第1話
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「勇者レクト・ヴァンフリートよ。そなたらの偉業に報いるべく、王国はかねてよりの約定に則り、褒賞金一億ゴルドをここに授与する」
王の声が謁見の間に響き渡った。
一拍の沈黙の後、拍手が爆発した。居並ぶ来賓、高官が立ち上がり、壁際に整列した兵士が槍の石突で床を打つ。地鳴りのような音が拍手と共に反響し、降りかかってくる。
勇者一行は、玉座の前にひざまずいていた。先頭に勇者レクト。その後ろに戦士ガルド、魔術師エルフィ、僧侶ミレーヌの三人。
勇者レクトが、深く頭を垂れたまま、朗々と応える。
「ありがたく、お受けいたします」
その声に迷いは無い。当然だろう。勇者は、国の存亡を賭けた戦いに勝ち、生きて帰ってきた。事前に約束されていた報酬を受ける資格に、一点の曇りも無い。
もちろん、レクトはそれでいい、とミレーヌは思った。
ミレーヌは顔を伏せたまま、視線だけを持ち上げて玉座を見た。王は立ち上がり、拍手を受けている。長きにわたる魔王との戦いのせいか、記憶にあるよりもいくらかやつれているようではあるが、今はその顔に満面の笑みが浮かんでいる。
ただ、ミレーヌには、王の目の、その歓喜の奥に、もう一つ別の色が映っているようにも見えた。
たぶん、自分はその目を知っている。どれだけ計算し直しても帳簿の数字が合わなくて、それでも無理やり合わせないといけない時、鏡の中の自分は、大抵あんな感じの目をしていた。
視線を横に滑らせた。王の傍ら、半歩下がった位置に、痩身の初老の男が立っている。財務大臣、ヴォルス・ケッセンリンク。顔には特に表情を浮かべず、淡々と拍手をしながら、まっすぐ前を向いている。
ヴォルスの視線が動き、ミレーヌと一瞬目が合ったような気がした。視線はすぐに外れ、再び真っ直ぐ前を向く。
鳴り止まない拍手の中で、ミレーヌは考えていた。
この光景を、あの時の自分が見たら何と言うだろう、と。
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魔王との戦いが始まったのは、七年前のことだった。
北方の辺境地域に突如として現れた魔王は、瞬く間に魔物による軍勢を編成し、そして侵略を始めた。侵攻は速く、そして大規模であった。魔王軍には海を越えることが可能な魔物が存在しており、それらを利用することで、魔王の本拠――後に「魔王城」と呼ばれることになる――が存在するこの国のみならず、世界中のほぼ全ての国が攻められることとなった。
当然ながら、魔王城に最も近いこの国への侵攻が最も激しく、国も近衛軍を筆頭に志願兵、冒険者を総動員して対抗したものの徐々に劣勢となり、侵攻開始から三年が経過した頃には、王都に押し寄せてくる避難民の収容が追い付かないほどに、戦況が悪化していた。
四年前、ミレーヌ・トルソワは二十歳で、王都の神殿付き僧侶だった。幼い頃に両親を亡くし、神殿の孤児院に引き取られ、治癒術の素質があったため僧侶としての訓練を受けて育ってきた。治癒術の腕はそこそこどまりだったが、数字に強く、中でも金勘定が得意だったことから、当初は帳簿付けと薬草などの在庫管理を、そのうち神殿の財務管理全般を任されるようになっていった。「僧侶というより会計係」というのが神殿内でのミレーヌの評価であったが、ミレーヌ自身としても、その評価に特に異議はなかった。
当時のミレーヌは知らなかったが、その頃、国は追い詰められていた。軍は壊滅こそしていないものの、北方戦線の全域で後退を余儀なくされ、侵攻の手が王都近くに達するのも、そう遠くないと噂されていた。他国に援軍を請う使者が出されたが、返ってきたのは、どの国もそれぞれの国境で魔王軍を食い止めるので精一杯だという、予想通りの、おそらくは事実そのままの回答だった。
王が冒険者ギルドを通じて「魔王を討ち果たした者に褒賞金一億ゴルドを与える」と約束したことを、ミレーヌが耳にしたのは、神殿の裏手で配給用の芋の数を数えていた時のことだった。
払えるわけがない。
ミレーヌが考えたのは、まずそれだった。
一介の僧侶で、会計係であるミレーヌには、国の財政は分からないが、一ゴルドあれば一家四人がひと月は暮らしていけるこの国に、一億ゴルドなどという途方もない金があるとは、とても思えない。
つまり、この一億は払うあての無い空手形で、そして、そんなとてつもない空手形を必要とするほど、戦況が悪化している、ということになる。
「ハッタリ、か」
ミレーヌは呟いた。でもまあ、ハッタリでも無いよりはマシなのだろう。たぶん。
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今、そのハッタリは、ミレーヌの目の前で、現実になっている。




