第52話「27限目: アヤマチ」
――な、何が起きた……!!?
状況が理解できず、俺はそのままうつ伏せに倒れ込む。
だが、肩肘をついて、震えながら頭は上げた。
「あら、案外タフなのね。手加減したとはいえ、全身の筋肉を切ったのに」
だが、口ぶりとは裏腹に皇帝は余裕の笑みを浮かべる。まるで、いつでも屠れると言わんばかりに。
俺はヤツの底知れなさと、自身の浅はかさに心底震え上がった。
この女が、世界を統べるアルトリア皇帝――!!
俺は急いでペンデール・ロザリオを使い、止血する。
動くたびに茨が食い込むが、むしろ痛みで意識が保てて好都合だ。
黒薔薇の剣を支えに、なんとか俺は根性で立ち上がった。
ちょうどその頃、夜空が曇り始めた。
俺は仇を見る目で皇帝に問いかける。
「色々聞きたいことがある……ッ!」
「お前は父さんや母さんを悪意に当てたのか?」
一瞬の沈黙。
「ええ、そうよ」
俺の内に、憎悪が燻り始めた。だが、何故かそれは燃え悩んでいた。
「……何故?」
「試しによ。劇的な効果があったとは言えなかったけど」
試し――?何意味の分からないことを……!
そしてもう一つ、訊かなければならないことがある。
「何でこんな日に姿を見せた!?」
こちらが重要だ。
「さあ、何故かしら?」
皇帝が薄ら笑いを浮かべ、続けてこう告げた。
「あなたが想像してることよ」
その言葉に、俺は頭の中が真っ白になった。
「マナか……?マナに何する気だ!?答えろ……!!」
痛みなんかどうでもいい。俺は正面から地面を蹴って飛び掛かった。
「答えろォォッ!!!」
剣先が触れる――その寸前。
一発の銃声とともに、俺の脇腹が爆ぜた。
「ぐあッ……!!」
俺はそのまま皇帝の足元に倒れ伏す。
「あら、気が利くじゃない。追葬」
追葬――?
俺は苦し紛れに銃声のした方向を向く。
俺は思わず舌を噛んだ。
追葬の大司教が、兵士を率いて排気音を轟かせている絶望的な光景に……。
「追葬の、大司教……だと!!?」
フォーミュラカーを武器に、皇帝の世界に歯向かう者を轢き殺す処刑人だって、ルシファーが言っていた。
「お手柔らかに頼むわね」
そういうと、皇帝は瞬く間にノイズとなって消えた。
「……!!待ちやがれぇぇッ!!!」
悪化していく事態に、俺は狼狽していく。
マナが死ぬ。
それが頭を満たし、俺は怒りのまま祭典の広間に突っ走る。
だが、大司教がそれを見逃すはず無かった。直後、数多の銃弾とともに黒いフォーミュラカーが轟音を上げて追い上げてくる!
――車と人。その差は歴然だった。
一瞬の内に、ターンした車体のサイドボディが俺の胴体に直撃する。
「ゴハッ――」
血を吐きながら、俺は文化財の壁を突き破ってしまった。
「クソ……ッ」
瓦礫を払いのけ、立ち上がると、目の前にフォーミュラカーから降りた仮面の男――追葬の大司教が仁王立ちしていた。背後には、銃を構えた兵士達もいる。
「何故、反逆という道を選んだ?」
絶体絶命なこの状況で、奴は不意に問いかける。
「……何だと?」
俺は血を吐きながら反応する。
「何故立っていられるのか不思議な程に壊れた身体で何がしたい?――世界を変えたいのなら、大司教という手もあったろうに……愚か者め」
追葬が吐き捨てる。
「何が――?」
その一言が、俺の頭に昇り切った血をゆっくりと押し下げてゆく――。
「俺は――」
俺が思い浮かべたのは、両親の顔――ではなかった。
「俺は――今反逆なんて考えていない。俺は――!」
全身に覇気が籠る。
「俺は今、大切な人との幸せを守り切りたい……ッ!!そうしたいんだッ!!」
心の叫び。その気迫に、追葬の仮面が振動する。
「ほう……」
次の瞬間、俺は広間の方へ再び駆け出した。
『テージウインドッ!!』
風を纏い、加速する。
「打てーッ!」
当然、銃弾の雨が降り注ぐ。
だが、冷静になった俺はある賭けを思いついた。
(靴のソールのみ硬化、出血箇所・傷口は茨で縛る――!)
『シザロリッカー……!』
『ペンデール・ロザリオッッ!!』
赤黒い茨と、硬化したことでスパイクと化した足を、風とともに纏う。
その時、追葬のフォーミュラが銃弾を弾きながら猛追する。
「逃れられると思うのか……!?」
車体のフロントが、俺に迫る。
これ以上は加速できない――
そう思った時、背後から聞こえた排気音がさらなる閃きを生み出した。
(エンジン……いやターボチャージャーの方か……!)
一か八か、第二の賭け――!!
『テージウインドッ!!』
ただし、纏うのは身体じゃない!内臓にだ!!
直後、肉体が破裂するような痛みが奔る。
だが、これでいい……!!
圧縮された風は、暴れ狂う嵐のように全身から一気に吐き出される!!
『ロッキング……ッ・テンペスト!!』
その瞬間、文化財建造物がまとめて吹き飛ぶ程の超加速が巻き起こる!!
「複合マギアか……!」
追葬が初めて狼狽えた。だが、そんなものは俺の眼中には無かった。
俺の脳裏に浮かんだのは、マナの笑顔。それを守るために――!!!
〈18時15分 モミの木の下にて――〉
俺がたどり着いた時、マナは皇帝と至近距離で話していた。
身の毛がよだつ光景。全走力で剣を構え、突進する――!!
「離れろおおおッ!!!」
ここに来て、俺は初めて皇帝を弾き飛ばした!
だが、急には止まれず大きく転倒する。
「ソウジ……!!」
土煙の向こうから、マナの声が聞こえる。
「大丈夫かマナ!?」
土煙が晴れた後、笑顔で駆け寄るマナの姿が映った。
「うん!無事――」
そうマナが言いかけた時――
ブシッ
――胸が痛くなるような、嫌な音。
俺は絶句した。
マナの胸を貫く赤黒い刃と、俺の手に握られていなければならないはずのモノがないことに――。
なんで……マナに……
「なんでマナに剣が刺さってんだよぉぉぉ!!?」
悲痛な叫びと共に、鮮血が飛び散るマナを駆け寄るのだった―。




