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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第7部:宿命の決戦 ―1692年、再臨する勇者と老狼の牙―

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第88話:茂みからの独白――観測者の嘲笑と、揺らぐ因果

残響の森――鋭敏なる瞳の余韻


(黒鉄期1692年:夕刻、人智十字教会廃墟・裏手)


冒険者組の四人が、内臓を掻き回すような濃厚な血の匂いを振り払い、廃墟から這い出すように立ち去ってから、およそ十分が経過した。


森は再び、静謐という名の重苦しい帳を下ろしている。鳥の囀りは不自然に途絶え、風が梢を鳴らす音さえも、凄惨な処刑場と化した教会を避けるように遠ざかっていた。土に還ることさえ拒むような、呪わしく濃密な「死」の重圧。それは教会の石壁を伝い、周囲の木々の根を腐らせ、大気をどす黒く変質させていくかのようだった。


その時、梟が立ち去り際に放った、あの氷の楔のような鋭い視線が射抜いた場所――廃墟裏手の、日光さえ届かぬ鬱蒼とした茂みが音もなく揺れた。


深いフード付きの外套を纏い、木々の影にその輪郭を完全に溶け込ませていた一人の女性、レラ・ゾディアックが、闇そのものが実体化したかのように姿を現す。


外套の陰に隠された顔の半分からは、三日月のように吊り上がった口元だけが覗き、そこには冷ややかで、それでいて残酷なほど無邪気な愉悦が貼り付いていた。


彼女は、かつて聖所と呼ばれた廃墟の入り口、そして愛すべき戦友たちが無残な肉塊と化した地下へと続く「死の口」を交互に見やり、満足げに喉を鳴らして息を吐き出した。


「ふう、危ない危ない……。聞いていた通り、気に敏いメンバー揃いじゃない」


彼女の眼差しは、先ほどまで梟が立っていた、冷え切った地面へと向けられた。


未来の英知を継承する賢者の弟子――その少女が放った、一瞬の「察知」の鋭さを舌の上で転がすように、レラは白く細い指先で自身の顎をなぞる。


「あの賢者の娘(梟)かしら。鋭いわね。単なる魔力の揺らぎを追っているんじゃない。世界の理が軋む音、その不協和音そのものを本能で嗅ぎ取ろうとしている……。――まあ、いいわ。蜥蜴も、鷲も、熊も。そして、あの救いようのないほど尊大で、黄金のたてがみを振りかざしていた偽りの獅子も、皆、この時代の土くれに変わった」


________________________________________


半減した希望――勇者の落日を見上げて


レラはゆっくりと、折れそうなほど細い首を傾けて空を見上げた。


鬱蒼とした木々の隙間から覗く天蓋は、黄昏の残滓を夜の帳が飲み込み、深い濃紺へと溶け合っている。星々がまばらに瞬き始めたが、それは輝きというよりは、命を落とした勇者たちの魂が、帰るべき未来を失って虚空を彷徨っているようにも見えた。


「これで、『勇者』の灯火は半減したわね」


その言葉には、未来を救うはずの英雄たちに対する敬意など、塵ほども混じっていない。彼女の瞳に映る彼らは、未来から「時反しの魔術」という禁忌を犯してまでやってきた精鋭などではなく、盤上を汚す無能な駒、それも既に利用価値を使い果たした廃棄物に過ぎないのだ。


レラは、遠ざかっていく冒険者組が残した、微かな、だが確かに震えている気配を、透明な糸を手繰るように見据えながら、独り言を続ける。その声は湿った森の露に溶け、蜂蜜のような甘さと猛毒を孕んで響いた。


レオたちが、あの無残な肉の山を見てどれだけ恐れをなしたかしら。彼らはこれから、一生終わらない眠れない夜を過ごすことになる。獅子たちが死の間際に、どのような『絶望』と『困惑』を見たのか。それを鏡の中の自分に問いかけ続け、疑心暗鬼に魂を削り取られながらね……。――『この時代に、未来の勇者を子供のように蹂躙し、一方的に葬り去る怪物がいる』。その事実が、彼らの強固な自尊心を内側から、一滴ずつ腐らせていく。最高に愉悦を感じると思わない?」


________________________________________


二つの影――ルーベンカーへの問いかけ


彼女は廃墟に背を向け、迷いのない、優雅ですらある足取りで歩き出した。


数多の死体が転がり、かつての仲間たちが名もなき残骸へと成り果てたその場所から離れることに、彼女は何の躊躇いも、哀惜の念も、一欠片の忌避感すら抱いていない。


「……ねえ、ルーベンカー。残りの四人は、これまでの雑魚のようにはいかないよ?」


レラは、まるで自身の影に潜む獣、あるいは背後の闇に溶けているもう一つの人格に語りかけるように、艶やかな笑みを深めた。彼女の視線は虚空を泳いでいるようでいて、その実、この世の裏側に広がる、血と怨念が渦巻く深淵を真っ直ぐに覗き込んでいる。


「リーダーの虎、そしてあの賢者の娘。彼らは『時反しの魔術』という理不尽な重荷を背負って、わざわざ殺されにこの時代へ立ってきた者たち。半分は消したけれど(くすっ)、生き残った半分は、そう簡単には首を差し出してくれない。……どうする?復讐という名の晩餐の仕上げとしては、最高に厄介で、最高に芳醇な獲物が残ったわよ」


彼女の独り言は、夜の帳が完全に下りた森の静寂に吸い込まれ、誰の耳に届くこともなく、霧のように冷たく散っていった。


レラの影は、青白い月明かりを浴びて森の奥深くへと、どこまでも長く、歪に伸びていく。


これから起こる予測不可能な事態、そして血塗られた「過去」と、奪われた「未来」が正面衝突し、共に砕け散る瞬間を夢想しながら――。


彼女の足取りは、死を告げる冬の風のように、残酷なほど軽やかだった。


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