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13話 奇跡の少女

 


 霊塔寺の裏山は、青々と生い茂っていた。

 午後二時を過ぎ、気温はぐんぐん上がっている。蝉の声がうるさいほど響く中、晴、ガクト、陽葵、明日香の四人は、細い山道をひたすら登っていた。


「ねえ、本当にこんな場所におばあちゃんがいるの?」


 額の汗をぬぐいながら、明日香が晴に尋ねる。


「いると思います」

「ていうか、なんで先輩までついてきたんですか?」


 陽葵が横からさらっと尋ねると、明日香はムッと顔を背けた。


「だって行方不明だなんて聞いたら……ほっとけないじゃない」

「へえ」

「何よ、その顔」

「いや、いい人だなって」

「……っ」


 陽葵の笑顔を見て、明日香がわずかに頬を染める。

 晴は前を向いたまま、うんざりしたように言った。


「そーゆーの、後にしてもらえる?」

「はいはい」


 そんなやり取りをしながらも、四人は前へ前へと進んでいく。

 木漏れ日がまだらに落ちる山道を登り切ると、ようやく視界が開けた。白い仏舎利塔が、青空の下で静かに佇んでいる。

 そして、階段の近くに――



「いた!」



 晴が叫ぶ。

 紫の薄いカーディガン。白いシャツ。グレーのズボン。

 間違いない。行方不明のおばあさんだ。


「おばあさーん、こっちですよ!」


 ガクトが大声で手を振る。けれどおばあさんは呼びかけに気づかないのか、ふらふらと別の方向へ歩いていってしまう。しかもその先は林の陰になっていて、崖が近い。



「ちょ、そっち行っちゃだめ!」



 晴達は一斉に駆け出した。

 おばあさんの足取りは弱々しいはずなのに、進む方向だけはまっすぐ危ないほうへ向かっている。


「マジでタフなばあちゃんだな!」

「聞いてた話と全然違うんだけど!」


 ガクトと陽葵が左右から回り込み、晴が正面に回る。


「おばあさん、危ないから! 止まって!」


 ようやく腕をつかんで引き止めると、おばあさんはきょとんとした顔で四人を見た。


「あれぇ……坊や達も散歩かい?」

「先輩、警察に連絡お願いします!」

「わ、わかった!」


 明日香が慌ててスマホを取り出す。

 そうしてしばらくしてから、到着した警察と家族に引き渡され、おばあさんは無事に保護された。

 ことりの未来予知で、ひとつの命が救われたのだ。




 ◇◆◇




 晴から連絡を受けて、宮永家のリビングでも安堵の空気が広がっていた。


「見つかったって!」

「ホント!?」


 茉莉とことりが同時に顔を上げる。

 配信画面の中では、AIアバターのことりが無駄に元気な笑顔で手を振っていた。


『みんなありがとー! おばあちゃん、仏舎利塔の近くで見つかったみたい!』


 コメント欄が一気に流れ始める。




 え、マジで見つかったの?

 本物?

 いや偶然だろ

 でも場所まで当たってるくね?



「……よかった。ホントによかった」

「うん。ことりちゃんの力が役に立ったんだよ」


 ことりはそこでようやく、小さく息を吐いた。

 目尻にはきれいな涙が、うっすらとにじんでいた。




      ◇◆◇




「カンパーイ!」


 その日の夕方。宮永家ではささやかなお祝いの会が開かれていた。

 テーブルにはピザやポテト、コンビニで買ってきたスイーツやジュースが並び、リビングには妙ににぎやかな空気が満ちている。

 その場には陽葵とガクトはもちろん、なぜか明日香までいた。


「いや、なんで私まで……」


 明日香は紙コップを持ったまま、居心地悪そうにしている。


「ありがと、パイセン! わたしのヒントに真っ先に気づいてくれてありがとー!」

「だからそのパイセンって呼び方やめて」


 ことりは初対面の相手に対しても、いつも通り遠慮がなかった。

 明日香が困惑する横で、ガクトが大興奮している。


「でもマジかよ、未来予知なんて。ことりちゃんすげー! 超能力者じゃん!」

「おまえ、絶対言いふらすなよ」


 晴がすかさず釘を刺す。


「信用ないなー。オレの口は豆腐より硬いです!」

「柔らかすぎだろ!」


 すかさずツッコむと、ガクトはガハハと笑った。



 その少し離れたところで、陽葵は茉莉と話していた。


「陽葵くんも、すぐには信じられないだろうけど……」


 茉莉が少し遠慮がちに言う。けれど陽葵は、首を横に振った。


「いや、信じますよ」


 そう言って、晴を見る。



「あいつの言うことなら、信じてやらなきゃ」

「……」



 その言葉に、茉莉が一瞬だけ目を伏せた。

 そんな微妙な空気を吹き飛ばすように、ことりがペットボトルをマイク代わりに握る。


「そんなわけで皆様! これからも秘密結社ことり監視局にご協力お願いしまーす!」

「いつ秘密結社になったんだよ……」


 呆れながらも、晴の口元は少しだけゆるんでいた。





 そしてその夜、チャンネルのコメント欄は普段よりずっとにぎやかだった。



 え? マジで見つかったの?

 本物の予言?

 いや、偶然だって

 でも助かったのは事実じゃん

 これに騙される情弱乙ww



 賛否はまだ半々。

 それでも確実に、昨日までとは空気が違っていた。



    ◇◆◇



 それからことりの予知は、それなりの頻度で発現するようになった。



 ある日、別の県の高校で、サッカー部の生徒十五人が熱中症で搬送される未来が見えた。チャンネルがその警告を流したことで、学校側はすぐに練習時間を短縮し、救急対応も早まった。

 大事には至らなかったが、コメント欄ではまだ冷ややかな声も多かった。



 熱中症なんて誰でも予想できること

 天気予報見ればわかる

 たまたま当たっただけでは?



 それでもその動画をきっかけに、登録者数は三桁を超えた。






 ある日、一頭のアザラシが狭い湾岸に姿を現した。

 群れからはぐれたらしいそのアザラシは一見すると元気そうで、すぐには保護されなかった。

 けれどAIことりは、このままだと感染症で死んでしまうと警告した。

 数日後、水族館スタッフが保護に動き、アザラシは無事に収容された。今後、状態を見て海へ返される予定だという。



 アザラシちゃん助かってよかった!

 水族館ナイス!

 いや、ことりんの警告があったからだろ

 ちょっと本物っぽくなってきたな……



 そこからチャンネル登録者数はじわじわと伸びていった。






 決定打になったのは、ある踏切での事故だった。

 シニアが運転する車が、踏切内で立ち往生する。運転手は心臓の発作を起こしていて、車は動かなくなる――

 ことりはその未来を、場所と時刻つきで事前に発信した。

 するとたまたまその配信を見ていたリスナーの一人が、半信半疑のまま現場へ向かった。そして本当に踏切内で止まった車を目撃したのだ。

 その人はすぐに緊急ボタンを押した。電車は停止し、運転手は電車に衝突されることなく救急搬送された。

 当然その日のコメント欄は、今までにない勢いで流れた。



 これはさすがに本物

 鳥肌やばい

 マジで命救ってるじゃん

 これ見て現場行った人、グッジョブすぎる

 ことりん、すげえ……

 これはFBIが黙ってない



 冗談みたいなコメントまで混ざっていたが、空気は明らかに変わっていた。

 そしてことりのチャンネルは、AIアバターチャンネルの注目ピックアップに取り上げられるほど――急成長していった。




    ◇◆◇




「いたっ……」


 そんな日々が続いた夜。ことりはキッチンで小さく顔をしかめた。こめかみの奥が、鋭くずきんと痛んだのだ。


「ことり?」

「なんでもないよ。ちょっと頭痛」


 心配そうな晴の呼びかけに、ことりはすぐに笑顔を作り、救急箱から薬を取り出す。最近、頭痛の頻度が明らかに増えていた。

「最近、多くないか?」

「だいじょぶだいじょぶ」


 茉莉も心配そうに眉を寄せていたが、ことりはいつもの笑顔を崩さない。



「この力がみんなの役に立ってるなら嬉しいもん」



 そう言って水で薬を飲み込む横顔を見ていると、晴はそれ以上何も言えなくなった。




     ◇◆◇





 ことりのチャンネルが広く認知されていくのと同時に、熱狂的なファンも現れ始めた。


 ある日の午後。

 駅前のカフェで、一人の少年がスマホをいじっていた。

 新藤健太、8歳。彼はことりの大ファンで、ことあるごとにチャンネルを確認している。



「お母さん、元気か?」



 向かいの席に座る男が声をかける。

 新藤だ。

 健太はスマホから目を離さないまま答えた。


「うん、大丈夫だよ。お母さんを狙う悪い男は、ボクがやっつけてるから」

「おいおい……」

「お父さん、そろそろちゃんとお母さんに謝ったら? 仕事ばっかりでごめんって」

「謝ってるんだけどなぁ……」


 新藤はぼりぼりと頭を掻く。健太はため息をついてから、ふと思い出したように言った。


「ことりんに、どうやったらお父さんとお母さんを仲直りさせられるか聞いてみたい」

「ことりん? なんだそりゃ」


 健太は当然のようにスマホ画面を向けた。


「知らないの? 今みんなが注目してる奇跡の少女だよ!」


 画面の中では、いつものAIことりが無駄にきらきらした背景の前で手を振っている。



『みんなー! ことりだよっ★』



「これがぁ?」


 新藤は露骨に、げんなりした顔になった。

 それはまだ大災害が起こるなんて思いもしない、平和なある日の会話だった。






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