準々決勝1回戦 子どもも桃も、桃の内
「それって、あなたの感想ですよね?」
先手を仕掛けたのは、瑠璃山小学校四年生、九十九翔太だ。
失礼にも対戦相手を指差し、口をへの字に曲げてふてくされた態度を取る。
対する、自称婚活アドバイザーの桃山桃子は、ほんの少しだけ困惑した表情で受け止めた。
「……え、いや、何を言ってるんですか? ワタクシ、まだ何も喋っていませんよ?」
桃子のまっとうな指摘が飛ぶ。
翔太が先程放った言葉――「それって、あなたの感想ですよね?」は、確かに一部界隈で人気のあるフレーズ……キッズが好んで使いたがるのも頷ける。
――がしかし、ここは決勝大会。
対話による口撃が常の総合非格闘技において、文法や会話の流れを無視した口撃は、減点対象とさえなりうる。
より高度な戦いが求められる決勝大会において、翔太が無策にも放った言葉だとは考えにくく――
『おぉ~っと!? 翔太選手、なにやら涙目になっている!! まだ戦いは何も始まっていないというのに!!』
アナウンスの声が響く。
この状況に、観客一同は困惑を隠せなかった。
そう――ただの無策であった。
ただの――イキりであった。
彼はその醜態を全国に晒し、その事実に耐えかねてポロリと涙がこぼれた。
「ねえ、おとなしく棄権してくれないかしら? ワタクシだって、小さい子を口撃するのは嫌なのよ」
「――!! こ、子どもだからってバカにしやがって! 大人はそんなに偉いのかよ!?」
翔太は、子ども特有の青臭い主張を放った。
しかし桃子、眉をピクリとも動かさない。
「……フンッ。 子どもだからじゃないわよ……バカだからバカにしてんのよ、バァ~カ」
「えっ……」
桃子はしたり顔で、フンっと鼻を鳴らす。
『これはひどい!! 子どもの純真を真っ向から踏みにじるような、カスの大人の発言だぁ!! しかしこれは、こういう戦い――倫理観や道徳論を語っていては、真の勝者になれないのだッ――!!』
アナウンスの煽りに、観客が湧いた。
事実、今の言葉の応酬でさえごく一般的なものだ。
バカだのアホだの、およそ恥ずかしくて言えない語彙力のない悪口も、シンプル故に刺さる。
「うっ……うわぁ~ん!!」
遂に、幼い翔太は泣き出してしまった。
なぜ決勝大会に上がれたのか不思議なくらい、頭も心も幼かったようだ。
「あ~やだやだ、これだからガキは……ジャッジ!!」
――総合非格闘技の決着の方法は三つ。
本人から棄権の申し出があるか、三十分の制限時間後、審判団による判定が為されるか。
そして三つ目が、桃子が叫んだ言葉――ジャッジ。
現時点での状況から審判団に判断を仰ぎ、場合によっては即座に勝敗が決するというものだ。
そしてジャッジの結果は――
『勝者、桃山桃子ッ!!』
直後、観客席で男性陣が小さな悲鳴を上げた。
電光掲示板に、彼女のプロフィール(偽装)と、顔写真(詐欺プリ)、電話番号がデカデカと表示されたからだ。
勝者には、電光掲示板を利用できるというささやかな特権がある。
彼女の場合、自分のプロフィールを全国の殿方にお届けすることを選んだ。
こういった所が、恋人ができない所以なのだろう。
「――ウフッ❤ 連絡待ってまーす!」
恋人いない歴三十六年の桃子は、勝ち誇ったように右手を突き上げた。




