準々決勝3回戦 激闘、デュフン
フリーターがスマートな勝利を収め、続く三回戦。
観客たちは次の試合展開がどうなるものかと、固唾を呑んで見守っていた。
して、その会場でやたらと辺りを気にする討議者がいた。
「あっ、えぇ……うわぁ、ほ、本当に来ちゃったぁ。 デュ、デュフフフ」
中肉中背、チェックのシャツに大きなリュック。
キョロキョロと辺りを見渡す猫背の男は、栗田健正。
リュックからはみ出した丸まったポスター、ブラブラと揺れるアクリルキーホルダー……誰がどう見ても、ステレオタイプのオタクである。
対する討議者は、冴えない初老の男性――堤下平次郎。
定年退職した元交通整理員である。
親と子以上も年の離れた二人は一体、どんな論戦を繰り広げるのか――。
「……おまえさんあれか。 オタクってやつだろ? 気持ち悪ぃなあオイ」
この男もまた、ステレオタイプのジジイであった。
先手を仕掛けたのは、堤下。
失礼極まりない一手だが、彼にとってはごく自然な感覚なのだ。
老害VSオタク――。
さほど観客の興味の湧かないマッチではあるが、何が起こるか分からないのが総合非格闘技の醍醐味でもある。
「デュフフ、唐突なディスり乙……ww そんなこと言って……あ、あんたこそ、あれだろ? ろ、老害ってやつだろ」
「あぁ? でたよ、最近の若いもんは、何かあるとすーぐ『老害だー』『パワハラだー』だの……いいか、オレの若い頃なんかは――」
始まった――。
老害特有の”最近の若いもん”という勝手なカテゴライズ……そして、後に繰り出される自分語り。
ガチガチの固定観念が為せる技である。
観客もこれには辟易として、自身のスマホに目を落としかけたその時――爆音が響いた。
『キュンキュンキューンッ! みんなのハートに、萌えキュンキュンッ! 世界のアイドル、ぷりんちゃんだよー♪』
万年地下アイドルの、星姫ぷりんの声――音の発生源は、栗田のリュックだ。
「……き、気色悪い音出しやがって。 まさかオメェ、そのリュック……」
「デュフフ……ご明察なり」
栗田、渾身のドヤ顔。
そう、彼のリュックはただのリュックにあらず――スピーカーを内蔵した、栗田特製リュックなのだ。
いついかなる時でも愛するぷりんちゃんの声を聞くための、公害兵器である。
これには、さすがの堤下も審判団もドン引き。
つまり、効いている。
――だが、このリュックは栗田にとっても諸刃の剣であった。
「ぐ、ぐふぅっ……」
『おぉっと!? 栗田選手、膝をついたぁ!!なんでだぁっ!?』
栗田、突然苦しみ出す。
それもそのはず……スピーカー内蔵の特製リュックは、総重量にして三十キロを超える。
ひ弱な栗田は身に着けているだけで、体中の筋肉が悲鳴を上げる代物だ。
「そ、それでも……拙者は、ぷりんたんの為に……ッ!!」
栗田、立ち上がり漢を魅せる。
栗田、生まれたての子鹿のように震える。
星姫ぷりんのアクリルキーホルダーがカタカタ鳴った。
「……ふふっ、おまえさん、見かけによらずなかなかやるじゃないか」
堤下は栗田の奮闘する姿に小さく微笑んだ。
だが、その鋭い観察眼は全てを見抜いていた。
「……おまえさん、もう立つことだって限界だろう。 悪いことは言わねぇ、棄権するんだ」
「ぐっ……! 拙者は、まだ――!」
「ふっ。 そうか……」
それでもなお屈しない栗田に向かって、堤下はゆっくりと近付いた。
「なぁ……ここだけの話だが、おまえさんの大好きなぷりんちゃんなぁ――もう二十八になるんだぞ?」
「なっ――!? ち、違うっ! ぷりんたんは永遠の十六歳――」
「まあ、そう言うわなぁ。 実はあいつ、ホストに貢いで借金負ってよぉ、これまでに窃盗で何度もしょっ引かれてるんだわ」
「なっ……えっ!?」
もちろん、嘘である。
元警察官による、明確な誹謗中傷事案だ。
しかしながら、社会経験が少なく根が純粋な栗田は……それを信じた。
星姫ぷりんを信じたいという想いと、警察官が嘘をつくはずがないという思いが衝突――彼の心は大きく揺らいだ。
「ほら、オレ元刑事だから色々と知ってるんだわ。 長年この仕事やってると、嫌でも情報が入ってきちまうんだ。 まあほら、元気だせよ」
「……ぅっ、うぅ、嘘だぁぁぁっ――!!」
栗田、大絶叫――直後、白目を向いて気絶。
もともと体力の限界を超えていた所に、心の支えが揺らいだのだから無理もない。
『おぉっと!! 栗田選手ダウーーンッ!!! 討議続行不可能により、堤下選手の勝利!!』
電光掲示板に堤下の名前が表示され、歓声が沸き起こる。
「ふんっ、コロッと騙されるほうが悪いっつうんだよ」
堤下、フンッと鼻で笑って討議場を後にする。
堤下平次郎――趣味、刑事ドラマ鑑賞。
二度の離婚歴有り。
このジジイ、狡猾にして姑息――。




