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第26話「1限目:失血の微笑み――誰も信じられない」


 この男、露骨に舐め腐っている。こういう輩はよくいるが、やはり感じが悪い。

 

「ホォ……。こいつらが生命の大司教様を殺害した反逆者ですか、恋慕様?」

男はルシファーを見ながらニヤリと笑う。


「ええ、そうです。ですが彼らにはもうそんな事は考えることすらできません。私の教えによって、教会に……帝国に忠実な犬となりましたから」


ルシファーは毅然として答える。


(そうだ……今は立場的に不利すぎる)


俺達が反逆者ということは、既に王都中で知られている。加えて、あのショッピングモールでの出来事――『ワルキュリア・シティモールバイオテロ事件』の首謀者という濡れ衣も着せられている。ルシファーの仕向けた市民は正気に戻したそうだが。


(世間のお尋ね者が、王都一の学校で下手な動きをできるわけがない。クソッ……!)


それを聞いた男はなんと、アイの頬を触り始めた……!


「ヒッ……!」


男は指を動かしながら、アイに顔を近づける。


(クソッ!入学式前からこんな歯痒い思いを……!)

俺は不甲斐なさに拳を握りしめた。


「なあ女…。俺はお前の肌が好みだ。なんなら高値で買って――」

男が最悪な言葉を言おうとしたその時。ルシファーが不気味な笑顔でヤツの手をアイから引き離した。


「どなたか存じませんが……」


空気が震える。

俺の足も、震えた。


「私のペットに、気安く触らないでください」


恐ろしい気迫。

周囲の生徒、保護者も戦慄していた。

ルシファーの威圧、そして教師陣の視線――。


それらを感じた男は、手を振りほどいた。


「……チッ」

ヤツは踵を返して離れた席に帰っていく。

「まあいい……。だが覚えておけ」

ヤツがアイの方を振り返る。その目は、全く諦めていないかのようだった。


「俺は必ずお前を手に入れる……このブリッツ・レオニウスの下僕としてなぁ……!」


式場がざわめく。


「……おい、レオニウスって」


「あの特待生の…」


「あの人に欲しいなんて言われてッ……!あの女ぁ……!」

特待生とお尋ね者4人の、一触即発の出来事――。

皆が怖がるのは当然だ。だが……


(ブリッツ・レオニウス……何故アイに執着を?見た感じ初対面だったから一目惚れか、それとも……?)


俺が思考を巡らせている最中、式場中に荘厳な音楽が響き渡った。



 入学式の開始を知らせる合図だ。

 初めに登壇に着いたのは、片眼鏡を掛けた中年の男だった。

彼は重々しい口振りで話し始める。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。校長を務めております、ロイモンド・ヴィダーランドです」

周りから感嘆の声が上がる。つまり、それだけ彼は人望のある人間なんだろう。


「この王都総合学園は小中高一環校。様々な年齢層と交流を深め、切磋琢磨し、強く、逞しい翼を養っていきましょう――」

話を聞いている最中、ソニアが隣にいる俺に小声で話しかけた。なんだか渋い顔をしている。


「なんだか……あの人って変な感じです。常に誰かを気にしているかのような……」

俺はロイモンド校長をじっと見る。だが、何も変とは思えない。


「う〜ん、気のせい――」

そう言おうとした時、背中に隠していた黒薔薇の剣が、急に熱くなった…!


「んんっ……!」

ギリギリで、声を抑える。危ね〜!


このタイミングで……てことは!

「ソニアの言う通りかもしれない。あの男、何かある……!」


そう言って、俺達はまた身体を真っ直ぐにした。



「……私からは以上です。続いて、生徒会長から皆さんにメッセージがあります」


校長が登壇から降りる。そして入れ替わるように低めのサイドポニーテールの美少女が出てきた。

その姿に、あちこちで嗚咽が漏れる。


式場のほとんどが輝きを帯びる。しかし、メビウスは小刻みに震え、唇を噛み締めていた。まるで、今すぐにでも登壇に向かいたいかのように――。


彼女はおっとりとした口振りで話し始める。

「はーい皆さん、ご入学おめでとうございます!わたしは王都総合学園生徒会長、エルシア・ディ・アルトリアです!」

可愛らしい声だ。アイやルシファーも、思わず頬を緩ませた程だ。


銀髪に、紫色の瞳――。


(なるほどな。メビウスの姉ちゃんっていうのも頷ける……)

そして彼女が、俺達の……メビウスの標的だ。


俺はエルシア会長を見据える。

至って普通……いや、流石生徒会長といったオーラを醸し出している。メビウスの言っていた、心を弄ばれたような面影は今のところ見受けられない。

だが、心配ないというのは早計だ。校長の件もあるし、さっきから何処か勘の鋭いようなソニアに小声でそっと聞く。

「ソニア……会長から、何か感じるか?」


ソニアは少し間を空けて、首を小さく横に振った。

「会長さんは……特に何も感じません。ですが、メビウスさんから憎しみが溢れているのを感じます……!」


ということは、メビウスの姉としてのエルシアは、目の前にいる会長とは違う性格、或いは雰囲気だってことなのか……?


アイは金色の魔眼『女神の彗眼〈ディア・オクルス〉』を使って、登壇周りを観察している。


(何にせよ、入学式が終わるまでは何もできない……)


俺達は頭を酷使しながら、式が終わるのを待ち続けた――。


  ※        ※        ※


〈1時間後――〉


「――以上をもちまして、入学式を終了します。新入生の皆さん、順番にご退出をお願いします」


アナウンスと共に、拍手を受けながら生徒達がゾロゾロと席を離れていく。


しかし、ただ一人を除いて。


「おいッ――!?」

メビウスが凄まじい速さで、拍手をしているエルシア会長に向かっていく。



「それは聞いてねェぞ……メビウス!」


周囲のどよめきが増していく――。


「ハァ、ハァ……ッ!姉様!!」


メビウスがエルシア会長の手を掴んだ。


「姉様……!会いたかったよ姉様……!やっと迎えに行け――」



――絶対に鳴ってはいけない音が、どよめきを掻き消した。


一瞬、場の空気が凍りつく――。


「……え?」


俺は自分の目に映った光景に絶句する――!!

頬が赤く腫れたメビウス、そして微笑みを浮かべ、手のひらを赤くしたエルシア会長の姿を。


「ごめんなさいね……。あなたが姉様なんておかしなことを言うもんだから、つい」


おっとりした口調から滲み出る、否定の言葉。


「私はね……あの子のお姉ちゃんだから」


“あの子の”……。


その一言は、メビウスにとって余りにも苦しすぎた。

顔は蒼白に、そして涙が溢れ出る――。

「そ……ん……ッな!!」


動揺に動揺を重ねた彼は、余りにも痛々しかった。

「いや……誰だよ"あの子"って!答えてくれ姉――!」



「秘密よ。皆さん、この悪い子をお願いします」


彼女はそう言って式場を後にした。


 茫然とするメビウス。そんな彼を、どこからとも無く現れたサングラスの男達が連れ去ってしまった――。


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