第4話
***
二日後、王城の事務棟。
ミレーヌはレクトと二人で、財務大臣の執務室の前に立っていた。
扉の前に立つ衛兵が一旦部屋の中に入り、しばらくして再び扉が開く。
「どうぞ、お入りください」
執務室に入る。壁際には書物と帳簿で埋まった書架が並び、手前側に応接用のソファとテーブル、奥側の窓の手前に大きな執務机が据えてある。机の上には書類が山積みになっており、その向こうに、財務大臣、ヴォルス・ケッセンリンクが座っていた。
二人の姿を認めたヴォルスが立ち上がる。
「勇者殿。僧侶殿。ようこそお越しいただきました」
「大臣閣下。この度はお忙しい中、急なお願いにも関わらずお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「いえいえ。勇者殿のご依頼とあらば、何を置いても優先させていただくのが当然です」
「恐縮です」
「まずは、おかけください」
「ありがとうございます。失礼します」
レクトがヴォルスと挨拶を交わした後、二人で応接用のソファに座り、ヴォルスも向かいに腰を下ろす。
「さて、お二方もお忙しいかと思いますので、前置きは無しにしましょう。本日はどのようなご用件でしょうか」
ミレーヌが答える。
「私から、お話させていただいてもよろしいでしょうか」
「お願いします」
「では……本日お伺いした理由は、褒賞金についてです」
「はい」
ヴォルスの表情にも態度にも変化は無い。
話を切り出す。
「一億ゴルドの褒賞金は、いつお支払いいただけますでしょうか」
「なるほど。そのことですか……」
少しの間を置いて、答えが来る。
「正直に申し上げますと、即時の全額支払いは、不可能です。現状、国庫にそれだけの蓄えがありません」
予想通りの答え。では。
「即時の支払いが無理でしたら、例えば、分割払いにする、という方法はありますでしょうか」
「それも、難しいです。期間と額にもよりますが、仮に、単純に十年の分割とした場合、年間の支払額が一千万ゴルドになります。これは、我が国の歳入の半分以上に相当し、これをお支払いしてしまいますと、国が立ち行きません」
「復興が進んで歳入が回復すれば、支払いの目処が立つ、ということはありませんでしょうか」
「そうですね……農地が戻り、交易路が安全になれば、五年から十年で戦前の水準には近づくでしょう。ただ、それで全てを賄うのは難しいです。また、そもそも歳入の回復は、予算を復興に充て続けた場合の話です。褒賞金の支払いに回せば復興は止まり、歳入も回復いたしません」
これも予想通り。
次は何をどう切り出すかと、少し考えていると。
「そのご様子ですと、僧侶殿は他にもご質問がおありでしょうか?」
「あ、はい。いくつかございます」
「では、よろしければ、それらをお聞かせいただけますか」
それを読んだかのように、ヴォルスが話を促してきた。
「では……例えば、土地や建物、あるいは宝飾品などで充当する、というのはいかがでしょうか」
「可能ではあります。ただ、それだけでは一億という額には遠く及ばないでしょう」
「他国との分担、あるいは借入は可能でしょうか」
「難しいです。他国も他国で魔王軍に攻められ、いまだ魔物の残党との闘いが続いている国もありますし、借り入れようにも金額が巨大すぎて、一筋縄ではいかないでしょう」
このあたりは一昨日、四人で話した通りの内容。
ぱっと思いつく範囲では、片付きそうにないということが再確認された。
もう一歩、踏み込まないといけない。
「先ほど、十年の分割払いというお話がありましたが、例えば、それを百年にする、といった方法はありますでしょうか」
「できるできないで言えば、できないことはありません。ですが、現実にはできないものとお考えください。数十年以上の分割払いとすることは、実質的に“支払わない”のと同じことだと見られます」
「では……新しい貨幣を発行して、それを褒賞金に充てる、というのはいかがでしょうか」
ヴォルスは右手を顎に当て、少しの間考える。
「その手は、一応ございます。新たな貨幣を一億ゴルド分発行することは、理屈としては可能です」
「一応」がついているということは、おそらくそうは思っていない、ということだろう。実のところ、話を持ち出したミレーヌ自身も、あまり思っていない。
その予想を裏付けるように、ヴォルスが話を続ける。
「ですが、現実にはそれも難しいでしょう。一億ゴルドと言いますと、一ゴルド金貨で一億枚です。それを発行しようにも、鋳造用の金が全く足りていない。だからといって、銀や銅を使って、あるいは一ゴルド相当と国が認めた証書のようなものを大量に発行すると、今度はそちらに引っ張られて“一ゴルド”の価値の方が下がってしまい、最終的に、民は大変な物価高にあえぐことになる可能性が高い。勇者殿への褒賞のために、民の暮らしを破壊したという汚名を、陛下にお着せするわけには、さすがにまいりません」
今すぐには払えない。分割も無理。貨幣の発行も無理。
こちらで思いつく手はもう無いが、そこからどうするかを考えるのは、褒賞金を出した側の仕事であって、それを受け取る自分たちではない。
ならば、これを訊くのは……ありだろう。
「閣下、改めてお伺いします」
「伺います」
「現実的に、この褒賞金を、お支払いいただける可能性は、あるのでしょうか」
ヴォルスが下を向き、考える。
答えるまでに、かなりの間があった。
「それをお訊きになる時点で、既にお分かりかと思いますので、包み隠さず申し上げます。全額はもちろん、その二割すらも、お支払いすることは、不可能です。この“二割”とは、歳入増加、歳出削減、分割払い、他国からの借入、王家の資産の売却……現状、国のみで取り得るあらゆる手を尽くした上での数字だと、お考えください」
想像していたよりもさらに厳しい回答だったが、程度はともかく方向としては、薄々察しはついていた。
本当にまずいのはそこではなくて。
「それはつまり、褒賞金を減額するということですか」
「そうではありません。褒賞金の減額を、こちらからお願いさせていただくことはありません」
「では……こちらから褒賞金の辞退を申し出れば、よろしいのでしょうか」
「辞退、ですか」
ヴォルスが考える。
「……申し訳ありません。大変ありがたいお申し出ですが、それをお受けすることは、できません」
予想通りの、来てほしくない答えが、返ってきた。
「理由を、お伺いしてもよろしいですか」
「いくつかありますが、一番大きいのは、やはり、
“勇者殿が自主的に辞退されたとしても、世間はそうは見ない”
ということです。まず間違いなく、国が支払いたくないがために、勇者殿に圧をかけて辞退させた、と見られるでしょう」
それはそうだろう。一昨日四人で話した通り。
ヴォルスが続ける。
「そうなりますと、事は国の信用にも関わります。“この国は国王が出した褒賞を平気で反故にする”と、民や諸外国に見られてしまうことは、内政、外交ともに深刻な影響を及ぼすことになります」
それも、そうだろう。
「ですので、こちらの勝手な言い分で大変申し訳ありませんが、全額ないしそれに近い額の辞退をお受けすることは、できないとお考え下さい」
「……承知、いたしました」
払えないものは払えない。かといって辞退することもできない。
では一体どうすればいいのか。国は一体どうするつもりなのか。もしどうにもならなかったら。
ミレーヌが考え込んでいると。
「僧侶殿」
ヴォルスが、声をかけてきた。
「あ……はい」
「私から一つ、ご質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、はい」
何を訊いてくるのかと、身構える。
「まず、こちらの都合ばかりを一方的にお話しすることになってしまって、申し訳ありません」
「……いいえ」
はい。
「その上で、僧侶殿には、こちらがそのように答えることは、ある程度お分かりであったようにも思います」
「あ……いえ……はい」
「では」
ヴォルスが問う。
「僧侶殿は、そこまでお分かりの上で、なぜ私に会おうと思われたのですか?」




