第40話「15限目 : 姉弟氷上決戦――エモーショナル・カンデライト〈覚醒〉」
※ ※ ※
「う……ん……?」
どこだ……ここは……?
「……ああ、僕の姉様"だった"人の部屋……か」
もう……見たくもない。
僕は再び蹲ろうとした。
しかし、あのドス黒い手が僕を無理やり起き上がらせた。
「顔を上げろ。逃げようとするな」
低く、冷徹な男の声。誰かは知らないし、知りたいとも思わないが。
「もう……放っておいてくれ!」
するとまた別の手が、僕の顔を乱暴に上げた。
「聞こえなかったのか?お前に言っている」
僕の顔が、グッと引き寄せられる。
「久しぶりだな、第3皇子」
目の前に映った声の主の姿に、思わず目を疑った。右目に眼帯をつけた黒髪の男。彼の瞳は悪魔のように赤く、凛としていた。
「――! 皇帝直属の騎士、ブレイド・ファントムシュナイダー……!なんでお前がここに……!?」
僕の体が、この男には勝てないと悲鳴をあげている。
だが、彼はその問いに答えずに話し始めた。
「さっきの出来事は、私の記憶の一部だ」
大きな衝撃が、僕の心に叩きつけられる。
(そういえば、ノイズの走った声とどこか似ていたような……?)
その考えを見透かすかのようにブレイドが目を閉じた。
ああ……そうか。再び怒りが込み上げてくる。
「あの場にいた筈のお前は、ブリッツの所業を何とも思わなかったのか……ッ!?」
害虫を見るような形相に、ブレイドは眉一つ動かさず見つめ返す。
だが何故か、彼の目が悲しそうに映った。
「やめてくれ!そんな……僕を憐れむような顔をしないでくれ――」
「あれはまやかしだ」
彼の口から出た、荒唐無稽にしか聞こえない一言。
僕は息が止まる。
は……?まやかし……?何を言って……
「実際には私が止めた。あの光景は貴様の心を折るための紛い物」
「心を、折るため……?どうして……!?」
「分からないのか?俺が貴様をこんなちっぽけな男ではないと、信じているからだ……!!」
また一つ、大きな衝撃が僕に突き刺さった。
――この男は、何をしたいんだ……?
皇帝の騎士……僕の敵が、師匠じみたことを言うのが理解できなかった。
「さて、あれを見て貴様は何を感じた?」
茫然としている僕を他所に、ブレイドから問いが出された。
「何……を?」
目を閉じ、思考する。
脳裏に映るのは、思い出したくもない反吐の出る記憶……。
――長いこと考えた気がする。ブレイドが痺れを切らし始めた頃、僕は大きく息を吸い、目をゆっくりと開けた。
「最初は……」
「……最初はあんなものを見て、僕は無力さに絶望した。いっそのこと、死にたいとすら思ったよ……」
ブレイドが僅かに肩を落とす。
「だけど……!」
僕は大きく息を吐き、彼の目を見る。
「潰したいって気持ちもあった……!!あんな下品な輩に……、姉様を汚されるなんて冗談じゃない……ッ!!あの人はこの手で、必ず取り戻すって……!」
ブレイドの方へ歩きながら、僕は拳を握りしめる。
「あのブリッツ・レオニウスの事は……僕の相棒に任せる……!」
僕の想いに呼応するかのように、ゲート君の幻影が隣に現れる。
今なら分かる……あの時の僕にはない、強いものがあるって。
隣に現れたゲート君の幻影が一瞬、笑ったような気がした。
張り詰めていた空気が、一気に動きを始める。
「……それが貴様の進む道か」
ブレイドが静かに呟き、長物を投げつける。
「メビウス・ディ・アルトリアッ!!」
「斬りたいものだけ斬る力……貴様の覚悟に免じて、伝授しよう」
僕は彼の投げたもの……神剣ルティウスを握りしめながら頷いた……!
その瞬間、空間全体が加速していく……!
「これから貴様が見るのは絶望の瞬間……。斬りたいものだけを斬れ」
――そして、何千、何万もの絶望を見せつけられながら、気の遠くなるような鍛錬をした。
姉様とブリッツの距離が近い展開……何度も何度も斬った……。
当然、何度も折れそうになったさ。
でも、ゲート君が……ブレイドがいてくれたから、僕は剣を振るい続けられた……!
「あなたは誰も救えない……私を救えない……」
姉様の冷たい言葉が、僕を折ろうとする。
「いいや、救ってみせるさ!僕は掴んだんだ……!」
彼女に向かって剣を振り上げる。
「憎しみじゃダメなんだって……。僕はあなたを――!」
姉様を縛り付ける、ドス黒い鎖。
ルティウスがそれに吸い付いていく。
――もう、大丈夫だ。
『【いけっ…!メビウス……!!】』
――"エモーショナル・カンデライト"――。
※ ※ ※
〈帝暦2030年 9月26日 17時11分 商業施設“ワルキュリア・シティモール” カフェテリア付近にて――〉
突如、周囲の破片が大きく吹き飛ぶ。
「何よ、一体……!?」
アイが距離を取る。
「どうしたの、アイちゃん……!?」
遠くにいたエルシアが状況を確認しようとする。
「迎えに来たよ、姉様」
戦場に響く優しい声。
そこにいたのは――メビウスであって、メビウスではない。
覚醒の剣士が、柄を握りしめる。
「断ち切らせてもらうよ、その悪意」




