表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に三度殺された令嬢は、四度目の人生で冷血公爵と契約結婚して破滅を返す  作者: shiryu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第4話 協力者と契約結婚へ


 翌朝、身支度を整え、いつも通りの顔を作って部屋を出た。


 廊下には朝の気配が満ちている。

 けれど、食堂へ向かう途中で、どこか空気がざわついているのに気づいた。


 私はそのまま食堂へ入った。

 中ではすでに父と母が席についていて、ベッラもいつになく落ち着かない様子で新聞を覗き込んでいた。

 私が入ったことにも気づかないくらいだ。


「……どうしたの?」


 私がそう声をかけると、ベッラがはっと顔を上げた。


「お姉様、聞いてください! 公爵家で横領が見つかったんですって!」


 ……やっぱり、早いわね。

 心の中でそう思いながら、私は表情だけは驚いたように整える。


「横領?」

「ええ。エリアビル公爵家の補佐官が金を不正に流していたとかで、今朝から大騒ぎよ。もう捕まったみたいだけれど……」


 ベッラの声は、驚きと興奮が半分ずつ混じっている。

 父も新聞から目を上げた。


「さすがは冷血公爵といわれるエリアビル家当主だ。発覚してすぐに動いたらしい」


 その口調には感心と、恐れが混じっていた。

 自分の父や兄を告発した男だ。家臣の不正を知ったら、容赦なく切るだろう。

 私は何も言わずに席についた。


 胸の奥では、じわじわと現実感が広がっていく。

 昨夜の話は、本当に届いたのだ。

 ジオルドはすぐに動いて、そして本当に解決した。


 自身の父親や兄を断罪するほどの行動力は、さすがというほかなかった。

 あれだけの話を聞いて、その日のうちに裏を取り、朝にはもう片付けてしまうなんて。


 ……やっぱり、あの人に賭けて正解だったのかもしれない。


 そう思った、その時だった。

 廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 続いて、扉の外で使用人が緊張したような声を上げる。


「旦那様! エリアビル公爵家より、ジオルド様がお見えです!」


 空気が止まった。

 父の手がぴたりと止まり、母は目を見開く。ベッラなどはわかりやすく口を開けていた。


「……な、何だと?」


 父が立ち上がる。

 その顔にははっきりとした動揺が浮かんでいた。


 公爵家当主、それも冷血魔王とまで呼ばれるジオルド本人が、朝から伯爵家を訪ねてくるなど、普通ならありえない。


「ど、どのような用件で……!」


 父はほとんど独り言のように呟いてから、慌てて上着を整えた。


 私は内心で息を呑む。

 まさか、こんなすぐに来るとは思っていなかった。


 父と母、それから私とベッラまで揃って玄関へ向かうと、そこにはすでにジオルドが立っていた。

 きちんとした昼の装いだったけれど、その姿には昨夜と同じ隙のなさがある。

 隣にはハックも控えていた。


 父は顔色を変えながら、深く頭を下げた。


「こ、これはジオルド様。ようこそおいでくださいました。あの、本日はどのようなご用件で?」


 ジオルドは父ではなく、まっすぐ私を見た。


「アルヴィに用がある」


「ア、アルヴィに……?」


 父が呆然としたように聞き返す。

 母も信じられないものを見るように私を見た。

 ベッラに至っては何が起きているのかわからないという顔で、私とジオルドを見比べている。


「応接室を借りるぞ」


 ジオルドは当然のようにそう言った。

 拒否を許さない声音だった。

 父は一瞬だけ言葉を失って、それから慌てて頷く。


「も、もちろんです! どうぞこちらへ……!」


 そのまま応接室に通される。

 父と母も当然のようについてこようとしたけれど、席に着く前にジオルドが淡々と言った。


「ああ、アルヴィ以外は出て行ってくれ」

「はい……?」

「アルヴィと話がしたい。お前たちはいらない」


 父はさすがに困ったように笑おうとした。


「い、いえ、その、娘のことですので、私どももご一緒に……」

「必要ない、と言っているが?」


 ぴしゃりと切り捨てられる。

 その声は大きくもないのに、応接室の空気が一気に冷えた気がした。

 母が青ざめた顔で父を見る。


 父も何か言い返しかけたけれど、相手がジオルドではそれもできないのだろう。

 結局、ぎこちなく口元を引き結んで頭を下げた。


「承知、いたしました」


 そうして父と母は応接室を出ていった。

 ベッラも最後まで名残惜しそうにこちらを見ていたけれど、母に促されてしぶしぶ出ていく。

 扉が閉まると、ジオルドは向かいに腰を下ろして、私も座った。


「お前の能力はわかった。未来予知のギフテッドも本当のようだ」


 ジオルドがそう言って、私を見た。


「それで、お前は自身が死ぬ未来が見えて、俺も死ぬ未来が見えたから、一緒にいて守ってほしい、と」

「ええ、そう」


 私が頷くと、ジオルドはほんの少しだけ口元を上げた。


「なるほど……ふっ、面白そうだ」


 その言い方に、昨夜と同じものを感じる。

 何か新しい玩具を見つけた子供みたいな、危うい興味。

 隣で控えていたハックが、すぐに口を開いた。


「ジオルド様、やはり私はやめたほうがよろしいかと……」

「ハック」


 ジオルドが短く名を呼ぶ。

 それだけで、ハックはそれ以上強くは言えなくなったようだった。

 けれど、完全に納得しているわけでもないのだろう。


「わかりました。私は何も言いません」


 その言い方が、かえって申し訳なくなる。


「……ごめんなさい、ハックさん」


 思わずそう言うと、ハックは困ったような顔で肩をすくめる。


「いえ。これから大変なのはあなたですよ、アルヴィさん」

「えっ?」


 私が思わず聞き返すと、ハックはジオルドをちらりと見た。

 当の本人は、面白そうにこちらを眺めているだけだ。


「ジオルド様は、気に入ったものは可愛がるタイプなので」

「……それは、どういう意味で?」


 ハックはそれ以上は言わなかった。

 でも、その言い方が何となく不穏で、私は背筋を伸ばしてしまう。

 ジオルドはそんな私の反応を見て、くすりと笑った。


「そう警戒するな」

「いや、今のを言われて、警戒しない方が無理でしょう」

「それもそうか」


 そう言って、彼はあっさり認める。

 その自然さに、また調子が狂う。


「じゃあ、書くか」

「……え?」

「結婚の書類だ」


 一瞬、意味がわからなかった。

 でもしばらくして、ようやく理解が追いつく。

 今、この場で。本当に、ここで書くつもりなのだ。


 ハックが慣れた手つきで書類を用意する。

 紙が机の上に置かれ、ペンが差し出される。

 私はその光景を見つめながら、胸が妙に騒ぐのを感じていた。


 こんなに早く、こんなに簡単に進むなんて思っていなかった。


「……本当に、いいの?」


 思わずそう聞いてしまう。

 ジオルドは赤い瞳を細めた。


「今さらだな」

「だって……」

「昨日、お前が言っただろう。取引としては悪くないと」


 それは、たしかに私が言った。

 言ったけれど、本当にそのまま受け取られるとは思っていなかったのだ。


「お前は俺の死を防ぐぎ、俺はお前を守る。単純な話だ」


 そう言われると、本当に単純なことのように聞こえてしまうから不思議だ。

 私はペンを受け取った。

 書類に視線を落とし、自分の名前を書く。


 書き終えて顔を上げると、ジオルドもすでに署名を終えている。

 迷いのない筆跡だった。


「お前は今日からうちに来るか」

「今日から?」

「何か問題があるか?」

「いえ……ただ、ずいぶん早いのね」

「家を出たいんだろう?」


 その言葉に、私は小さく息を呑んだ。

 たしかに、その通りだ。


「なら、さっさと移った方がいい」


 その判断の早さには、やっぱり圧倒される。

 でも、同時に少しだけほっとする自分もいた。

 中途半端に待たされる方が、きっと私は不安になるだろうから。


 書類が整えられた後、ジオルドはそのまま父たちを呼ばせた。

 応接室に戻ってきた父と母は、こちらの空気を見て明らかに戸惑っていた。

 父は視線を私とジオルドの間でさまよわせる。


「その……お話は、いかがでしたでしょうか」


 恐る恐るといった口調だった。

 ジオルドが何気なく書類を示す。


「結婚することにした」


 父も母も、数秒固まった。


「……は?」

「な、何と……?」

「聞こえなかったか。アルヴィと結婚する」


 母が口元を押さえる。

 ベッラなど、後ろで目を丸くしたまま固まっていた。


「それと、アルヴィは今日からうちへ移る」


 その言葉に、父の顔色がさっと変わった。


「ま、待ってください! その、うちの娘はジョルアン侯爵家の嫡男と婚約が決まっていまして……!」


 言いながら、父の額に汗がにじんでいくのが見えた。

 ジオルドはまるで動じない。


「アルヴィは了承したのか?」

「っ、それは……」

「婚約の書類にサインしたのか?」


 私はそこで口を開いた。


「していないわ」


 ジオルドがこちらを一瞥してから、父へ視線を戻す。


「それなら問題ない。家同士が決めても、書類に当人同士がサインしたこちらの書類が国に認められる」

「し、しかし……!」


 父の声が震える。


「もうジョルアン侯爵家には了承してしまったのに……!」


「アルヴィの意思を確認せずに勝手にやったお前らが悪いだろう?」


 ぴしゃりと言い切られて、父が口を閉ざす。

 母も青ざめた顔で私を見た。

 父は悔しそうに歯を食いしばってから、今度は私を見た。


 その目には、はっきりと「断れ」と書いてある。

 でも、今さらそんな目で見られても、何も響かない。


「お父様、私はジオルド様と結婚しますので。ジョルアン家にはお父様が説明してください」


 私が静かにそう言うと、父の顔が引きつる。


「そんなことしたら、私たちエナティ家が潰されてしまう! アルヴィ!」

「お願いよ、そんな勝手なことをしないで。あなた一人の問題じゃないのです!」


 父と母はそんなことを言う。

 勝手、ね。その言葉に、胸の奥がひどく冷えた。

 一度目も、二度目も、三度目も。


 私はこの人たちに助けを求めた。

 怖いと、嫌だと、あの人と結婚したくないと、離婚したいと、何度も何度も言った。

 でも、この人たちは一度だって私を助けなかった。


 それなのに今さら、自分たちが困るからやめてほしいと言うのだ。


 私は父と母を見た。

 情に訴えるような顔をしている。

 でも、その奥にあるのが私への愛情ではないことを、私はもう知っている。


「……何も響かないわ」


 小さくそう呟くように言ってから、私ははっきり顔を上げた。


「私は自分の身を守るのに精一杯なので」


 父が絶句する。母も何か言いかけたけれど、声にならなかった。

 ベッラだけが、信じられないものを見るように私を見ていた。

 私はもうその誰からも視線を外し、立ち上がる。


 これ以上ここにいても、何も変わらない。

 ジオルドが立ち上がる気配がした。


「じゃあ行くか、アルヴィ」

「ええ」


 私は扉の方へ歩き出す。

 背後で父がまだ何か言っていた気もする。

 母も、私の名を呼んだかもしれない。


 でも、振り返らなかった。

 だってもう、振り返る理由がないのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ