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第2話

 ***


 一億ゴルドの布告があった翌日、一人の青年が魔王討伐に名乗りを上げた。ミレーヌより一歳年下のその青年は、王都ではそこそこ名の知れた冒険者で、布告の前から近衛軍の支援活動や、避難民の案内などに従事していた。

 青年の名は、レクト・ヴァンフリート。後の勇者レクトである。


 レクトは冒険者ギルドで魔王討伐任務を引き受ける手続きをした後、仲間を集め始めた。一人目の仲間は幼馴染の兵士、ガルド・オーランド。二人目は、同時期に魔王討伐に名乗りを上げようとしていた魔術師、エルフィ・ケネット。そして、三人目は。


「俺と一緒に、魔王を倒してもらえないか」

「は?」


 何を言われているのか、ミレーヌには分からなかった。

 自分は神殿付きの僧侶で、会計係である。治癒術の腕前は人並みだが、帳簿の読み書きにはいささか自信がある。そんな自分に、魔王の何が関係あるというのか。

 魔王討伐の冒険者が面会を求めてきたというので、怪我の治療か、金勘定の依頼か何かかと思っていたら、これである。


「何の話ですか?」

「だから、俺と一緒に、魔王を倒してもらえない……もらえませんか」

「お断りします」

「そこをなんとか」

「他の人を当たってください」

 

 どう考えても、自分よりも適任がいるはずだ。


「この神殿だけでも、私より治癒術が上手な僧侶は大勢います。アッシュさんにデインさん、あとキャリーも……紹介してくれというのなら、それくらいはしてもいいですけど」

「いや……他の人に頼むことも考えてみたんですけど、そもそも身体が空いてないとかで」

「ああ」


 それはまあ、そうだろう。このご時世、治癒術に長けた僧侶はどこからも引っ張りだこで、数か月先まで予定が埋まっていることも珍しくない。


「で、治癒術の腕は大したことがないので比較的身体が空いてる私に声をかけてきた、と」

「いや、そういうわけではなくて」

「じゃあどういうわけなんです」


 語気が荒くなる。僧侶としての力量が大したことがないのは自覚しているが、余りもののように扱われるのは、気持ちのいいものではない。

 目の前にいる青年、レクト・ヴァンフリートのことは、街の噂で聞いていた。魔王討伐に一番に名乗りを上げ、魔術学院の秀才を仲間につけたとのことで、王都の人々の間でも、それなりの期待感はあるようだ。

 ミレーヌが気を悪くしたことが分かったのだろう。レクトが恐る恐る答える。


「いや……お願いしたいのは、僧侶として、というのもまあそうなんですけど、どちらかというと会計係として、でして」

「は?」

「実は、エルフィ……うちの魔術師が、声をかけるならトルソワさんだと」

「どういうことですか」


 魔術師に知り合いはいないでもないが、エルフィという名前は、レクトの仲間として噂に聞いただけである。


「いや、エルフィが言うには、傷の治療だけなら、自分でも作れる治療薬があるし、魔術での身体強化と防護付与を合わせれば、そこまで僧侶に頼り切りにはならないはずだと」

「はあ」


 詳しいことは分からないが、理屈としてはあり得るのだろう。


「で、本当に必要なのは、旅の差配ができる会計係の方で、神殿のトルソワさんが一番適任だから、拝み倒してでも同行してもらえ、と」

「はあ」


 予想外の、会計係としての勧誘。僧侶としてよりはまだ分からないでもないが。


「いずれにしても、お断りします」

「そこをなんとか」

「お引き取りください」

「また来ます」

「来なくていいです」


 と言って、その日は追い返した。

 が、レクトは諦めが悪かった。

 翌日、そしてそこから数日置きに神殿に通い詰め、ミレーヌに面会を申し込む。魔王討伐志願の冒険者をあまり邪険に扱うわけにもいかないので、しぶしぶ会ってみると、まるで同行の誘いなど無かったかのように、世間話……というには物騒すぎるが、自分たちの活動や戦場での小話、戦線の状況などの話をして、小半刻でさっと切り上げる。今から思えば、それもエルフィあたりの入れ知恵だったのだろう。


 いつ、自分の気持ちが変わったのか、ミレーヌは覚えていない。

 レクトの子供の頃からの話を聞き、魔王討伐にかける思いが見えた時なのか、侵攻の状況が予想以上に厳しく、このままではあと五年もたないかもしれないと聞かされた時なのか、おそらくエルフィに教え込まれたのであろう「討伐行における会計係の重要性」について熱弁するレクトの姿に思わず笑ってしまった時なのか……ともあれ、初対面から二か月――きっかり六十日――後、僧侶ミレーヌ・トルソワは、レクト・ヴァンフリートの一行に加わることとなった。


 そこから先は、長かったようでもあり、あっという間だったようでもある。

 志願兵と組んでの王都付近での魔物の掃討から始まり、徐々に活動範囲を広げながら近衛軍に顔を売り、遊撃隊のような立場で連携ができるようになり、ついには近衛軍を囮として魔王軍を引き付け、その隙に本拠である魔王城に勇者一行だけが乗り込み、魔王自身を倒す……その作戦が実現するまで、三年半の月日を必要とした。


 二か月前、レクトとガルド、エルフィ、ミレーヌの四人は、魔王城に潜入して魔王と戦い、勝利した。

 この国は救われた。


 そして、空手形に対する請求書が、発行されてしまった。


 ***


 拍手がようやくおさまり始めている。ミレーヌはわずかに姿勢を正した。

 頭の中では、四年前と同じ言葉が渦を巻いている。


 払えるわけがない。


 再び視線だけを上げて前方を見る。レクトは壇上に招かれ、王に手を取られて共に祝福を浴びている。

 視線を戻す。そう、レクトはそれでいい。勇者は敵を斬るのが仕事で、合わない帳尻を合わせるのは、会計係の仕事。


 膝を折り、頭を下げたまま、ミレーヌは途方もなく巨大な、合わない帳尻のことを、考え続けていた。

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