第75話「PHASE 18 Re;Emotional Candlelight」
<帝暦2031年 4月8日 11時53分 アルトリア宮殿 玉座の広間>
「速っ――」
そんな、この“眼”でも追えない……!
「アイさん!」
唯一反応できたのはメビウスだった。私を庇い、剣で受けた――
【退きなさい】
剣で受けた、はずだった。
……え?
私の目に映ったのは、メビウスの身体ごとすり抜け、私に凶刃を振り下ろしていたレクエリアムの姿だった。
「事象……改、へ……」
そして同時に、鮮血と共に冷気が、私の全身を染めきった。
「そん、な……ぁ」
どうしようもない歯がゆさを感じながら、私は糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
「アイさんッ――馬鹿な……!!」
メビウスが絶叫する。
「アハハハハッ!!あぁ……煩わしさが消えてゆく……!最後までつけるものなのね、優先順位ってものは」
レクエリアムは笑いながら、血染めの私を踏みつける。
鮮血が、噴水のように噴き出した。
「クソッ……!!『フォトンブースト』ッ!」
すかさず、メビウスが突撃をかける。
「これ以上、人を弄ぶなアアッ!」
その勢いはすさまじく、一瞬の内に白刃の切っ先が、レクエリアムの首に触れる直前だった。
だが彼女は、軽く指を弾いた。
【ファンファーレ】
その瞬間、2本の赤黒い熱線が、メビウスを撃ち抜いた。
「ぐああッ!!」
しかも1本は、右足を貫いていた。
健闘虚しく、彼の身体は皇帝の足元に倒れ伏した。
レクエリアムがそっと口を開く。
「……終わりね、メビウス」
当然、メビウスはそんな言葉と痛みでは折れたりしない。
「いいや……まだ――」
震えながらも立ち上がろうとした、その時。彼が突如右足を抑え、苦しみ始めた。
「がッ、があああッ!?」
「メ、ビ……?」
朦朧とする視界で、私はメビウスの方へ、頭を傾けた。
それは私の霞んだ眼でも分かった。
分かったのに、レクエリアムの非情な宣告が耳に入ってしまった。
「その足はあなたの悪意、いいえ世界の悪意の具現化よ」
や、め……て……
メビウスの右足は、すらっとした人のモノではなく、イナゴのような、おぞましいソレに変貌していた。
玉座の時計台が、容赦なくタイムリミットを縮めていた。
あと、5分――。
レクエリアムが高笑いと共に、上空に上がる。
同時に、無数の醜く、悲痛な声が私たちの頭を激しく打ち付け始めた。
「さぁ、最後まで醜く抗った褒美よ!自滅する旧世界の僅かな残り火を、あなたたちに感じさせてあげるッ!!アーハッハハハッ!!」
私とメビウスは何もできず、残された時間を捨ててしまった。
持ちこたえることはできなかった……。
メビウスは不甲斐なさと痛みに顔を歪ませながら、ひたすら謝り続けていた。
「あ、ああぁ……ごめん……ゲートく、ん」
あと、3分――。
私はただ、涙を流していた。後悔と、未練の涙を。
上空で絶頂するレクエリアムが、最期の光景になるのね……。
私の生まれた、この世界が消えていく。
けれど、それよりも大事なことを、果たせなかった。
「ごめん、なさいっ、答え合わせ……できなくて」
私は消えていく命の際で、声をあげた。
「ゲー……ト」
一瞬だけ、彼の微笑む姿を、見た気がした――
『諦めるな――アイ』
※ ※ ※
――赤い瞳が、光ったような夢を見た。
機関銃の乱射音。
美しい歌。
そして、私を姉と呼ぶ、少女の声……。
「――ぶですか、お姉ちゃん。……大丈夫ですか、お姉ちゃん!!」
「――ハッ!!」
その声で、私は跳び起きた。
横にいたのは、ソニアちゃんだった。
「び、びっくりしました!お姉ちゃんと頭をぶつけるところでしたよ」
「え……ここは……?」
辺りを見渡す。
崩壊した宮殿。空は依然として濁っていて、弾丸を無力化するレクエリアムの姿がある。彼女の顔は、曇っていた。
ロイモンドが機関銃で応戦し、エルシアは歌いながらメビウスを膝枕している。やはりここは現実だ。
しかし、あれだけの深手を負っていたはずなのに、私の身体には傷はおろか血痕すらなかった。
困惑している私に、ソニアちゃんが状況を説明する。
「私たちがここに着いたとき、2人が無傷のまま倒れているのを見つけたんです。周りは戦闘の痕跡が激しく残されているのにもかかわらずです」
「だから今は2人が目覚めるまでケアしてたの」
と、エルシア。
私は確信した。
「無傷……」
考えられるのは、一つしかない。
「ゲート……!」
「ゲート君だ……!」
膝枕から起き上がったメビウスが、私と同時に言った。
そうよ、あの時――ゲートが左目を犠牲にして私たちにかけてくれた、抗う奇跡よ……!!
あの力が、私たちの受けた傷そのものも否定したってことなのね……!
思わず、涙があふれてしまう。
「ゲート……アンタはまだ、諦めていないわよね」
ロイモンドは乱射音に負けないほどの声で言い放った。
「ルシファーくんと道楽の大司教も、もうじき到着する!皆、やれることをやってみようじゃないか!」
メビウスの右足も、元通りになっていた。
「さあアイさん!救うよ、彼を!!」
私は涙を拭いながら、頷き、『女神の慧眼』を発動する。
「ええ……!待ってなさい、ゲート!!」
残り70秒――
レクエリアムがゆっくりと降下し、怒りの表情を浮かべた。
「しつこい子ね……不快よっ……!!」
(12代目が残した力の仕業ね……やってくれるじゃない。それに……)
彼女が胸を抑えた。
(2体の悪魔のと、もう一つ……?の意識を、感じる……?)
その異変を、私は見逃さなかった。
「マナさん……ブレイド……ゲート……!」
私の右足で地面を踏み抜き、氷の滑走路を形成する。
「エルシア会長、メビウスに全力の強化を!メビウス、お願い……!!」
歌のような詠唱が流れ、メビウスが構える中――私は懇願にも近い叫びを、彼にぶつけた。
「ゲートを……いいえ、ゲートたちを!その茨から救って!!」
落ちた涙が、地面をより凍てつかせる。
メビウスは、爽やかな笑顔で、こう返した。
「承知したよ、アイさん」
彼の瞳から、迷いが消える。
『マギアノクス・ソードライズ――』
マギア発動と共に、数多の流星が彼に収束していく。
かつて見たソレとは、桁違いの輝き。
「君の願いを姉様の歌に乗せて――」
滑走路の先で、困惑しているレクエリアムを目でとらえた瞬間――
「僕は、斬るッ!!!」
凄まじい踏み込みと氷の滑走路が、強化の歌と共に“超”神速の光となりて、レクエリアムに突っ込む!
「!!しまっ――」
その光は、気が散っていた彼女に、改変の隙を与えなかった。
『エモォォウショナルゥゥゥッ……!!カンデライッットォォォ!!!!』
――「愛が生み出す救済」の“初撃”が、捻じ曲げられることなく、レクエリアムを斬り裂いた。




