって、最後は押し流されるように崩れていく。そしてしばらく時間が経つと、もっとたくさんの魔物が押し寄せてくる……というのが、負け戦の典型だった。
「軍は良く戦ってくれました。数に劣るところを戦術で補い、兵士の一人一人が全力を振り絞り、部隊同士が緊密に連携を取り、全ての師団が力を合わせて、魔王軍と戦っていました。しかし、力や技で数の暴力に対抗するのは、限界があります。こちらの数は減っていくのに、魔物の数は一向に減らない。戦争が始まってから半年、一年と、時間が経過するごとに、天秤は魔王軍の側に傾いていき、二年を過ぎた頃には、北部を中心に、国土の四分の一が魔王軍に占領された状態となっていました」
王都に難民が押し寄せて来だしたのは、その頃である。
ミレーヌのいた神殿でも難民の受け入れを開始し、毎日のように毛布と食料、薬品類の調達に追われていたことを思い出す。
「そして、このままではあと数年ももたない、と判断したのが、四年前のことです。どう頑張っても、二年以内に魔王軍は王都を飲み込み、南部への侵攻を開始する。そうなれば、この国は終わる。国と軍の中枢が達したその結論を、陛下にお伝えしました。
全ての話を聞き終えた後、陛下は、我々に問われました。
“民を一人でも多く、他国に逃がすためには、どのくらいの時間が必要か”
と」
「……!」
「陛下のお言葉を受け、我々は再度、計算し直しました。今度は、魔王軍を倒し、国を存続させるためではなく、国の滅亡を前提として、民をできる限り他国に避難させ、この戦いで得た情報と経験を、できる限り他国に伝えるためには、どのくらいの時間の猶予が必要なのかを」
ミレーヌは、頷くことも忘れている。
「避難は早すぎても、遅すぎてもいけません。早すぎれば混乱と暴動が起きる、遅すぎれば魔王軍の襲来に間に合わない、どちらにしても民に大きな犠牲が出る。
出た結論は、約二年間、魔王軍を現在――つまり四年前――の状況に押しとどめ、その間に秘密裏に準備を進めることができれば、避難に伴う犠牲を最も少なくできる可能性が高い、というものでした。
その、新たな結論を陛下にお伝えし、陛下はその計画の実行を許可なされました。そして、その数日後、戦略の組み直しに取り掛かっていた私に、陛下からのお呼びがかかりました」
前のめりになる。
「御前に参上した私に、陛下は、こう言われました。
“魔王討伐に、褒賞金を出そうと思う。現実にはありえないほどの、巨額の褒賞金を。ヴォルスよ、褒賞金の額をいくらにするか、考えてくれぬか”
と」
「……あ……」
「陛下は、それ以上のご説明はなされませんでした。なので、陛下が何を思って褒賞金のことを言い出されたか、そのご真意は、今なお分かりません……が、想像することはできます」
ミレーヌも、想像する。
「私は、陛下はおそらく、この国に、この国の民に、最後の希望をお与えになりたかったのだと、そう思います」
「はい」
「やがて生活を失い、故郷を離れなければならない民に対して、それでも――いえ、それ“だからこそ” ――たとえそれがまやかしであっても、魔王を倒し、平和を取り戻せるという希望を、与えたかった、のだと」
「はい」
四年前、一億ゴルドの褒賞金の話を聞いた時、ミレーヌはそれをハッタリだと思った。
それは間違いではなかった。褒賞金は、紛れもなくハッタリだった。
そして、その時思ったもう一つのことも、間違いではなかった、全く間違いではなかったのだと、今、ミレーヌは確信する。
そう――
ハッタリでも、無いよりはマシ。




