ノアの変化
目を覚ますとノアは草原の中にいた。空はすっかり茜色に染まっている。小鳥のさえずりはほとんど聞こえなくなり辺りは静かになっていた。ただ風の音だけが聞こえてくる。自分の隣ではセシルがぐっすり寝ていた。何やら寝言を言っている…が、ノアにはなんと言っているのか分からなかった。
それにしてもこの人はいったいどういう人なのだろう。叱りつけたと思いきや、いきなり優しくしてきたりするし。けど、きっとこの人も不便に思っているのだろう。こんな無力な子供を預けられて。
はあ。ノアはため息をついた。それも風にまぎれてすぐに消える。
ぽつん、ぽつん。気づくと涙が出ていた。なぜ自分は泣いているのだろう。
ふと母親の言葉が思い出された。
「ノアは美しいものを素直に美しいと言える人になってね。」
それは母の口癖だった。本当にいつも言っていた。もうどんな声だったかまでは忘れてしまったが…
ノアは思った。ここは、とても美しいな。静かで。王宮の煌びやかさとはまた違ってよい。
ぽつり、ぽつり。涙はすぐに草の中に消えてなくなってゆく。そして風が吹いて濡れた目をすぐに乾かす。ここには慰めてくれる人は誰1人としていない。ただノアにとっては放っておいてくれることが嬉しかった。自分には案外こういった静かなところが合うのかもしれない。
しばらく空を眺めていると隣でセシルが目覚めていた。
「ふわあ、よく寝た。ってもう夕方じゃん。ノア、帰らないと!」
「はーい。」
普通にうるさい。まったく、騒がしい人だ。この人は結構アホなのではないか?いつも馬鹿みたいなことをやっていてとても子供っぽい。さっきは
「あんた、もしかして泣いた?」
と鋭いことを聞いてきたが。ノアはもちろん否定しておいた。この人にそのことを言ったらとても笑われるだろう。そんなは嫌だ。
家に帰る頃にはすっかり日が沈んで暗くなっていた。鳥の声はなくなり今度は虫の声が聞こえる。少し寂しく感じたが、これはこれでよい。
「ねえ、見て。今日は星がとてもきれいだよ。見てみなよ。」
「うわあ、」
すごい。空にはたくさんの星が見える。王宮にいるときは周囲の明かりで見えなかったからとても新鮮だった。
「セシル、しばらくここにいたらだめ?」
「え?ああいいよ。ごはんできたら呼びに行くから。」
「うん。わかった。」
ノアはひたすら星を眺めていた。空は静謐に佇んでおり、その中の星がいっそう輝いて見える。どの星も違う輝きを持っていた。今日はいったい何回空を見上げただろう。ノアはひとつの星に向かって話しかけた。
「母様、僕、ここで美しいものを見つけたよ。空はとってもきれいなんだね。」
この言葉が母に届くことは決してない。なぜなら自分の母親は3年前に星になったのだから…
ノアはその後、ごはんを食べ、眠りについた。その夜は久しぶりに深く眠れた気がした。
セシルはたしかに感じ取っている。草原に行ってからノアの変化に。まず、ごはんを自ら食べるようになったこと。これは絶対だ。まだ好き嫌いは激しいし、わがままで面倒くさいが、この前までは無理やり食べさせていたことを考えるとすごい成長と言えるだろう。もう1つは外に出るようになったことだ。ノアはあの草原が気に入ったのか、たまに行っているようだ。そして長時間寝っ転がっているらしい。おかげで顔色も前よりはよくなった気がする。このままいけば体調はだいぶ回復するだろう。
今日は雨が降っていた。これではノアが遊びに行けないだろう。困ったなあ。さすがの彼も1日中家の中にいるのは退屈だろう。それならあれをやるか。私がいったあれとはリバーシのことだ。これは小さい頃に教えてもらったもので、とても楽しい。きっとノアも気にいるだろう。
案の定、ノアはリバーシを気に入った。いや、それはよかったのだが…ちょっとさすがに気に入りすぎよ!彼は私に永遠と戦いを挑んでくる。まあ私が勝ってばかりいるからだろう。負けず嫌いが発動したみたい。私は1回わざと負けてみようと思ったが、なぜかすぐバレてしまった。子供ってこういうことは不思議と気づくよね。私は仕事ができなくてとても困る。今日は雨だったから編み物でもしようと思っていたのに。もう、やっぱ教えるんじゃなかった。
このことからセシルは子供に何かを教えるときは自分が巻き込まれるものだけはやめとけ、面倒くさいことになる、ということを学習した。




