第54話「29限目 : それでもあなたを――」
<帝暦2030年 12月20日 18時26分 王都バス 小道にて――>
祭典で賑わう広間から離れた、雪がしんしんと降りしきる静寂の小道を、血染めの少年が歩き続ける。雪とは違う、赤と透明な水滴を流しながら。
脇には同じく血に濡れた黒薔薇の剣を差し、背に弱々しく笑う桃髪の少女を抱えている。
赤黒い茨に動かされるかのようなその姿を、誰も目撃することは無かった。
「ねえ、ソウジ……剣を抜いてほしいって言ったこと、気にしてるの……?」
少女が耳元でささやく。
「気に……してない……ッ」
少年が噛み締めるように返す。
「……噓つき」
少女の頭が、彼の肩に寄りかかる。
少し歩くと、街灯の付いた、小さな屋根が見えた。
横の看板の寂れ具合から、恐らく役目を終えたバス停だろう。
「マナ……着いたよ。ここなら雪も、人も来ない」
茨を解き、震える足で少女を椅子に座らせる。
「ありがと、ソウジ……」
※ ※ ※
橙色の街灯の明かりが、二人を優しく照らす。
すると、マナが懐から包みを取り出した。
「これ……開けてみて」
震えながら、ソウジの目の前に差し出す。
開けると、柔らかい純白のマフラーだった。
赤く腫れたソウジの両目に、涙が溜まり始める。
「マナ……ッ、こんなに綺麗なものを、俺なんかのために……?」
声を上ずらせながら、ソウジがマナを見る。
「俺にはそんな資格なんて……ッ」
マフラーに涙が落ちる。
「巻いて……あなたと私の首に」
被せるように、彼女は続けた。
数秒の沈黙の後、彼は泣く泣くそれを巻き付けた。
あんなに白かったマフラーが、みるみる紅く染まってゆく――。
「ごめんなさい……君がくれたプレゼントを、汚してしまって……ッ!」
「ん……?全然……気にしてないよ」
苦しそうなソウジとは正反対の、穏やかで純粋な面持ちでマナが彼の肩に寄りかかった。
ふぅ、と小さく息を吐き、マナが口を開く。
「やっぱりあったかいね……ソウジの体」
ソウジは俯いたまま涙を流し続けている。
「……まだ、自分を責めてるの……?私がこんなになったこと」
彼女の問いかけに、ソウジは小さく頷いた。
「俺が……俺が弱くて、浅はかだったせいで……ッ!」
血と涙とともに滲み出るやるせなさ――罪悪感――。
「顔を……上げて」
「……え?」
「上げて」
「……」
言われるままに、ゆっくりとマナと顔を合わせる。
「あなたはちょっと、頼りないなってところもあったけど……」
「私は、あなたを責めたりなんかしない……。だって……」
次の瞬間――
――血塗れの胸元に、彼の顔を抱き寄せた。
「だって、こんなにも私を思ってくれる人を……責められるわけないもん……!」
その言葉が、優しくソウジに染み渡った。
「………っ!!」
張り詰めていた糸が切れたかのように、突如ソウジが泣き叫びながらマナに抱きついた。
「マナ……ッ、マナ……!」
「最後まで情けないやつでごめんッ!本当にごめんッ……!」
バス停の静けさを破るように、顔をクシャクシャにして声を上げる。
「こんな俺を、君は許してくれるのか……!?」
何かにすがるようにマナを見るソウジに、彼女は優しく微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「もう、自分を責めちゃダメだよ……」
そう返した時、マナの体が再び光の粒子に――。
「……!マナっ……!」
ソウジはハッとしたように、ポケットに手を突っ込む。
「マナ……これを君に、渡さなきゃ……!」
彼が取り出したのは、ひしゃげた小箱。
中に入っていたのは、加工された花びらが埋め込まれた、銀色の指輪だった。
「わぁぁ……綺麗……!」
マナの目が、わずかに……でも確かに、丸くなる。
「今……今、はめるから」
震える手で彼女の右手を取り、はめようとする。
だが、マナがその手を振りはらった。
「なっ……ご、ごめ――」
「こっちに……して」
顔を赤くしながら――彼女は、左手を差し出した。
ソウジは一瞬キョトンとしながらも、彼女の真意を汲み取り、優しくその薬指に指輪をはめた。
「……俺は、一生引きずり続けるかも知れない……。マナが、好きだってこと……ッ!」
消えゆくマナを抱きしめ、不器用な笑顔でソウジが告白する。
それを聞いたマナから、小さな笑い声が漏れた。
今日……初めて笑ったのだ。――涙とともに。
「情けなくて……情に弱くて……ッ、でも努力と優しさを忘れない――」
マナが抱きしめ返し、絞り出すように――
そして命を燃やし切るように――。
「――そんなソウジが……ッ、私も好きだよ……!!」
――その言葉とともに、マナは温かい光となって空の彼方へ消えていった。
ソウジと……彼と巻いていたマフラーを残し、満足気に……。
……泣きじゃくりながら天を見上げるソウジ。
――どんなことがあっても……見守ってるよ――
ほんの一瞬だけ、聞こえた気のする言葉を反芻しながら………。
最後の最後に、マナの笑顔を取り戻せたことを反芻しながら……。
彼は……マフラーを握りしめ、泣き続けた――。




