準々決勝2回戦 フサフサであるがため
波乱の幕開けとなった総合非格闘技の決勝大会だが、早くも第二回戦の火蓋が切って落とされた。
ビシッと決め込んだグレーのスーツに、ぴっちり七三分け。
片や、だぼだぼのグレーの上下スウェットに、ぼさぼさの寝ぐせ付き。
相反する両者の間には、異様な緊張感が走った。
七三分けの男――経営コンサルタントの鈴木誠二は、黒縁眼鏡をスチャリと指で押した。
「……こうしていても、時間の無駄です。 さっさと口撃をしかけたらどうですか?」
彼の口調は、穏やかながらもどこか芯があり――余裕に満ちていた。
それもそのはず――彼は元はやり手の営業マン。
あの手この手で教育商材を売りまくり、警察から厳重注意を受けた経歴を持つ男。
自身の話術や人心掌握術を持ってすれば、目の前の冴えない男など何の障害にもならないと思っている。
対する、スウェット男は――。
「……ん?」
『おぉ~っと、佐々木選手! 返事の代わりに鼻をほじっている……!! これは汚いっ!!』
対戦相手のことなど意に介さない様子で鼻をほじっていた。
これが――三十八歳フリーター、無気力壮年こと佐々木赤也の実力である。
ろくに口撃もしかけず、鼻をほじる行為……これには思わず、審査員団も減点をしかけた。
――が、その手を止めたのは、佐々木のこの行為に鈴木の表情が崩れたからだ。
つまり、効いている。
「あ、あのぉ? その行為は少しばかり失礼じゃないですかね……?」
「お? おぉ、でっけーの取れたわ」
ピキッ。
「……いい大人が、みっともないですよ。 さあ、紳士的な話し合いを――」
「ゲェップ。 おっと失礼」
ピキピキッ。
鈴木の額に浮かぶ青筋は、今にもぶち切れそうだ。
「ひっ、人が下手に出ていれば……ッ!! おいテメェ、その使い道のない脳みそフル回転させてよぉく聞け! ろくに経済も回せねぇ社会のカスがッ!!」
意外や意外、鈴木はその真面目そうな顔とは裏腹に、驚くほどスラスラと罵倒が出てくる。
長年にわたる上司からの恫喝の影響だ。
目を血走らせ、口の端に泡を作り、反論の余地すら許さない一方的な口撃――。
これはさすがに決まったかと思われたが、佐々木は意にも介さない様子で静かに語り出した。
「……なあ、コンサルって具体的に何するんだ?」
「あぁ!?」
「いやぁ、そろそろまともな職にでも就いてみようかな、なんて思ってさ」
「…………そ、そうなのか。 フン、不本意ながらその低能でも分かるようにかいつまんで――」
「あ、やっぱいいわ。 実は興味ないし」
ブチリッ。
完全に、鈴木の何かがキレた音がした。
「――きっ、貴様あぁっ!! 貴様という奴は、貴様という奴は……!!」
鈴木は上着を投げ捨て、ネクタイを緩め、ツカツカと佐々木に駆け寄った。
その瞬間、風とともに黒い影が舞った。
SUZUKIのKATURAである。
ことの重大さに気付いて一気に青ざめた鈴木は、ペタペタと自身の頭頂部を触る。
――ない。自信も尊厳も、三十万のかつらも。
「あ……やめ、やめてぇ。 見ないでぇ……」
「……ジャッジ」
佐々木は平然と、ジャッジを告げた。
それを聞いて、鈴木は瞬時に理解した――最初から自分は、相手にすらされていなかったのだと。
審判団が下した結果は、佐々木赤也の勝利。
電光掲示板に彼の名前のみが、デカデカと表示された。
一方的に声を荒げ続けていたにも関わらず、見るからにダメージを負っているのは鈴木の方。
特に、頭部。
佐々木の勝利は、誰の目にも明らかだった。
「はぁーあ、いるよなああいうヤツ。 ああいう輩の言うことは、耳を貸さないに限る」
策士であった。
やる気はないが、この男、頭は良かったのだ。
鈴木が一浪した難関大学を、なんなく突破することができる秀才。
ただ、やる気だけがなかったのだ。
スマートにその場を後にするだぼだぼのスウェット姿に、客席から歓声が沸いた。
後にこの試合は最も非格闘技をしていた試合としてマニアたちの間で語り継がれることとなる。




