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婚約者に三度殺された令嬢は、四度目の人生で冷血公爵と契約結婚して破滅を返す  作者: shiryu


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9/22

第9話 協力者ジオルドの胸中


 アルヴィと結婚して、三週間ほどが経った。


 契約結婚だ。そこに揺らぎはない。


 俺は死を回避するために彼女の情報が必要で、アルヴィはリュクス・ジョルアンから逃げ切るために俺の立場が必要だった。


 始まりは、ただそれだけの話だったはずだ。

 けれど、この三週間で何度も思わされた。

 彼女は、どうにも予想がつかない。


 机の上には、ハックに集めさせた報告書がいくつも並んでいた。

 アルヴィ・エナティについて、秘密裏に調べさせたものだ。


 紙をめくるたびに出てくるのは、華やかな伯爵令嬢の経歴などではなく、ただひたすらに息の詰まるような記録ばかりだった。


 エナティ伯爵家の実の娘。それは間違いない。

 だが、黒髪に赤い瞳という見た目のせいで、幼い頃から気味悪がられていたらしい。

 父も母も金髪に青い瞳で、妹のベッラもまた同じだった。


 血筋にない色ではない。先祖返りだと説明はつく。

 それでも、あの伯爵夫妻は納得しなかったのだろう。


 最低限の衣食住は与えられていた。学校にも行かせてもらっていた。

 だが、それ以上はない。

 愛情らしいものを受けた記録は見当たらない。


 社交界への顔出しもほとんどない。

 伯爵家の令嬢でありながら、表舞台には立たされず、半ば屋敷の奥に押し込められるように育ってきた。

 代わりにベッラはよく社交の場に出ていたらしい。


 だが、あちらはどうも婚約相手を見つけるためというより、ちやほやされるために出ている気配が強い。

 実際、誰とも婚約は決まっていなかった。


「……不憫な令嬢、か」


 思わずそう呟くと、自分でもあまりにもそのままな感想だと思った。

 だが、そうとしか言いようがない。

 それなのに……。


「なぜあれほど覚悟が決まっている?」


 最初に会った夜のことを思い出す。

 尾行してくる気配に気づき、襲撃者かと思って路地裏に誘い込んだ。

 そして実際に刃を向けた。


 あの時のアルヴィは、確かに戦えていた。素人ではない。

 もちろん騎士のような完成された動きではなかったが、少なくとも、何の訓練も受けていない令嬢の身のこなしではなかった。


 だが、調べさせてもそういう情報は一切出てこない。

 学校で剣を握っていた程度で、あそこまで動けるわけがない。


 それだけじゃなく、メイドの仕事を当然のようにこなす。

 掃除も洗濯も、手慣れたものだった。

 公爵夫人の書類仕事も、最初から驚くほど早かった。


 その一方で、社交の所作やマナーは壊滅的だ。

 本当にちぐはぐだと思う。


 そして、前に部屋でやっていた刺繍。

 あれも気になって調べさせた。

 題材にしていた花は、ただの飾り花ではなかった。


 薬の材料になる種類だ、普通の貴族令嬢ならまず知らない。


「……何者なんだ、アルヴィは」


 ギフテッドの未来予知。

 少なくとも、それだけでは説明がつかない。


 だが、同時に思う。

 アルヴィは、俺に対して決定的な嘘はついていない。


 全部を話していないのは間違いない。

 だが、嘘を重ねて煙に巻こうとしている感じはない。

 聞かれたくない部分を隠している、そういう印象だ。


 それに――俺は彼女が嘘をついていたら、それがわかるはずだった。


 そこまで考えた時だった。


「集中しているところ失礼するわ」

「うおっ!」


 いつの間にか、アルヴィが俺のすぐ隣に立っていた。

 しかも両手に盆を持っている。

 カップとティーポット、それから小ぶりの皿がいくつか乗っていた。


 アルヴィは少しだけ得意そうに眉を上げる。


「お茶とスイーツを持ってきたのよ」

「それは見ればわかる。なんでいきなり?」

「いきなり来たのは、前にやられた仕返し」

「……ああ」


 思わず納得してしまった。

 前に刺繍に集中していたこいつの横に立って、盛大に驚かせたことがあったな。


 それにしても。

 気配を殺して人の隣に立つこと自体、簡単なことではない。

 まして、盆を持ったままやることじゃないだろう。


 俺は小さく息を吐く。


「お前、本当にどこまでも掴めないな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」


 こいつはすぐにそう返す。

 そして机の端に盆を置いた。

 ふわりと、少し甘い香りが広がる。


「寝不足に効くらしいお茶を淹れてみたの。最近、夜遅くまで起きているでしょう」


 たしかにここ数日は調べ物も多く、あまり寝ていない。

 だが、そこまで露骨に顔に出ていたつもりもなかった。


「……よく見ているな」

「一応、夫婦ですもの」

「形だけの、だろう」

「それでもよ」


 さらりと言って、アルヴィはカップに茶を注ぐ。

 その手つきは危なげがない。


 それから皿を一つ、俺の前に差し出した。

 小さな菓子が並んでいる。見た目も悪くない。


「あと、甘いものが好きそうだったから」

「なんでだ?」


 思わず聞き返すと、アルヴィはあっさり答えた。


「なんとなく」

「なんとなくで当てたのか」

「あとは、顔」

「顔?」

「ご飯を一緒に食べている時、甘いものだけは味わって食べているように見えたから」


 そこまで観察されていたらしい。

 俺は思わず笑った。


「公爵家で楽しく過ごせているお礼と、好感度稼ぎよ」


 アルヴィが憎まれ口のように言う。

 俺は菓子を一つつまみながら、呆れ半分で口を開いた。


「正直者だな」

「そっちのほうがいいでしょ?」

「はっ、確かにな」


 変に媚びられるより、ずっとましだ。

 しかも彼女は打算を隠す気がないくせに、そこに嫌味がないのが妙だった。


 茶を一口飲む。

 すっきりとした香りが喉を通った。悪くない風味だ。


「で?」


 俺はカップを置いて、アルヴィを見た。


「ただ茶を持ってきただけじゃないだろう」


 すると、アルヴィは少しだけ表情を改めた。


「ええ。あと、質問があるんだけど」

「何だ?」

「あなたって派閥争いでは、王族派でも貴族派でもなく、中立派よね?」

「そうだな」


 それは今さら確認するようなことでもない。

 だが、アルヴィは真面目な顔のまま続けた。


「どっちの派閥から嫌われている、とかある?」

「好かれているし、嫌われてもいる」

「両方?」

「ああ」


 俺は椅子の背にもたれながら答える。


「エリアビル公爵家に取り入ろうと、どちらの派閥からも誘われる。俺がどちらかにつくだけで、天秤がかなり傾くからな」

「……なるほど」

「だからこそ、好かれているし嫌われてもいる。中立を保っている限り都合がいいと思うやつもいれば、邪魔だと思うやつもいる」

「そうよね」


 アルヴィは考え込むように視線を落とした。


「俺が殺されるなら、俺を邪魔だと思っているそいつらが敵だろうな」


 そう言うと、アルヴィは小さく頷いた。


「なるほど……」


 そして少し迷うような間を置いたあと、また顔を上げる。


「ちょっと気になったことがあるんだけど――」


 その質問は、俺が想定していた方向とは少し違っていた。

 思わず「そこを聞くのか」と感じたくらいには。

 だが、問いの筋は悪くない。


 俺は一瞬だけアルヴィを見つめたあと、隠す必要もない範囲だけ答えた。

 アルヴィは真剣な顔で聞き、途中で二、三度だけ小さく頷いた。


 やがて質問は終わり、部屋の空気が少しだけ緩む。

 アルヴィは空になりかけたカップを片づけながら、こちらを見た。


「じゃあ、もう戻るわ」

「ああ」


 盆を持ち上げたところで、アルヴィがふと足を止める。

 それから少しだけ柔らかい声で言った。


「良い夢を」

「ああ、お前もな」


 短く返すと、アルヴィは小さく笑って部屋を出ていった。

 扉が閉まって、また静けさが戻る。

 さっきまでそこにいた気配だけが、まだ少し残っているような気がした。


「……面白い女だ」


 距離感が妙だった。

 近すぎるわけではない。かといって、壁を作っている感じもない。

 必要なところではきちんと踏み込み、妙なところであっさり引く。


 それが不思議と心地よかった。


 普通なら、こういう契約結婚の相手はもっと気を遣うか、あるいは怯えるか、そのどちらかだろう。

 だがアルヴィは違う。


 礼は言う。警戒もする。だが、妙に自然に隣へ来る。

 それでいて、媚びない。


 それに――。


「嘘をつかないからな」


 それがなんだか、心地がいい。


 俺は残っていた茶を飲み干し、机の上の書類に視線を戻す。

 だが、さっきまでより少しだけ肩の力が抜けている自分に気づいた。


 寝不足に効くらしい茶。甘い菓子。

 静かな執務室の中で、俺は小さく笑った。


 この先、退屈はしなさそうだ。


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