第8話
やはり、とミレーヌは思う。
「理由をお伺いしても、よろしいでしょうか」
「もちろんです。まず、一億ゴルドを授けた直後にその一部が国に戻るとなれば、国が払えないから返させたのだろう、と見られます。仮に勇者殿の自発的な善意であったとしても、世間はそうは取りません」
それはこちらも分かっている。が、そこはなんとか押し通せるはずだ。
「勇者レクトがそう望んだ」という理由なら、それが本当に勇者レクトの本心から出たものであるのならなおさら、不可能ではないはず。
「そのことは承知しております。ですが」
「もう一点あります。こちらのほうが重い」
「もう一点?」
「額の問題です。仮に総額の二割、二千万ゴルドを寄付されたとします。これは国の歳入の一年分をゆうに超える額です。個人が国にそれだけの金を渡すという行為は、もはや寄付では済みません」
「……と、言いますと」
「国家予算に匹敵する金を寄付として受け取れば、王家と勇者の力関係そのものが変わります。最悪、国を統治するのが王ではなく、勇者である、ということになりかねない」
「そんな。レクトは決してそんなことは」
「もちろん、それは承知しております。勇者殿はそのようなお方ではない。ですが、ここではその事実は関係ありません。魔王を倒し、国を救った勇者に、さらに王家が巨額の金を恵んでもらう。それを見た民がどう思うか、という問題です。一万、二万ゴルドの寄付であれば美談で済みますが、この額ではそうはいきません」
ミレーヌは、考えを改めざるを得なかった。
名目的な体裁の問題は、自分が思うそれよりも、遥かに重い。
「分かりました。この提案は取り下げさせていただきます」
「せっかくご提案いただきながら、申し訳ありません」
「いえ。そんなことは」
寄付案は却下。とすると、次の手は。
ミレーヌが考えていると。
「僧侶殿。よろしいでしょうか」
ヴォルスから話を振ってきた。
「はい」
「これを私の方から申し上げるのはどうかとは思うのですが、一つ、ご提案させていただきます」
「お伺いします」
「一億ゴルドのうちの一千万を、寄付ではなく、辞退、としていただくことはできますでしょうか」
「辞退……ですか?」
一瞬、意味が分からなかった。
すでに確認した通り、そもそも辞退はできない……いや、これまでは全額か大半を辞退する前提だった。一千万、全体の一割、四人で割れば二百五十万ずつ。それくらいなら、話は変わるかもしれない。ただ。
「それは結局寄付と同じ……」
疑問を口に出しかけたところで、気づく。
「あ……違う、か」
「はい。同じように見えますが、同じではありません」
こぼれた言葉をヴォルスが引き取る。
「寄付は、勇者殿がお持ちの金を国に渡す行為です。そこには贈与と恩義が存在し、先ほど申し上げた力関係の問題が生じます。しかし辞退は、最初から受け取らないということです。金が勇者殿の手を経由しない。したがって、国が勇者殿から何かを受け取ったという事実も生じない」
王様は一億ゴルドを約束した。その約束は一億のまま変わらない。ただ、勇者が自らの意思で一割を固辞しただけ。
「こうすることによって、王の権威も傷つかず、勇者殿の意図を勘繰られることもなく、そして国庫から出ていく金は一千万ゴルド少なくなります」
一千万ゴルド。歳入の半分以上。巨額には違いないが。
「金額も、元が一億だから……」
「そうですね。一千万という金額を寄付という形で切り出してしまうと、その数字が独り立ちしてしまいます。が、“一億の一割を辞退”とすることによって、元の金額の巨大さが一千万という数字の大きさを覆い隠し、焦点は割合の側に移り、“大変気前のいい勇者様”でなんとか押し通せる範囲に収めることができる、という構図です」
少し前に頭に浮かんだ理屈――全額辞退は無理でも、一割なら――を、ヴォルスが追認する。
確かに、それなら王家の面子を潰すことなく、褒賞金を減らすことができる。
「一旦持ち帰って確認はしますが、大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。それでは、僧侶殿……ミレーヌ殿とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。もちろんです」
「では、この件につきましては、ミレーヌ殿にご確認をお願いいたします……ああ、でも」
「……何か問題でも?」
「失礼しました。いえ、問題はありません。ただ、今回は実情をご存知ですからそうはならないと思いますが、もしこれが普通に一割を辞退していただきたいというお話だった場合」
前回、そして今日ここまで、表情を崩さなかったヴォルスが、初めて口元を緩める。
「あの勇者殿であれば、“一割でいいのか、もっと辞退したほうが良くないか”と仰るのではないか、と思いまして」
ミレーヌの口から笑いが漏れる。先日の会談で一度顔を合わせただけのはずなのに、この大臣はもうレクトという人物を正確に見抜いている。そもそも、言うだろうも何も。
「はい。そう言ってました」




