第45話「20限目 : やっとわかった この気持ち」
<帝暦2030年 10月3日 13時50分 王都総合学園 とある教室にて――>
「お邪魔させてもらうよ、レオ二ウス君。」
方眼鏡をかけた男が、低い声で扉を開ける。
「おいおい……何もできない校長が何の用だ?」
そこにいたのは、机に土足のまま足をかけたブリッツだった。
「体育祭まであと3日。それなのに君は不機嫌そうに見えるな、レオ二ウス。」
校長は軽く話しかける。だが、それがブリッツの神経を逆なでしてしまったようだ。
「喧嘩売ってんのか、ジジイ……」
次の瞬間、立ち上がったブリッツが躊躇なく椅子を投げつける。
椅子は、校長の脇を通り過ぎ、鈍い音をあげて壁にぶつかった。
「アイツがいなければ……こんなにむしゃくしゃすることすら無かったッ!!」
目を血走らせたブリッツが、指を鳴らす。彼の脳裏には、耐え難い出来事が今だこびり付いていた――。
俺はあの後皇帝から指摘を受けた。
今回の失態は、黒薔薇―ゲートを入学早々に始末しなかった俺の責任だと。
黒珠の破壊は第三皇子がやったことだが、アイツは一人じゃ何もできない奴だった……
それが…!
「……黒薔薇が俺の歯車を大きく狂わせた!!エルシアもアイも、俺のモンだ。奪った時点で俺しか見せない!」
「……それを脅かす奴には、血の雨を降らせる!!」
そんな凶暴な獣を、校長は瞬き一つせず見据えていた。
「……君がゲート君に狙いを定めることは予想できていた。」
「だが彼は君を眼中にも留めないだろう。」
校長の一言に、ブリッツの顔が歪む。
「アア?ふざけ――」
その時、奴は理解した。
この間黒薔薇と練習していた、あの女――。
「フンッ!馬鹿だな、テメェは。」
そう言って、ブリッツは意地の悪い笑みを浮かべながら教室を後にした。
しばらくすると、残った校長は天井を見上げながら苦笑した。
「見ての通り、私は彼より立場が弱い。流石、大司教候補生の権力は恐ろしいものだな。」
校長は一息つくと、真剣なまなざしに変わる。
「ゲート君と、彼の守りたい者達を頼むぞ、ルシファー。」
天井周辺が歪み、張り付いていたシュバリエッタが、カメラアイを点滅させた――。
※ ※ ※
――その頃、ブリッツはアイとともにビルの屋上に立っていた。
「マナ・ランドフェイト……テメェは黒薔薇を釣る極上のエサとして捌いてやる。クックッ……!」
この時、ブリッツは気づかなかった。アイが横で胸を押さえ、怨敵の名を呟いていたことを……。
「ゲー……ト」
※ ※ ※
<14時37分 シノクレ山温泉にて――>
「どうした兄ちゃん、恋煩いかい?」
「そっ、そんなことではないです!」
俺はゲート。Wデート中立ち寄った温泉で、見知らぬオッサンに悩みを指摘された高校生だ。
「……それで、恥ずかしさを隠すために僕をサウナに誘ったんだね。」
全身から汗を流しながら、メビウスが俺を見る。
「……君が悪いってわけじゃないんだけど、マナさんとの絡みを見てたこっちはハラハラしてたんだよ?」
「すまんメビウス、何も言えません……!」
あのツーショットのあと、マナは俺と目が合うと慌ててそっぽを向くようになった。
四人でお昼を食べている間も。
俺もなんだか気まずくって無言を貫いてしまった。
――思い出すと胃が痛くなる。
「俺……もう分からない。マナが俺をどう思って接していたのか。」
心臓が激しく鼓動する。
だが、返事は帰ってこない。それが熱の息苦しさをいっそう感じさせた。
――どれくらい経っただろうか。10分?いや、5分くらいかもしれない。
俯く俺を見て、メビウスがようやく口を開く。
「……相棒、よく聞いてほしい。」
「実はこのWデート、元は君とマナさんだけだったんだ。」
……え、なにそれ。
聞き捨てならない事実に、俺の体は硬直する。
「でも、彼女は直前に僕と姉様を誘った。口では親交を深めた方が楽しいなんて強がってたけど、本当は二人きりだと調子が狂うって気付いたんだろうね……。」
メビウスが静かに顔を拭う。
俺は今、数多の衝撃に頭がパンパンだ。なんだよ、それって友達としてじゃなくって……?
「マナ……。」
サウナの石が、ジュッと煙を上げた。
<女湯にて――>
「でも、それは自分の本心から目を背けただけだって気付いたでしょ?」
会長が私に現実を突きつける。
「――初めはただ興味本位だった。でも彼と過ごしていくうちに、今まで感じたことのない感情が芽生えた気がして……。私、それが怖くって――へっ!?」
その時、会長が私の頭を優しく撫でた。慰めるかのような、温かい手……。
「うんうん。マナちゃんなりに悩んでいたのね、偉い偉い。」
会長の言葉に、思わず目が潤む。
「さて、そろそろ上がりましょうか。これ以上はのぼせちゃいそう。」
会長が扉に向かう。私も後に続く。
「あ、そうだ。」
更衣室に入った時、会長が思い出したように口を開いた。
「あなたがどうしたいのか、考えておいてね!約束だよ!」
「ひぇ?!は……はい!」
そ、そうだよね。ここまで来て何も考えないのは有り得ないもん。
着替え終わり、私は声をかけようと横を向いた。でも、そこに会長はいなかった。
先行っちゃったのかな……?
そう思い、女湯ののれんを潜ると……
「マ、マナ!?」
ゲート君が椅子に腰掛けていた。
彼は私を見て、私は彼を見て同時に口にした。
「……は、話したいことがある。」
「は……話したいことがあるの!」
……え?!




