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婚約者に三度殺された令嬢は、四度目の人生で冷血公爵と契約結婚して破滅を返す  作者: shiryu


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第2話 協力者候補のもとへ


 夕食の時間。食堂に入った瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。


 すでに席についていたのは、父と母、それから妹のベッラだ。


 私は何も言わずに椅子を引き、静かに座る。


 私は黒髪に赤い瞳。この家の中で、私だけが異質だった。


 父も母も金髪に青い瞳で、ベッラも同じだ。

 顔立ちまで母に似ていて、初めてベッラを見た時の両親がどれほど嬉しそうだったか、今でも覚えている。


 対して私は、まるでどこか別の家から紛れ込んだみたいに似ていなかった。

 先祖返りなのだろう、とは言われていた。

 何代か前に黒髪と赤い瞳の血が入っていたらしい、と。


 でも、そんな理屈は関係ないのだと思う。

 両親にとって大事だったのは、理由ではなく見た目だったのだろうから。


 私は娘として、あまり扱われなかった。


 衣食住に困らせられたわけではない。けれど、愛情を向けられた覚えもほとんどない。

 誕生日に頭を撫でられた記憶も、熱を出した時に手を握ってもらった記憶も、私にはない。


 その代わり、ベッラには全部あった。

 だからこの子は、自分が愛される側で、私はそうではないと知っている。


「お姉様、今日も遅かったのね」


 ベッラがスープを口に運びながら、いつも通り薄い棘が混じった言葉を放つ。


「別に、少し部屋にいただけよ」

「ふうん。お一人が好きなようで」


 それだけ言って、ベッラは興味なさそうに肩をすくめた。


「ベッラ、食事中です。あまりおしゃべりばかりしてはいけませんよ」

「はあい、お母様」


 素直に返事をする声は、いかにも可愛らしい。

 本当に、愛されるのがお上手ね。


 私は黙ったまま食事に手を伸ばした。


 一度目の人生では、まだ期待していた。

 いつか振り向いてくれるかもしれない、困った時には助けてくれるかもしれないと、愚かにもそう思っていた。

 だがもうその想いは、完全に消えた。


 私は両親に何度も助けを求めたのだ。リュクスが怖いと、あの人と結婚したくないと、助けてほしいと。

 でも返ってきたのは、家のためだから我慢しなさい、という言葉だけだった。


 この人たちは私を娘として見ていない。


 ただ、ジョルアン侯爵家が怖いだけだ。


 しばらく静かな食器の音だけが続いたあと、父がナイフとフォークを置いた。


「アルヴィ、お前の婚約者が決まった」


 来た、と胸の奥で思う。

 私は顔を上げた。


「ジョルアン侯爵家嫡男、リュクス様だ」


 私は喉の奥で小さく息を呑んだ。

 覚悟していたはずなのに、名前を耳にしただけで背筋が冷える。

 でも、その前に大きな声を上げたのはベッラだった。


「えっ?」


 青い瞳をぱちぱちと瞬かせて、ベッラが父を見る。


「ジョルアン侯爵家って……あの、ジョルアン侯爵家ですの?」

「そうだ」

「どうしてお姉様が?」


 驚きと、それから少しの悔しさが、わかりやすく声に滲んでいる。

 ああ、この子は嫉妬しているのね、と、妙に冷静に思った。


 確かにそうだろう。侯爵家嫡男、それも次期当主。


 家格も見た目も申し分ない相手だ。


 事情を知らなければ、誰だって羨ましいと思うに違いない。


 代わってくれるなら、喜んで代わってほしいくらいだけれど。


「お父様、どうして……」

「ベッラ、そのような言い方はおやめなさい」

「でもお母様……」

「リュクス様からご指名があったのです。ありがたいことではありませんか」


 母にとってはそうなのだろう。この家にとって都合のいい縁談。だから喜ばしい。


 そこに私の気持ちなんて入る余地はない。

 父は改めて私を見た。


「アルヴィ、わかったな? まあ、お前に拒否権などはないがな」


 私はしばらく、父の顔を見返した。

 怒りは、なかった。悲しみも、今さらない。


 私はナイフとフォークをそっと置き、口元を拭った。


「話はわかりました」


 父が頷きかける。

 けれどその前に、私は続けた。


「ですが、私が了承することはありません」


 一瞬、食堂の空気が止まった。

 ベッラが目を丸くしている。母もさすがに驚いたように瞬きをした。


 そして父の眉間に、見る見るうちに深い皺が刻まれる。


「……何だと? 身の程をわきまえろ、アルヴィ」


 低く押さえた声だった。

 怒っているのはわかる。でも、その程度だ。


 リュクスの機嫌を損ねた時の、あの狂気的な怖さに比べれば、こんなものは本当に可愛い。


 昔の私は父のこの顔が怖かった。声を荒げられるだけで、肩が竦んだ。

 でも今は違う。


 もっと恐ろしいものを、私は嫌というほど知っている。


「ジョルアン侯爵家からの縁談だぞ。お前ひとりの我が儘で断れる話ではない」

「我が儘、ですか」


 思わず、小さく笑いそうになった。

 さすがにそれは堪えたけれど。


「そうだ。家のために従え。それがお前の役目だ」


 娘らしく扱ったこともないくせに、こんな時だけ家のためだの役目だのと口にするのだから。


「アルヴィ、変なことを言ってはだめよ。リュクス様に失礼でしょう?」

「お姉様、何を意地になっているの? そんなにいい相手なのに」


 母もベッラもそう言った。

 ベッラの言い方は悪意が半分、好奇心が半分、といったところだろうか。


 この子にとって私は、理解できない姉なのだろう。


 両親に愛されていないくせに、侯爵家嫡男との婚約を嫌がるなんて、意味がわからないのだ。


「そんなに羨ましいなら、代わってちょうだい」

「えっ?」


 思わずというように、ベッラが声を上げる。

 父が苛立ったようにテーブルを指で叩いた。


「くだらんことを言うな!」

「くだらないのはどちらでしょう」


 私自身、驚くくらい静かな声が出た。


「私の意思など最初から無視して、勝手に決めて、それで従えとおっしゃるのなら、もうお話しすることはありません」

「アルヴィ!」


 父の怒声が飛ぶ。

 けれど私はもう、それ以上言い返さなかった。

 何を言っても無駄だと知っている。ここで言い争っても時間の無駄だ。


 私は椅子を引いて立ち上がった。


「食事の途中だぞ!」

「ええ。ですが、もう十分です」

「待ちなさい、アルヴィ!」


 父も母もそう言うが、私はもう振り返らなかった。


 食堂を出て、廊下を歩く。

 背後で父が何か怒鳴っていた気もするけれど、どうでもよかった。


 自室に戻って扉を閉めると、ようやく力が抜けた。


「……はぁ」


 大きく息を吐く。心臓が速い。

 怒鳴られたからではない。これからやることを思うと、自然とそうなるのだ。


「……今さら、怖がっても仕方ないわよね」


 今夜、動く。

 今日を逃したら、また同じように婚約が進み、逃げ道はどんどん塞がっていく。

 だったら、今しかない。


 クローゼットを開き、できるだけ目立たない色の服を取り出す。

 夜の外に出るのに、いつもの令嬢らしいドレスのままでは動きにくい。


 私は簡素な服に着替え、その上から深い色の外套を羽織った。

 頭まで覆えるように、フード付きのものを選んだ。



 そして深夜が近づいた頃、私はそっと部屋を出た。


 屋敷の裏手から外に回り、冷たい夜気の中へ身を滑り込ませる。

 人気のない道まで来て、私は足を止めた。


 ここだ。三度目の人生で、逃げる準備をしていた時。

 この辺りで、あの人とすれ違ったのを覚えている。

 黒い外套を羽織っていたから、最初は誰だかわからなかった。


 けれどあの赤髪と赤い瞳、それからひどく整った横顔は、夜目にも印象に残っていた。


 ――ジオルド・エリアビル。


 若くして公爵家当主となり、父と兄が犯罪に手を染めていたと知るや、身内でありながら容赦なく告発し、国に差し出した。

 結果、二人は処刑された。


 その事実があり、社交界では彼を「冷血公爵」だと噂する者が多い。


 でも、私は思ったのだ。


 あの人なら、もしかしたら。

 情ではなく、理で動く人なら。


 利益があるなら、私の話にも耳を貸してくれるかもしれない。


 ――その手札を、私は持っている。

 それがどこまで通じるかはわからない。でも、何も持たずに頼るわけではない。


 私は建物の影に身を潜めて、しばらく待っていると。


「……来た」


 黒い外套。長身。歩き方に無駄がない。

 フードの下から覗いた髪は赤く、月明かりを受けて微かに光っていた。


 ジオルド・エリアビル。やはり、間違いない。


 私は気配を殺したまま、少し距離を空けて後をつけた。

 下手をすれば不審者そのものね。


 でも、正面から公爵家を訪ねて取り次いでもらえるとは思えなかったし、今夜のうちに話をするにはこの方法しか思いつかなかった。


 けれど、数歩ほど進んだところで、ジオルドが不意に進路を変えた。

 人気のない路地裏に入っていく。


 見失うわけにはいかない、と思い、私もそのまま路地裏へ入った。


「っ……!」


 次の瞬間、ひやりとしたものが喉元に迫った。


「何者だ?」


 低い声だった。

 いつの間にか、ジオルドが目の前にいる。

 壁際に立つ私を、逃がさないように塞ぐ位置取りだった。


 手には細身のナイフが握られている。


 速い……!


「襲撃者だな?」


 赤い瞳が細められる。


「最近は多いようだな、俺も人気者になったものだ」


「ち、違――」


 言い終わる前に、ナイフが閃いた。


 私は反射的に身を引く。

 頬のすぐ横を刃が掠め、冷や汗が滲んだ。


 強い、公爵家当主なのに鍛えている速度だ。


 でも、身体は動いた。三度目の人生で覚えたことが、ちゃんと残っている。

 逃亡生活の中で叩き込んだ、最低限の身の守り方だけは。


 私は外套の裾を押さえながら、距離を取る。


 だが、次の一撃はさらに鋭かった。

 私は腕で受けるようにして逸らし、必死に横へ回る。


 このままではやられる。

 息が乱れる。心臓が喉元まで上がってきそうだった。

 ナイフがまた迫る。


 避けきれない――そう思った瞬間、私はほとんど反射的に叫んでいた。


「あなたは三カ月後に死ぬ!」


 ぴたり、と。

 本当に、不自然なくらい綺麗に動きが止まった。

 ジオルドの刃先が、私の喉元すれすれで止まっている。


 月明かりの下で、彼の赤い瞳だけが鋭く私を射抜いていた。


「……どういうことだ?」


 声が低くなる。さっきまでの戦闘の空気が消えていた。


「それに。お前、女だな?」


 外套にフードまで被っていたから、向こうは最初わからなかったのだろう。

 私は乱れた呼吸を整えようとしながら、ゆっくりフードに手をかけた。

 ここで隠しても意味はない。


 むしろ、これ以上疑われるだけだ。


 フードを脱いで素顔を出すと、ジオルドの目がほんのわずかに細められる。


「私はアルヴィ・エナティ。あなたにお話があってきました、エリアビル様」


 ジオルドはしばらく何も言わなかった。

 赤い瞳が、私の顔を、服装を、立ち方を、値踏みするみたいに眺めている。

 やがて彼は、ふっと笑った。


 さっきまでの戦闘の空気とは違う、どこか楽しむような笑みだった。


「エナティ伯爵家の令嬢が、真夜中に男を尾行して路地裏まで来るとはな。それに、俺が三カ月後に死ぬ?」


 ナイフがゆっくり下ろされる。


「なかなか面白い」


 面白い、で済ませていいことなのかしら。

 そう思ったけれど、口には出さない。


「ついてこい」

「……え?」

「こんなところで立ち話をする趣味はない」


 当然のように言って、彼は背を向ける。

 どうやら、本当に場所を変えるつもりらしい。


「……はい」


 小さく返して、私はジオルドの後を追った。

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