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婚約者に三度殺された令嬢は、四度目の人生で冷血公爵と契約結婚して破滅を返す  作者: shiryu


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第10話 初めての社交界、敵との遭遇


 私がエリアビル公爵家に嫁いでから、一カ月半ほどが経った。


 思えば、あっという間だった気がする。

 毎日いろいろなことを覚えて、間違えて、直されて、また覚えて。


 公爵夫人としての仕事にも少しずつ慣れてきて、屋敷の中では前より落ち着いて過ごせるようにもなった。

 けれど同時に、その一カ月半という時間は、別の意味も持っていた。


 ――ジオルドが死ぬかもしれない時期が、近づいている。


 それを思うたび、胸の奥がじわりと冷たくなる。

 未来予知だと誤魔化して伝えてはいるけれど、本当は私は知っている。

 一度目も二度目も三度目も、このくらいの時期になると、あの事件は起きた。


 それなのに、当の本人はそんなことを気にした様子を見せなかった。


「そんなに固くなるな」


 鏡の前で最後の身だしなみを整えていた私に、ジオルドがそう言った。

 今日は社交会の日だった。

 私が公爵夫人として、初めて公の場に出る日でもある。


 薄い赤色のドレスの裾を整えながら、私は鏡越しに彼を見る。


「固くもなるわよ。初めてなのよ?」

「だからといって、戦場に向かうような顔をするな」

「そんな顔してた?」

「している」


 即答だった。


「自覚はないんだけど」

「自覚がないなら、なおさらだな」


 そう言って、ジオルドは私の肩口にかかった髪を軽く整えた。

 ほんのそれだけの動作なのに、妙に自然で落ち着かなくなる。


「お前ならできる」


 低い声で、あっさりとそう言われる。

 その一言が、不思議なくらい真っ直ぐ胸に落ちた。


 今までマナーも立ち居振る舞いも、散々意地悪く――いえ、本人に言わせれば楽しく――教えてきたのはジオルドだ。

 その彼がそう言うのなら、信じてもいいのかもしれない。


「……ええ」


 私は小さく頷いた。


「頑張るわ」

「その意気だ」


 そうして私たちは、社交会の会場へ向かった。


 会場に着いて、馬車を降りて、ジオルドにエスコートされながら中へ入る。

 その瞬間、空気がふっと変わるのがわかった。


 見られている。

 はっきりと、そう感じた。


 当然よね、と心の中で自分に言い聞かせる。

 エリアビル公爵家当主ジオルド・エリアビルと、その花嫁として突然現れた私。

 噂だけなら広がっていても、実際にこうして並んで出てくれば、注目を集めないはずがない。


「……すごいわね」


 思わず小さく呟くと、隣のジオルドが口元だけで笑った。


「今さらだろう」

「見られるってわかっていたけど、実際だとやっぱり違うのよ」

「なら、もっと堂々としていろ」

「簡単に言うのね」

「簡単なことだからな」


 そう言って先へ進んでいくのだから、やっぱりこの人は図太い。


 その後、会場ではすぐに何人もの貴族が話しかけてきた。

 最初に来たのは、王族派のローデル伯爵夫妻だった。


「ジオルド様、ぜひ今後は王族派として――」

「その話は別の場で」

「ですが今少しだけでも――」

「今は妻の付き添いだ。用件は以上か?」


 笑っているのに、空気がぴたりと止まる。

 ローデル伯爵はそれ以上何も言えず、引き下がった。


 続いて、貴族派のベルナール子爵。


「公爵、今後の流れを考えれば我々と手を組むのが最善かと」

「最善かどうかは俺が決めることなので」

「ですが――」

「失礼、他にも話したい者がいるので」


 あっさりと切り捨てる。

 踏み込ませない、というより、最初から線を引いている。


(すごい……)


 でも次に声をかけてきた相手には、空気が少し変わった。


「ジオルド殿。相変わらず愛想がないな」


 中立派のガルツ伯だ。


「必要ない相手にはな」

「ひどい言い草だ。私にはどうなんです?」

「まだましな方だ」

「ははっ、そうですか!」


 軽口に、ジオルドの口元がわずかに緩む。


 さらに隣に来たのは、同じく中立派のエルディン伯爵。


「奥方、初めまして。うちの無骨な友人がお世話になっています」

「余計なことを言うな」

「事実でしょう? 最近少しは丸くなったと評判ですよ」

「はっ、誰が言っている」

「少なくとも私はそう思っています」


 そのやり取りには、さっきまでの冷たさがない。

 素っ気ないのに、拒絶ではない距離感だった。


(本当に、全然違う……)


 これがジオルドの線引きなのだろう。

 私は隣でできるだけ自然に微笑みながら、その違いをはっきりと感じていた。


 ――その時だった。


「おや」


 聞き覚えのある声が、すぐ近くからした。


「ジオルド様、アルヴィ嬢。いえ、今はアルヴィ公爵夫人とお呼びするべきでしょうか」


 その声を聞いた瞬間、身体がぴくりと強張った。

 リュクス。

 顔を上げれば、やはりそこにいた。


 人当たりの良さそうな笑み。非の打ち所のない柔らかな物腰。

 外から見れば、完璧な青年貴族だ。

 でも私は知っている、その内側に何があるのかを。


 喉の奥がひやりと冷えた。

 大丈夫、笑って。普通に。


「……こんばんは、リュクス様」


 なんとか声を出す。


「お二人が揃って出席されるとは思いませんでした」


 リュクスはにこやかに言う。


「本当に、お似合いですね」


 その言葉が薄皮一枚の下でどれだけねじれているのか、私には嫌というほどわかった。


 その時だった。

 隣から、そっと手を取られる。


 びくりとして見ると、ジオルドだった。

 彼の大きな手が、私の手を包むように掴んでいる。

 温かい……しっかりしていて、驚くほど安心した。


 私は気づかぬうちに手が震えていたようだ。


「失礼」


 ジオルドがリュクスに向かって、淡々と言った。


「俺の妻が少し体調が悪そうなので。失礼させてもらう」


 リュクスの目が、ほんの一瞬だけ細くなる。

 けれど次の瞬間には、またあの笑顔に戻っていた。


「それは失礼しました。どうぞお大事に」


 ジオルドはそれ以上相手をせず、そのまま私の手を引いて歩き出した。

 私は半ば導かれるように、その場を離れる。


 背中に視線を感じた。

 振り返らなくてもわかる。リュクスが、じっとこちらを見ている。

 けれどジオルドは、その視線を遮るように私の背を守るように歩いてくれた。


 会場のざわめきから離れ、控室へ入る。

 扉が閉まった瞬間、ようやく私は小さく息を吐いた。


「……ごめんなさい、ジオルド様」


 思わずそう言うと、彼は首を振った。


「問題ない」

「でも、初めての社交会なのに……」

「それより」


 ジオルドは私を見た。


「あいつが、お前を殺そうとしている相手だな」


 私は一瞬だけ黙ったあと、ゆっくり頷く。


「……はい」

「ふむ」


 彼は少しだけ考えるように目を細めた。


「殺されるかどうかは知らんが、お前に執着しているのは確かのようだ」


 その言い方が、妙に冷静だった。

 でも、だからこそ現実味があって、胸の奥がまた少し冷える。


「やっぱり……まだ諦めていないみたいね」

「あの様子だとな」


 やっぱり、怖い。

 そう思う。

 けれど、ここで怯えてばかりもいられない。


 私はぎゅっと拳を握って、無理やり口角を上げた。


「……でも、絶対に負けないわ」

「ほう?」

「ぎゃふんと言わせてやるもの」


 少しだけ虚勢を張るみたいに、私はそう言った。

 ジオルドはそれを聞いて、ふっと笑う。

 たぶん、見抜かれている。


 強がりだってことも、震えていることも。

 それでも彼は何も言わず、ただこちらへ歩み寄ってきた。

 そして、ぽん、と私の頭に手を置く。


「それでこそお前だな」

「っ……気軽に撫でないでください」

「嫌だったか?」

「嫌というか……」


 恥ずかしい、とは言えない。

 でも、言葉に詰まってしまった私を見て、ジオルドは少しだけ面白そうに笑った。


「少し休んでいろ。何か飲み物を持ってこさせる」

「ええ……ありがとう」


 そうして、ジオルドはいったん部屋を出ていった。


 ひとりきりになった控室で、私はようやくもう一度深く息を吐く。

 胸に手を当てると、まだ少しだけ鼓動が速い。


「……大丈夫。絶対に、負けないわ」


 四度目の人生は、絶対に。

 決意を新たにした、その時だった。


 控室の扉が開く音がして、私はてっきりジオルドが戻ってきたのかと思った。

 けれど入ってきたのは、別の顔だった。


「……お父様」

「アルヴィ……!」


 父が険しい顔で立っている。

 その後ろには母と、ベッラもいた。

 私は一瞬固まってしまったが、彼らが何をしに来たのかすぐに理解した。


「何の用ですか」


 できるだけ冷たく言うと、父は苛立ったように顔を歪めた。


「何の用、だと? 決まっているだろう。お前を連れ戻しに来たのだ」

「アルヴィ、いい加減にしなさい。今ならまだ間に合います。公爵家を出て、リュクス様の元へ戻りなさい」

「お姉ちゃん、最近おかしくなったんじゃない? どうしてそんなに意地を張るの?」


 やっぱりだ。

 私は呆れるより先に、妙に冷静になっていた。


「お断りします」

「何だと?」


 父の声が低くなる。


「あなた方に命じられることではありません」

「アルヴィ! お前はエナティ伯爵家の娘だぞ!」

「今の私は公爵夫人です」


 私はまっすぐ父を見る。


「身の程をわきまえてください、エナティ伯爵夫妻」


 その一言で、空気が凍った。

 母が息を呑み、ベッラが目を丸くする。

 父の顔だけが、みるみる怒りで赤くなった。


「貴様……!」

「貴様ではありません、公爵夫人です」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。

 でも、もう引くつもりはない。


「また今さら、リュクス様と結婚しろと? お断りです」

「家のためだ!」

「それはあなた方の都合でしょう」

「我儘を言うな!」

「我儘?」


 思わず笑いそうになった。


「リュクス・ジョルアンに逆らえずに、娘を生贄のように差し出すことのほうが我儘じゃなくて?」


 父も母も、ぴたりと止まる。

 でも、また次の瞬間にはまた苛立ったように顔を歪めた。


「ここまで言っても聞かないなら……力づくで連れて帰るしかない!」


 その声と同時に、控室の外で待機していたらしい二人の男が入ってくる。

 伯爵家の護衛の二人だ、顔を何度も見たことがある。

 ベッラが少し青ざめた顔で後ろへ下がる。


 母は口元を押さえているが、止める気はないらしい。

 父だけが、勝ち誇ったような顔で私を見た。


「おとなしくしろ、アルヴィ」


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