第62話「PHASE 5 皇帝と疑念」
〈9時17分 アルトリア宮殿 皇帝の間にて――〉
玉座に座り、青い髪を弄んでいた皇帝レクエリア厶の表情が、僅かに変わる。
「レグネイトのマギアが、尽きたようね」
だが、部下の死を感じ取ったにも関わらず、何故か彼女の口角は上がっていた。
「どのくらい強くなったのかしらねぇ……黒薔薇の悪魔くんは。ふふっ」
間……いや、宮殿全体に響き渡る甘美な声と、そして全身から放たれる圧倒的な存在感に、同じ空間にいた部下達は震えながら本能的に頭を垂れる。
傍にいた彼女の騎士、ブレイドを除いて。
「……惜しくはないのですか?随一のパワーを誇る暴虐の大司教ですが」
ブレイドが静かに問う。
だが、レクエリアムはまるで他人事のように軽く返した。
「いいのよ、どうせ計画には必要ないもの。黒薔薇を消耗させただけでも充分かしら」
周りを凍りつかせるような、軽くて冷たい瞳。
彼女にとって、本当に大事なものはあるのだろうか。
その時、中年の男が息を切らしながら皇帝の間を跨いだ。
「ゼェ、ゼェ……!へ、陛下!暴虐の塔の管理システムが、崩壊し始めました……!」
その言葉に、周りの部下達は戦慄する。
カテナ教会の塔は世界の情報操作など、秩序を保つ要だ。
「既に恋慕、生命の2つが破壊されています。塔の半分を失えば、各国で反乱が起きかねません……!」
「……」
慌てふためく男にに対し、レクエリアムの目は不気味なほど据わっている。
彼女の腰掛ける玉座と、それ以外の間に絶対的な壁があるかのようだ。
やがて、彼女が口を開く。それだけで空気を塗り替えるような異質さを放っていた。
「我が騎士、ブレイド」
「……はい」
ブレイドが左目を閉じ、皇帝の足元に片膝をつく。
「予知夢に従って、あなたは塔の管理システムを修復させなさい」
(黒薔薇と姫は、放置というわけですか……)
「……イエス・ユアマジェスティ」
ブレイドが右目の眼帯を押さえながらその場を離れる。
(黒珠も、大司教の技術も、そして黒薔薇でさえも……あなたにとっては、ただのカードでしかないのですね)
間の扉を抜けた途端、彼の姿は赤黒い粒子を残して消えた。
――自身の騎士を見送った後、レクエリアムは部下達を追い出し、何処からともなく振り注ぐ花弁を見つめていた。
「帰ってきたら、思う存分愛でてあげるからね。ブレイド……いいえ」
「黒薔薇の悪魔」
クスッと笑う。
彼女の背後に咲く、巨大な黒薔薇の花に向かって――。




