第5話
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その質問が来ることは予想していたが、ミレーヌは答えを用意していなかった……用意できなかった。何をどうすべきなのか。何が一番自分たちのためになるのか。国は何を考えているのか。自分たちをどうするつもりなのか。ここに来る前から、そしてこの部屋に入ってからも、ずっとそれを測ろうとしていたが、測り切れていない。
ただ、ここまでの話からすると、少なくともこの大臣は、適当なことを言って誤魔化すような相手ではない……と思う。
だったら、まずは正直に。
「閣下が、この問題をどう解決なさりたいのか、確かめたかったからです」
「なるほど……そうですね。まず、先ほど申し上げましたように、現実的に褒賞金をお支払いするのは極めて困難、いえ、ほぼ不可能です」
ミレーヌは頷く。
「また、同時に、この褒賞金を国の側から無かったことにすることも、勇者殿の側から辞退されることも、許容できないものと……これが、こちらの勝手な都合でしかないことは百も承知ですが、それでもなお、そうお考えくださいと、お願いさせていただくしかありません」
ヴォルスが頭を下げる。
「あ、いえ……お顔をお上げください。状況は、理解いたしました」
「ありがとうございます」
「それで……この状況で、国……閣下としましては、一体、どうされるおつもりでしょうか」
結局、ここに戻ってくる。
ヴォルスが、顎に手を当てて黙り込む。
暖炉で薪が爆ぜる音が聞こえた。
長く視線を下に向けて考え込んでいたヴォルスが顔を上げようとした時、それまでずっと黙っていたレクトが声を発した。
「閣下、よろしいでしょうか」
ヴォルスの目がレクトに移る。
「なんでしょう、勇者殿」
「私は、数字のことはよく分かりません。ですが、一つだけ分かることがあります」
「伺います」
「目です」
「目、ですか」
「はい。謁見の間と、今日ここで、私が見た閣下……あなたの目は」
レクトが言い切る。
「ずっと、前を向いていました」
ヴォルスの目が揺れた。
「私は、魔王との戦いの中で……いや、それ以前にも、大勢の人の目を見てきました。怒っている目、怯えている目、自分に嘘をついている目、何も映していない目……謁見の間で見た、そして今ここで見ているあなたの目は、そう」
レクトは一つ息をついて、続ける。
「その目は、自分にはどうにもできないことを眼前にしながら、それでもどうにかできないかと、全力であがこうとしている人の目だ。俺たちが魔王城に突入する隙を作るために、全滅必至の作戦を受け入れ、そして全軍の半分を生還させた、ザハル師団長と、同じ目だ」
ミレーヌはレクトの横顔を見た。レクトは会計のことは分からない。今までの話も、半分も理解していたかどうか。しかし今、ミレーヌが大量の言葉を並べて届かなかった場所に、レクトが真っ直ぐに手を伸ばしていた。
「ミレーヌ、大丈夫だ。この人は信頼していい。俺たちの、味方だ」
ヴォルスが深く、長く、息を吐いた。
「勇者殿は、人の目を読まれるのですな」
「剣を向けてくるかもしれない相手の目なら……あ」
今になって自分のやったことに気が付いたのか、レクトが目に見えて慌て出す。
「申し訳ありません、閣下。つい興奮してしまいまして。大変失礼いたしました……」
「いえ、全くお気になさらず――僧侶殿」
ヴォルスの目がミレーヌに移る。
「はい」
「先ほどのご質問に、お答えします。まず、私は、この問題を、国と、あなた方の双方が、納得できるように、解決したいと思っております」
「はい」
「ですが、今申し上げましたように、褒賞金をお支払いするのは、不可能です」
「はい」
「さらには、それを辞退していただくことすらできない」
「はい」
「僧侶殿は、この状況において、私がどうするつもりかをお尋ねになりました。それへの回答としまして、私から一つ、皆さんにお願いさせていただきたいことがあります」
ヴォルスが立ち上がり、深く頭を下げる。
「恥を忍んで申し上げます。褒賞金をお支払いした“ことにする”ための工作に、ご協力いただけませんでしょうか」
そうなりそうな、気はしていた。
払えない、かといって辞退もできないなら、それしかないだろう。
「頭をお上げください……まず、分かりました、とは、言えません」
「承知しております」
「他の二人にも話をしなければいけないので、一度、持ち帰らせていただけますでしょうか」
「もちろんです」
「ありがとうございます……私からお伺いしたいことは、以上です」
「ありがとうございます。では、本日はここまでとさせていただき、また日を改めてお返事を伺わせていただきたく思います。ご検討の時間も必要でしょうから……そうですね、七日後、でいかがでしょう」
「大丈夫です」
「では、次回は七日後ということで。またお二人でいらっしゃいますか?」
「どうする、ミレーヌ」
「それも、検討させてください」
「承知しました。よろしくお願いいたします。本日は、ありがとうございました」
ヴォルスが会談の終了を告げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
立ち上がって礼をし、執務室を辞去する。石造りの廊下を通って、正門から王城の外に出る。
しばらく歩いたところで、レクトが言った。
「なあ、ミレーヌ」
「なに?」
「なんか、すげえ緊張してなかった?」
できるだけ表には出さないようにしていたつもりだが、全然隠しきれていなかったことは、自分でも分かる。
「うん、してた」
「まあ、緊張もするよな。大臣相手で、しかも話の内容が内容だし」
「そりゃするわよ。レクトも聞いてたでしょ。状況が状況だから、向こうがその場で全額踏み倒しを宣言してきやしないか、気が気じゃなかったんだから」
「そうだよなー」
レクトは納得したようだ。
話がどう転ぶか気が気でなかったのは本当だ。が、その理由は、会談の場で話した内容だけではない。ある意味では、その話をせずに済んだことが、今日の一番の収穫かもしれない。
なんにしても、今それを、わざわざレクトに言う必要は無い。
「気が抜けたらお腹すいちゃった。どっかでご飯でも食べていかない?」
「お、いいね。どこにする?」
「んー、マルタの店かなー」
「ガルドも呼ぼうか。エルフィは?」
「学院に報告。夜までかかるって言ってた」
「あ、ガルドも今日は兵士仲間と一緒か」
「マルタの店にいたりして」
「はは、そうかも」
他愛の無い話をしながら、頭の中で自分に言い聞かせる。
魔王は倒した。勇者の戦いと、僧侶としての自分の戦いは終わった。
でも、会計係としての戦いは、まだ始まったばかりだ、と。




