12話 きっかけ
開設した『ことりのみらい★監視局』は、最初からバズったわけではなかった。
むしろ滑り出しは最悪だったと言っていい。
嘘松ww
未来予知、まだですかー?
詐欺で通報します
ほとんど閲覧がない中でも、AIアバターの可愛さに惹かれたのか、ぽつぽつとコメントを書き込む者はいた。けれどそのどれもが嘲笑や否定的なものばかりで、チャンネルの評価は散々だった。
「ごめん……」
チャンネルを開いて五日目の朝。ことりはしゅんと肩を落としていた。
結局、予知らしい予知は一度も発現しないまま、AIアバターは毎朝『おっはよー♪』と元気よく挨拶するだけの、愛想のいいbotになっている。
「別に謝ることないよ、ことりちゃん」
トーストをくわえながら、茉莉が気楽に言った。
「そうそう。見えないこともあるって言ってただろ。結果的に誰も死なないで済んでるってことかもしれないし」
晴もそう続けたが、ことりの顔は晴れない。
「それは……そうだけど」
ことりはうう、と唸りながら、両手の拳でこめかみをぐりぐり押し始めた。
「おい、やめろって」
「なんか考えすぎて……頭痛い」
「薬あるけど飲む?」
「うん……」
「ちょっと待ってろ」
晴は自分の部屋へ戻り、引き出しの奥にしまってあった鎮痛剤のストックを持ってきた。薄いピンク色の錠剤をひとつ取り出して渡し、残りはそのまま救急箱へ戻す。
「あんま考えすぎるなって」
「うん……」
ことりはしゅんとしたまま、水で薬を飲み込んだ。
ノートパソコンの画面には、相変わらず二桁から三桁にも届かない閲覧数と、冷やかし半分のコメントが並んでいる。
せっかく始めたのに誰にも届いていない。そう思うと、晴の気持ちまで沈んでいった。
◇◆◇
高校では夏休みを前にして、どこか空気が浮き足立っていた。
半日授業が終わった昼過ぎ。廊下はすでにざわついていて、教室にも残っている生徒は少ない。窓の外は夏めいた日差しで白く輝いていた。
(ことり、元気なかったな……帰りに何か甘いものでも買って帰るか)
そんなことを考えながら鞄を持った瞬間、背後からぐいっと首に腕が回る。
「おいおい、その後、ことりちゃんとはどうよ~?」
「ぐ、ギブギブ! てか別にあいつとは何でもないから!」
いつものようにガクトがヘッドロックをかけてきた。
陽葵まで近くでニヤニヤしている。
「ホントかぁ?」
「なんでもなくは……いや、だからうるさい」
思わず口ごもる。何でもなくはない。少なくとも晴の中では、もうはっきりしてしまっている。
でも今ここで認めたら、こいつらが面倒くさいのは目に見えていた。
「ま、いいや。気をつけて帰れよ。俺、このあと生徒会あるから」
「相変わらず忙しそうだな」
あの日以来、陽葵もガクトも、ことりの予知について晴を問いつめるようなことはしなかった。気になっていないはずはないのに、あえて踏み込まないでいてくれる。その距離感が、今はありがたかった。
「じゃあな」
教室を出ようとした時、ふいに晴のスマホが震える。
画面には、ことりの名前が表示されていた。
「はい、どうし――」
『見えた!』
切羽詰まった声に、晴の顔色が変わる。
『おばあちゃん! えーと、紫の薄いカーディガンに白シャツ、グレーのパンツはいたおばあちゃんが、山の中で足滑らせて死んじゃう!』
「山って、星追市か?」
『……多分。えっと、山に向かう前、虹ノ浜電鉄の線路際を歩いてた』
虹ノ浜電鉄。青南高校の生徒も通学で使う路線だ。
晴を取り巻く空気が、ピリッと震えた。その緊張を察したのか、教室を出かけていたガクトと陽葵が引き返してくる。
「どした?」
「しっ!」
晴は指を唇に当て、耳を澄ませた。
その時、高校の外から星追防災の地域放送が風に乗って流れてくる。
『星追警察署からのお知らせです。本日朝八時ごろから一本松にお住いの八十四歳女性が行方不明になっています。身長百五十センチほど、やせ形。紫色のカーディガンに濃いグレーのズボンを着用――』
それだ、と晴は確信する。
ことりの予知が当たるなら、その女性の命が危ない。
「お前はチャンネルで発信しろ。俺は虹電の路線を当たってみる」
『わかった!』
電話を切ると同時に、晴は自分のスマホでことりのチャンネルを開いた。ちょうど配信が始まったところらしく、AIアバターが無駄に元気な声で叫んでいる。
『大変大変! みんな大変だよー!』
「悪い、お前らも手伝ってくれ。行方不明のおばあちゃんを捜す」
「えっ!?」
「は?」
二人とも目を丸くする。晴はチャンネルの画面を見せた。
「詳しいことはこれ見て。ことりが情報出してくれるから!」
陽葵とガクトはきょとんとしたままだ。その一瞬も惜しくて、晴は教室を飛び出した。勢いがつきすぎて、廊下の角で誰かとぶつかりそうになる。
「きゃっ!」
「すいません!」
明日香だった。丁寧に謝る余裕もなく晴は走り去る。その後をガクトと陽葵も追いかけてきた。
「なんなの、今の!?」
「先輩すいません! 今日のミーティング、キャンセルで!」
「え? ちょっと、何――」
「行方不明のおばあちゃん探すことになったんで!」
二人もそのまま走り去る。
呆然と立ち尽くした明日香は、次の瞬間、はっとして駆け出した。
「ちょ、待って!」
◇◆◇
星追市は海の街だ。
けれど海岸線の反対側には、いくつもの山が連なっている。
晴は坂道を駆け上がりながら、頭の中で虹ノ浜電鉄の路線図を思い浮かべていた。
桜松丘。朝凪山。中ノ山。天狗山。全長十キロ近い路線の周辺に、山へ続く道はいくつもある。
「さすがに、闇雲じゃ無理か……!」
息を切らしながら焦った、その時だった。
前方に人だかりが見えた。宇崎医院の前だ。
「宇崎先生?」
声をかけると、白衣姿の宇崎が振り向いた。
「ああ、晴くん。紫色のカーディガンを着たおばあさん、見かけなかったかい? うちの患者さんなんだ」
「え?」
「足の悪い人でね。今近所の皆さんと一緒に捜してるんだ」
そこへ遅れて陽葵とガクト、さらに明日香まで追いついてくる。
「なんかわかった?」
「いや。でも宇崎医院の患者さんらしい」
「ねえ松木くん、これ一体何?」
明日香が息を切らしながら尋ねる。晴は短く答えた。
「……今、説明してる暇ない」
そう言いながらも、スマホを握る手に力が入る。
範囲が広すぎる。決め手が足りない。
「晴、他にヒントないの?」
陽葵の言葉に、晴はすぐさまチャンネル画面を開いた。
その頃、宮永家では、ことりが必死に意識を集中させていた。
こめかみの奥がずきずきと痛む。
さっきよりも映像はぼんやりしている。けれど断片が少しずつ繋がっていく。
「――いた」
ことりの閉じていた目が開いたかと思うと、次の瞬間には素早くスマホを操作していた。
配信画面の中で、AIアバターが大げさな身振りで叫びだす。
『大変! おばあちゃんはインドでよく見る丸い屋根をした白い建物のそばにいるみたい!』
「インド?」
「そんな建物、あったか?」
晴達は顔を見合わせる。
その時、明日香がはっと息をのんだ。
「……仏舎利塔」
「え?」
「多分、霊塔寺の裏山にある仏舎利塔のことじゃない?」
「!」
だが宇崎は首を傾げ、その推理を否定した。
「いやいや、あそこまでここから5キロ以上ある。さすがにあの足でそんなに遠くまでは……」
「行こう!」
けれど次の瞬間には、晴は宇崎の意見も聞かず走り出していた。
今のところ、ことりの予知が外れたことはないからだ。
一方スマホの中では、AIことりが場違いなくらい元気な声でわめき続けている。
『急げ急げー! みんな急いでーー!』
晴はスマホを握りしめたまま、坂道を蹴った。
ことりのみらい★監視局が、初めて誰かの命に届こうとしていた。




