↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/83

第54話「29限目 : それでもあなたを――」


<帝暦2030年 12月20日 18時26分 王都バス 小道にて――>




 ――祭典で賑わう広間から離れた、雪がしんしんと降りしきる静寂の小道を、血染めの少年が歩き続ける。雪とは違う、赤と透明な雫を流しながら。


脇には同じく血に濡れた黒薔薇の剣を差し、背に弱々しく笑う桃髪の少女を抱えている。


拙い足で赤黒い茨を必死に伝うその姿を、誰も目撃することは無かったのだが。


「ねえ……ソウジ……。剣を抜いてほしいって言ったこと、気にしてるの……?」

意外な程に優しい声で、少女が耳元でささやく。


「気に……してない……ッ」


その声に、少年は奥歯を噛み締めながら返す。


「……噓つき」

少女の頭が、彼の肩に寄りかかる。

その体は少しずつ……金色の粒子と化していた……。


  ※        ※        ※


 少し歩くと、街灯の付いた、小さな屋根が見えた。

横の看板の寂れ具合から、恐らく役目を終えたバス停だろう。


「マナ……着いたよ。ここなら雪も、人も来ない」


茨を解き、強張った足で少女を椅子に座らせる。


「ありがと、ソウジ……」



  ※        ※        ※



 橙色の街灯の明かりが、二人を優しく照らす。

すると、マナが震える手で懐から包みを取り出した。

まるで、どうしても渡しておきたいものがあるかのように……。


「これ……開けてみて」


彼女は瞳を潤ませ、ソウジの目の前に差し出す。


開けると、柔らかい純白のマフラーだった。


赤く腫れたソウジの両目に、涙が溜まり始める。


「マナ……ッ、こんなに綺麗なものを……お、俺なんかのために……!?」


声を上ずらせながら、ソウジがマナを見る。


「俺には……っ、うぅっ……!そんな資格なんてっ……!」

マフラーに涙が落ちる。


「巻いて……あなたと私の首に」

しかしソウジの言葉に被せるように、彼女は続けた。



 ――数秒の沈黙の後、彼は泣く泣くそれを巻き付けた。


あんなに白かったマフラーが、みるみる紅く染まってゆく――。


「ごめんなさい……君がくれたプレゼントを……っ、汚してしまって……!」


「え……?ううん……ぜんぜん気にしてなんかないよ」


苦しそうなソウジとは正反対の、穏やかで純粋な面持ちで、マナが彼の肩に寄りかかった。


ふぅ、と小さく息を吐き、マナが口を開く。


「やっぱりあったかいね……ソウジの体」


ソウジは俯いたまま涙を流し続けている。


「……まだ、自分を責めてるの……?私がこんなになったこと」


彼女の問いかけに、ソウジは小さく頷いた。


「俺が……俺が弱くて、浅はかだったせいで、俺のせいで……ッ!」


血と涙とともに滲み出る、やるせなさと罪悪感――。


「顔……上げて」


「……え?」


「上げて」 


「……」


言われるままに、ゆっくりとマナと顔を合わせる。


「ソウジはちょっとだけ……頼りないなってところもあったけど……」


彼女の冷えつつある両手が、血塗れのソウジの顔に触れる。


「私は、あなたを責めたりなんかしない……。だって……」


次の瞬間――自らの赤い胸元に、彼の顔を抱き寄せた。


「だって、こんなにも私を想ってくれる人を……責められるわけないもん……!」


その言葉が、優しくソウジに染み渡った。


「………っ!!」


張り詰めていた糸が切れたかのように、突如ソウジが泣き叫びながらマナに抱きついた。


「マナ……マナぁぁっ!」


血が流れ落ちる程の大粒の涙を流しながら、ソウジは子供のように泣きじゃくる。


「最後まで情けないやつでごめん……!本当にごめんッ……!」


バス停の静けさを消し飛ばすかのように、顔をクシャクシャにして声を上げる。


「こんな俺を、君は許してくれるのか……?」


何かに縋るようにマナを見るソウジに、彼女は優しく微笑みながら、ゆっくりと頷いた。


「もう、自分を責めちゃダメだよ……?」


そう返した時、再び粒子化が強まった。


 「……!マナ……!」 

 ソウジはハッとしたように、ポケットに手を突っ込む。


「マナ……これを君に、渡さなきゃ……!」

彼が取り出したのは、ひしゃげた小箱。


中に入っていたのは、加工された花びらが埋め込まれた、銀色の指輪だった。


「わぁぁ……綺麗……!」 


マナの瞳が煌めきを取り戻した。


「いま……今、はめるから」 


震える手で彼女の右手を取り、はめようとする。

だが、マナがその手を振りはらった。


「なっ……ご、ごめ――」 


 申し訳なさで赤くなったソウジに対し、マナは顔を赤くしながら――


――自らの、左手を差し出した。



「こっちに……してほしいな」



ソウジは一瞬キョトンとしながらも、彼女の真意を汲み取り、優しくその薬指に指輪をはめた。


「……俺は……ひっく……!マナが、好きだ……!」


消えゆくマナを抱きしめ、不器用な笑顔でソウジが告白する。


それを聞いたマナから、小さな笑い声が漏れた。


今日……初めて笑ったのだ。


ただ、それだけではなかった。 


マナが僅かに顔を近づける。



「情けなくて……情に弱くて……っ、でも努力と優しさを忘れない――」


マナが抱きしめ返し、絞り出すように――


そして命を燃やし切るように――。


彼女はソウジに優しく――


――優しくキスをした。


「……!」


2人の頬が紅く染まる。




「えへへ……そんなソウジが……私も好き……!」





――その言葉と共に、マナは温かい光となって消えてしまった。



ソウジ……そして彼と巻いていたマフラーを残し、心の底から満足して……。




 ……泣きじゃくりながら天を見上げるソウジ。




――どんなことがあっても……それでもあなたを、愛してる――



 ほんの一瞬だけ、聞こえた気がする言葉を反芻しながら………。


 最後の最後に、マナの笑顔を取り戻せたことを反芻しながら……。

 


 彼は……マフラーを握りしめ、泣き続けた――。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。