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婚約者に三度殺された令嬢は、四度目の人生で冷血公爵と契約結婚して破滅を返す  作者: shiryu


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第16話 運命回避のご褒美?


 数日後、ガルツ伯は殺人未遂容疑で逮捕された。


 公爵家当主であるジオルド・エリアビルに対する殺人未遂だ。

 当然、処分は重かった。ガルツ伯本人は無期懲役、その件に関与していた者たちも同様に厳しく裁かれたらしい。


 新聞にも大きく載った。

 社交界はしばらくその話題でもちきりで、誰が裏で繋がっていたのか、どの家が貴族派に近かったのか、そんな噂があちこちを飛び交っていた。


 でも、私がいちばん強く思ったのは、もっと単純なことだった。


 ――ジオルドが殺される運命は、たぶんこれで逃れた。


 もちろん、絶対とは言い切れない。

 それでも、あの馬車の中で起きるはずだった死は、確かに覆した。

 少なくとも、最悪の一歩は止められたのだと思う。


 そして――その数日後の今日。

 私はジオルドと、中庭で戦っていた。


「っ……!」


 踏み込んでくる影に、私は咄嗟に半歩下がる。

 そのまま右から来た手を払い、空いた脇へ潜り込むように身体を捻った。


 でも次の瞬間には、もう読まれている。

 ジオルドは軽く身を引くだけで私の軌道を外し、そのまま背後へ回ろうとしてきた。


「甘いな」

「わかってるわよ……!」


 言い返しながら、私は振り向きざまに肘を打ち込もうとする。

 けれどそれも、あっさりと受け流された。

 手首を取られそうになって、慌てて身体を沈めて逃れる。


 くやしい、やっぱり強い。

 それでも、私は思わず口元が少し上がるのを感じていた。


 身体が動く。頭が冴える。何より、余計なことを考えなくて済む。


 ジオルドの足が動く。

 次の瞬間には、私は完全に体勢を崩されていた。


「わっ……!」


 転びそうになったところを、最後の最後で腕を掴まれる。

 引き寄せられるようにして踏みとどまり、私は数歩よろけてから、ようやく止まった。


「……負けたわ」

「最初から勝つ気だったのか?」

「少しくらいはね」

「はっ、そうか」


 ジオルドが笑う。

 それが腹立たしいのに、今は不思議と嫌じゃなかった。


 ――時間を少し遡り、今日の昼食の時。


 いつもなら、朝食と夕食は一緒に取ることが多いけれど、昼食は別々になることの方が多い。

 お互いに仕事があるし、時間も合わないからだ。


 けれど今日は違った。

 ガルツ伯の件でここ数日ずっとばたばたしていたせいで、さすがに少し休もうという話になったのだ。

 ハックにも「今日はお二人とも、できればお休みください」と半ば強引に言われたくらいだった。


 だから珍しく、昼も一緒だった。


 食後、二人とも少し手持ち無沙汰になってしまって、私は何となく窓の外を見ていた。

 ジオルドはそんな私を見て、椅子の背にもたれながら言った。


「アルヴィ。今日は気晴らしに何か付き合おうか?」


 私は顔を上げる。


「気晴らし?」

「ああ。死の運命とやらから救ってくれたしな」


 さらっと言ってから、彼は続けた。


「何がいい? 高級ディナーに行くか? 宝飾店で好きなものをいくらでも買ってもいいぞ」

「えっ、じゃあ……」


 そこで少しだけ考えて。

 でも、答えはほとんど決まっていた。


「戦いたいわ」

「……は?」


 ジオルドが、珍しく本気で呆気に取られた顔をした。


「今、何て言った」

「だから、戦いたいの。身体を動かしたいわ」

「高級ディナーでもなく、宝飾店でもなく?」

「ええ」


 私は頷く。


「最近ちょっと腕がなまっている気がするのよ。あと、身体を動かした方がすっきりする気がして」


 しばらく沈黙が落ちたあと、ジオルドがふっと笑った。

 呆れ半分、面白がり半分、みたいな笑い方だった。


「やはりお前は面白いな」

「褒めてるの?」

「褒めてるさ。少なくとも退屈はしない」


 そうして数十分後には、私たちは本当に中庭に出ていたのだった。


 戦いが終わったあと、私は中庭の木陰に腰を下ろしていた。

 草の匂いと、少し汗ばんだ空気が心地いい。

 ジオルドはそんな私のすぐそばに立っている。


 さっきまで私と同じように動いていたくせに、息ひとつ乱れていないのが少し悔しい。


「ありがとう」


 私は素直にそう言った。


「お陰でスッキリしたわ」

「ああ、それはよかったが」


 ジオルドが少しだけ眉を上げる。


「本当に戦いでよかったのか? 命を助けた礼に、いろいろと与えてやろうと思ったんだが」

「いいのよ」


 私は膝を抱えるみたいにしながら答えた。


「私は高級ディナーも、宝飾品もいらないわ」

「本当か?」

「本当よ」


 一度目と二度目の人生で、有り余るくらいにもらった。

 ドレスも、宝石も、食事も。

 でもそれは全部、私を閉じ込めるための飾りでしかなかった。


 綺麗な首飾りを見ると、リュクスが笑いながら「君に似合う」とつけてきた日のことを思い出す。

 上等な食事を前にすると、「僕が与えるものだけで生きればいい」と囁かれたことを思い出す。


 だから今の私にとって、それらは少しも魅力的じゃない。

 むしろ、見たら苛立ってしまうくらいだ。


「身体を動かせた方が、よっぽどいいわ」


 一度目と二度目の人生では、最後のほうは監禁されていたし。


 ジオルドは少しの間、私を見下ろしていた。


「本当か?」

「本当よ」


 少し顔を上げて彼を見る。


「あなたのギフテッドでも、嘘をついていないことがわかるでしょ?」


 その言葉に、ジオルドが一瞬だけ黙った。


 ガルツ伯の時に初めて聞いた。

 ――嘘を見抜くギフテッド。


 あの時は本当に驚いた。そんな力を持っているなんて思ってもみなかったから。


 でも、後から考えれば納得できることも多い。


 私が未来予知だなんて荒唐無稽なことを言っても、ジオルドは最初から妙にすんなり受け入れた。

 ハックも、ジオルドが「アルヴィは嘘をついていない」と言った時、変に納得していた。


 あれは、知っていたからなのだろう。

 ジオルドが嘘を見抜く力を持っていることを。


 ジオルドは小さく息を吐いた。


「……黙っていて悪かったな」

「別に責めてないわ」

「このギフテッドは、他人に話さない方が効率よく使えるんだ」

「そうでしょうね」


 私は素直に頷いた。


「私もそんな力を持っていたら、誰にも言わないわ」


 それは本心だった。

 そして同時に、少しだけ胸の奥がちくりとした。


 ――自分も、本当のことは言っていない。

 未来予知なんて便利な嘘で誤魔化しているけれど、本当は私は四度目の人生を生きている。

 死んで、戻って、また死んで、ここまで来た。


 そのことは、今もまだ誰にも言えていない。


「……もちろん」


 私は少しだけ背筋を伸ばして言った。


「私も、あなたがその力を持っていることは誰にも言わないわ」

「ああ、そうしてくれ」


 ジオルドはそう返してから、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「お前ならそう言ってくれると思ったし、信頼しているから話した」


 その言葉に、私は思わず息を止めた。

 信頼している。思った以上に、まっすぐな言葉だった。

 気軽に口にしたわけではなくて、本当にそう思っているのが伝わってくる声だった。


「……ええ。私は、その信頼は裏切らないわ」


 本気でそう思った。

 ガルツ伯は、ジオルドと学生の頃から一緒だった。

 昔からの知り合いで、軽口を交わせる相手で、ギフテッドのことまで知っていた。


 それなのに、裏切った。

 ジオルドは表面上、いつも通りに見える。

 あの件を引きずっているようには見えない。


 でも、まったく何も思うところがないはずがない。

 だからこそ、私は裏切らない。

 この人に何度も助けられて、守られて、信じてもらってきたのだから。


 今度は私が、その信頼に応えないといけない。


 そんなことを考えていたら、不意に頭に重みが乗った。


「っ……」


 見ると、ジオルドの手がまた私の頭に乗っている。

 今度はさっきみたいにぽんぽんではなく、くしゃっと軽く撫でる感じだった。


「ああ、ありがとな、アルヴィ」


 その笑い方が、妙に柔らかかった。

 思わず胸がどくんと鳴る。


「……ちょっと」


 私は慌ててその手を払う。


「乱暴に撫でないで。猫じゃないんだから」

「猫?」


 ジオルドが面白そうに目を細める。


「お前は猫というより、虎みたいだな」

「それ、褒め言葉よね?」

「ああ」


 彼はあっさり頷いた。


「絶賛している」

「ならいいけど」


 そう返しながらも、私は少しだけ頬が熱いのを感じていた。

 なんだか最近、こういうことが増えた気がする。


 頭を撫でられたり、平然と信頼していると言われたり、当たり前みたいに隣に立たれたり。

 そのたびに、私は少しだけ調子が狂う。


 でも、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ、胸の奥に残るものは、じわりと温かい。


 木陰を揺らす風が、火照った頬にちょうどよかった。



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