久しぶりの診療所
ノアがうちに来てからはや3ヶ月。もう彼の体調はだいぶ回復していた。ご飯も食べるようになったし、運動もするようになった。ただ無愛想でわがままな性格は変わらないようで今日もぶつぶつと文句を言っている。今朝も
「このスープ味薄い。塩ちょうだい。」
「それくらい自分で取ってきてよ。」
といいつつもノアがそうすることは絶対にないので私が毎回取りに行くはめになる。私も自分で取りに行かせた方が良いと思っているのだが。ついついなんでもやってあげてしまうようになっていた。
私としてはこの性格もなおしたいところだが…
ということで、私は長らくお休みしていた診療所に久しぶりにノアと一緒に行くことにした。そして仕事を体験させる。いわゆる職場体験というやつだ。職場体験というのは仕事のスキルだけではなく人としても成長できるからね。きっといいことだろう。
さっそく次の日にノアを連れて行くことにした。診療所は1つの街にある。私はいつもほうきで飛んで行っていた。そのためその日も当然ほうきで行くのでノアをほうきに乗せようとしたのだが、
「ほうきだけは無理だ…」
「え、なんで?」
「高所恐怖症…」
「え?それは困った。本当に無理なの、高いところ?」
「ぜっったいにやだ。」
「下を見なければ大丈夫なんじゃない?」
「…それは分からないけど多分無理。」
「うーん、ただノアを1人でお留守番させるわけにはいかないんだよね…ここらたへんは安全だけどやっぱ子供1人は危険だから。それにもう行くって決めてるし…だから、がんばって!ってことで乗るなら私の前か後ろどちらがいい?」
「…」
「どっちか選んで?前か後ろか。」
「前にする…」
「なら決まり。」
私はほうきにヒョイっとのり前にノアをのせた。彼はもうビクビクしてほうきに一生懸命しがみついている。少しかわいそうだけどこれはしょうがない。今日はできるだけとばして早くつけるようにしよう。
ほうきを浮かばせて空をスーっと飛ぶ。私はノアを後ろから思いっきり抱きしめて落ちないようにしてやった。やはり高いところが怖いのかギュッと目をつぶっている。
速いスピードで飛んでいたが、下の景色があまりに綺麗だったのでいったん速度を落とした。今日は風が少なくてとても飛びやすい。
診療所に着くと私は開店準備を始めた。ノアはさっきのせいで疲れたのか部屋の隅で座っている。まるで死人のよう。
私が主に治療を施すのは外傷だ。体のどこかを切ってしまったかいう人がよく来る。
診療所を開けるとたくさんの人がやってきた。
「セシルちゃん、久しぶり。最近あなたがいなかったから手あれをなおしてくれる人がいなくて大変だったよ。」
そう言って話しかけてきたのは洗濯屋のおばさん。手が荒れるからとよくここに来ていた。もう常連と化している。
「あれ、そこにいる坊やは誰だい?初めて見る顔だねえ。まさかセシルちゃんの子供だってことはないよねえ。」
その坊やとは、ノアのことだろう。ノアが私の息子だなんて…ありえない!まあ今はもうほぼ自分の子供というようなものだけど。
そして誰と言われても…さすがに王子様ということを言うのはまずい。
「ええっと、この子は私の親戚で、アレンといいます。」
私はとっさに出た名前を言った。
「へえ、よく見ると端正な顔立ちをしているねえ。これはいい子に育つよ。どうだい、大きくなったら夫にでもしたら。」
「えっ?」
私はぱっと顔を赤くした。向こうにいるノアもびっくりしている。
「いや、しませんよ!だって…親戚ですし。」
「そういえば親戚だった。それは残念。」
「はあ。雑談はこれくらいて、手のほうをどうにかしましょう。今日はお客さんが多いので。」
「よろしくお願いします。」
私はまずおばさんの手をよく観察する。うん、いつも通りの荒れ方だ。これならそこまで治すのに苦労はしないだろう。
はあ、と私は一息ついた。そして目をつぶり自分の手へ魔力を集める。身体中に流れている無数の粒を集めるような感じで。
おばさんの手の荒れとどのようにしたいかを思い浮かべる。そして思い浮かべつつ魔力をあやつる。
治療師の種類は2つあった。新しいものを作る人といらないものを消す人。いっぱんに新しいものを作るタイプは外傷を治すことが多い。そのため、戦地などでは重宝されている。
私はこっちのタイプだった。
魔力を皮膚に置きかえるような、そんなイメージをする。そして、実際に作業をすれば…
ぱあ、
光の粒がキラキラと私たちの手のまわりを舞った。これで治療は完了だ。
久しぶりにこの仕事をしたな。やはりかなりの集中力がいる。
ノアはセシルが人々の怪我を治している様子を見ていた。治療の魔女と言っておきながら実際にやっているところを見たことがなかったため、本当にできるのか疑っていたが…実際はとても優秀な魔女なのだろう。
ノアはずっと王宮に住んでいたから人からの評価などについては人一倍敏感だ。ここに来ている客からはセシルへの信頼が感じられる。
彼女が魔法を使う姿はとても美しかった。目をふっと閉じた瞬間はとても儚げで…なにより魔法を使った後にでる光の粒が綺麗だった。
魔法に関してはよくわからないけど、とりあえずすごいということだけはよく分かった。
その日は客が次から次へとやってきて本当に大変だった。セシルはもう死にそうだった。よし、次からはノアに仕事を手伝わせることにしよう。今日は隅の方に立ってぼーっと見ているだけだったから。
家に無事帰れるかも不安だったが、ふらふらと飛びながらもなんとか帰ることができた。ノアも家に帰ることにはもう高所の恐怖とほうきの揺れによってヘロヘロになっていた。私はよくノアを落とさなかったと思う。本当に褒めて欲しいくらいだ。
私はもう何もする気力もなく、家に帰ってすぐに寝でしまった。




