第61話「PHASE 4 暴虐と攻略」
暴虐の塔に吹く風が、ピタリと止む。
「そんなの聞いてない、みたいな顔だな。皇帝から教えられていなかったのか……?」
俺は一歩ずつ近づきながら、淡々と問いかける。
……体の中から大切なものが落ちていくような、気色の悪い感覚と共に。
「成程なぁ……!これが、黒薔薇の剣の力――ただの強化だけじゃない、世界を塗り替え、染め上げる力というわけか!!」
「事象の改変……完全に悪魔になったのね」
アイが冷や汗を垂らす。
だがその水滴も、すぐに凍りつく。
(私はゲートがこうなることを望んで……?でも、何のためだったの……?)
アイは俺に、王宮から盗んだ黒薔薇の剣を渡した。
彼女は何故反逆を促したのか……本当の目的はその口から語られることはなく、彼女の人格は黒珠のアイに抑え込まれてしまった。
「何でもいい……ッ!!力尽きるまで潰すまでッッ!!」
レグネイトが再び飛び掛かる!
「小細工無用ッ!!ハァァッッ!!」
奴は空中で大きく吸い込んだ空気を、一気に吐き出した!
それはまさに、空気の槍……!
「くっ!」
俺は横にかっ跳ぶ――が、左腕が掠ってしまう。
その瞬間、大量の血が噴き出した……!
「チッ、動脈か……!」
俺は携帯していたロープで止血する。
(――黒薔薇の力をフルで使うと、疲労が溜まる。マギアとは違う、連発は命取りだ)
それを見たレグネイトの口角が上がる。
「どうやら連発はできないようだなぁ……?好都合ッ!!」
次の瞬間、奴の右ストレートが俺に迫る。
「コイツ……!」
黒薔薇の剣で受けるが、刃が通らない。
何か小細工があるわけではないことは分かった。ということは――!
「……ただのッ!肉体強化か……ッ!お前の固有マギアは!」
すると、レグネイトの目が輝く。左拳が加わり、ラッシュに流れ込む。
「ご名答ッ!!いい洞察力だ……褒めてやらァ!!」
ラッシュの回転が更に上がる。
(くっ……!こっちも黒薔薇の力と『テージウインド』で補強しているはずなのに……!)
その攻防は、衝撃波の嵐で塔全体が壊れていくほど。
以前アイに聞いたとき、彼女は暴虐の事を教えてくれなかった。
今考えれば、学園に入学する前に聞くべきだったのだろう。
奴がブリッツの師匠であることが分かった、今。
(本っ当、ムカつくぜ……!ブリッツ・レオニウス……!!)
「お前は……ッ、何のために大司教になった……!?」
俺は必死に攻撃を受けながら質問する。
すると、レグネイトは笑い声をあげながら律儀に答える。
「単純なことよッ!心が満たされる方法を、陛下が示してくれたからだぁ!!」
その目は余りにも真っ直ぐだった。
「そうか……」
俺は一瞬の隙を突き、奴の両拳を弾く。
「お前のこと、嫌いじゃない。だからこそ……!」
俺の悪魔の目に熱が宿る。
「ここで終われ」
その瞬間。
巨大な氷の矢が俺諸共、レグネイトの胴体を貫いた。
「ゴハッ……ァ!!」
奴が苦悶と困惑を浮かべ、吐血する。
「ぐっ……!ハァ……、ハァ……ッ!」
対して、俺の体は疲労が残りつつ、赤黒い粒子に包まれ衣服までも元通りに改変された。
「あんな指文字じゃ分かりづらいわよ、ゲート……!」
俺の背後に控えていたアイが悪態をつく。
「俺を貫いた瞬間、氷の矢を黒薔薇の改変能力で強化。続けて俺のダメージ自体を改変で無かったことにする作戦だ……。ぐっ……!空気の槍を躱したとき、指文字で”道連れ”って送った……。意図を汲んでくれてありがとな、アイ」
「……ふんっ」
アイはそっぽを向いた。
すると、レグネイトが感嘆して笑い声を上げた。
「ガハハハ……ッ!いくら元通りになるからといって、自滅行為に走るか、普通……!」
奴の体から、大量の血溜まりができる。
「なあ、レグネイト……」
仰向けに倒れたレグネイトの下に、血溜まりができる。
「お前とブリッツは、やっぱり似てるよ……」
奴の傍に腰掛けながら、穏やかに話す。
「貪欲なところとか特に。ただ……堂々としているところは、アイツとは違う」
すると、奴がこんなことを聞いてきた。
「おい……、ブリッツは最後……ガフッ、どんな顔してたんだ……?」
その目は子を本気で心配するような、そんな目だった。
「……!!」
予想外の状況に動揺する。
「ア、アイツは……」
俺が殺した男の顔――
一瞬だけ、アイの方を向く。彼女はただ、小さく頷くだけだった。
それは多分……正直に言えということだろう。
「アイツは……」
「……最期の一瞬だけ、何か大事なことに気づいたような顔を……してた」
それを聞いたレグネイトは何故か安心したように呟く。
「そうかァ……やっと気づけたんだな……」
それっきり、レグネイトは動かなくなった。
俺は戦闘の余波で所々割れた、荘厳なステンドグラスで覆われた天井を見上げる。
「そうだ……大司教も人間なんだ。心のない人間なんて……いないんだ」
能力を使った疲労を感じながら、俺はアイと静かに塔の管理装置に向かう。
僅かに刃こぼれした、黒薔薇の剣を握りながら――。
<帝暦2031年 4月8日 9時15分 カテナ教会・暴虐の大司教 死亡>




