第68話「PHASE 11 彼女の名前は」
追葬の大司教・チェインズと、反逆者となったメビウスのレースは最終局面を迎えた。
――僕の急激な猛追に、チェインズは仮面越しに驚愕する。
「ば、馬鹿な……!エルシア皇女の詠唱強化を踏まえても、これまでの動きと違い過ぎる……一体何者なのだ、貴様はッ!!?」
「僕は反逆者だ!仲間と世界を変える、その未来を見る反逆者だ!!」
迷いを振り切ったその声は、チェインズの横から発せられた。つまり……
「も、もう並走するに至ったのか……!?」
白と黒。2台のフォーミュラカーが互いの装甲を破壊しながらラストスパートに突入する。
互いに一歩も譲らないデッドヒートレース。
「迷いを捨てたメビウスは最強なんだよ!」
姉様もケガを忘れるくらい張り切っている。
そんな状況の中、チェインズは己にのしかかる重圧に苦しんでいた。
(ありえない……フォーミュラカーに触れたばかりの反逆者に、レースで負けるなんてあってはならない!駄目だ、勝たなければ……勝たなければ、あの人が……!!)
※ ※ ※
――私は一瞬、レースクイーン・ヨルズの方を見た。
かつて抱いていたレーサーの信念……世界を変え、大切な姉を守る為に……レーサーと大司教を併せ持つ、追葬の大司教。
この仮面は、妹としてではなく、大司教としての私だった。
※ ※ ※
その時、チェインズの感情が爆発する。
「ヨルズゥゥ!!私に力を!!!」
空間全体が割れんほどの叫びが、奴の仮面にすらヒビを入れた。
僕は一瞬、ヨルズに注意を向けた。
だが、彼女は涙を流すだけで、何も返さなかった。
「何故だぁぁ!!」
代わりの返事のように、奴の乗っていたダークフェイトが小さな爆発を起こす。
「チャンスだ!!」
僕がアクセルをベタ踏みすると同時に、姉様の歌のような詠唱が最高潮に達する。
「いっっっけええええ!!」
僕らのシュバリエータがゴールする。
その直前、抜かされたチェインズは、ゴールラインの方に手を伸ばし……
「や、やめろ…ぉ!!」
ゴールを目前に、黒い車体は爆散した。
※ ※ ※
僕らが一位になった途端、黒薔薇の力で構築されたサーキット場が、縮小していく。
そして、役目を終えたシュバリエータから、ルシファーのマギア・シュバリエッタが分離、解除された。
ルシファーも無事だといいけど……。
今は姉様に礼を言わなければ。
「やったよ、姉さ……危ない!!」
コンマ1秒、殺意に気づいた僕は、咄嗟に姉様を庇う!
同時に響いた銃声が、僕の脇腹を抉った。
「ぐっ……!」
銃を撃った犯人はすぐに分かった。
全身に火傷と裂傷を負い、割れかけた仮面を付けた……
「チェインズ……!」
奴は銃を構えたまま、ゆっくりと近づく。その姿は、まるで修羅。
「まだだ……もう一度塗り替えて、第2レースだぁ!!」
な、何を言っているんだ……!?
「往生際が、悪い……!」
僕の中に怒りが生まれた。
世界を管理する大司教のリーダー格……そんな姿で人が付くとおもっているのか……!?
「うるさい、うるさい!嫌ならこの場でお開きにしよう!!」
奴が引き金を引こうと、指をかけたその時。
別の銃声が、響き渡った。
「……へ?」
……なんと、チェインズの腹に穴が開いていた。
僕は銃声のした後ろを振り返る。
「ごめんね、ごめんね……っ!でも、もうこれ以上、重みを背負わないで!!」
そこにいたのは――悲痛な顔で銃を構えた、ヨルズだった。
「ヨル……ズ」
再び歩き出そうとするチェインズだったが、さらに数発の弾丸を食らい、糸が切れてしまった。
「ねえ……さ、ん」
そう口にしたと同時に、奴の仮面が崩れ落ちた。
その姿は――ヨルズによく似た、美しい女性であった。
「ファウナ……!!」
その直後、僕と姉様の横をヨルズが通り過ぎ――
ファウナと呼ばれた追葬の大司教を、優しく抱えた。
「あ、あ……ねえ、さん……わたし、まけちゃった……」
力なく声を出す彼女の姿は、僕らの心を締め付けた。
ヨルズは彼女を膝枕し、泣きながら答える。
「ううん、いいのよ……!私はもう大丈夫だから……!」
すると、静かに傍観していた僕らに、ヨルズが語りかけた。
「ありがとう、反逆者さん。やっと、妹と話すことが出来たわ」
彼女は続ける。
「私は“ヨルズ・イグドラシル”。この子の本当の名前は“ファウナ”。ファウナ・イグドラシル。私の妹です……」
彼女がそう言うと、僕らの脳に真実が映し出される。
ああ、そうだったのか……。
姉様は涙を流していた。
そのファウナは……甘えるように、静かに息を引き取っていた。
ヨルズは最後に、こう告げた。
「お願いします……ファウナや私が望んだ、優しい世界を作って――」
そしてそのまま――僕らを出して、空間と共に消滅した。
※ ※ ※
〈帝暦2031年 4月8日 10時05分 カテナ教会 追葬の塔にて〉
「ねえ、姉様」
「ん?」
「なんでかな……目が潤んで仕方がないんだ」
すると、姉様がその涙をぬぐった。
「それは、愛だよ。メビウス」
僕はそれを聞いて、天を見上げる。
――ゲート君の反逆は救う反逆。僕も救わなきゃ、ファウナとヨルズのような人達を。
管理装置と共に崩壊していく塔の中で、僕と姉様はゲート君達と合流を目指すのだった。
※ ※ ※
〈帝暦2031年 4月8日 10時15分 カテナ教会 暴虐の塔にて〉
暴虐の塔の管理装置を破壊するのに手こずっているゲートとアイ。
「改変で壊したいけど、インターバルがな……どうする、アイ――」
俺がそう言いかけた時。
眼帯を付けた青年が突如姿を現す。
「反逆者が……塔のシステムには触らせない」
淡々と目的を口にするが、その存在感は半端なく……空気が一変する。
「なっ……お前、その目は……!」
そして、俺達を見据えるその瞳は――俺と同じ、悪魔の赤だった。




