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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第6部:『守護者の二十年 ― 「ルーパート」という名の仮面』

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第38話:開発村にて(承)――「月光」が照らす未来の断片

ルーベンカーが三十一開拓村に身を落ち着けてから、数週間が経過した。


最初の夜、村の男衆から受けた「酒の洗礼」は、彼のいた時間軸にはない、野蛮なまでに荒々しい歓迎の儀式だった。未来の戦場では決して味わうことのない強烈な地酒に、獣人の鋭すぎる感覚をかき乱され、泥酔のあまり数日間は調子を狂わされたものの、結果としてその夜は村の懐に深く入り込む契機となった。


彼はその卓越した狩りの腕前と、物静かながらも芯の通った態度で、村人たちの信用を一歩ずつ勝ち取り始めていた。


しかし、開拓地の平穏とは常に薄氷の上にある。その夜の男衆の寄合は、湿った空気と、底冷えのするような沈黙に包まれていた。


________________________________________


孤立する砦


村長の息子カイルが、命懸けで領都から持ち帰った情報は、村全体を絶望の淵に突き落とすに十分な毒を孕んでいた。


「――以上が、俺のこの目で見てきた現実です」


カイルが声を震わせながら報告を終えると、囲炉裏を囲む男たちの顔色は土色に変わった。


この深い「森」の驚異から身を守るため、互いに狼煙を上げ、物資を融通し合ってきた八つの連携開拓村。そのうちの三つが、わずか数日のうちに機能停止に陥ったという。


「三十四開拓村が……全滅だと」


村長が、魂を削り出すような声で呻いた。


「ええ。魔生物の大群に一夜にして呑み込まれたそうです。生存者は皆無。その惨状を目の当たりにした二十六と二十九の村は、戦う気力を失い、村を放棄して領都方面へ逃げ出したと」


周辺の連携網が完全に崩壊した今、孤立無援となった三十一開拓村が次の標的になるのは火を見るより明らかだった。


「……もはや、ここまでか。村を放棄し、山を下りることを考えねばならん」


村長の苦渋に満ちた決断が口にされようとしたその時、ルーベンカーは静かに、しかし激しく思考の海を潜っていた。


(おかしい。この村は、あった。俺の知る八十年後の歴史の中で、三十一開拓村は北方の要石として健在だったはずだ。魔生物に滅ぼされた記録も、この時期に放棄された記録もない。……だとしたら、歴史の教科書には載っていない「何か」が、この絶望的な状況を覆したはずなんだ)


彼は過去の記憶、未来で学んだ魔生物学の断片、そして当時の文献に記されていた曖昧な記述を必死に掘り起こした。魔生物の行動原理、忌避物質、古代の防衛魔術……。


そして、一つの「植物」の名が脳裏に閃いた。


「そうか……月光鮮花げっこうせんかの花粉か」


うっかり零れた「未来」


それは、静寂を切り裂く独り言だった。


「何だ?今、何と言った、ルー」


村長の鋭い問いかけが飛んだが、没頭していたルーベンカーは止まらない。


「月光鮮花の花粉を抽出して……確か、熱で固めて、第二等級魔鉱石の核に定着させれば……」


「おい!ルー!何の話だ!」


村長がルーベンカーの肩を掴み、激しく揺さぶった。その切羽詰まった力に、彼はハッと我に返った。


(しまった……口に出していたか)


瞬間的に冷や汗が背中を伝う。彼が今口にしたのは、八十年後の未来では農村の納屋にすら置かれている「量産型魔生物除け」の製造法だ。この時代にはまだ、影も形もない技術である。


「あ、いや……ええと、魔生物除けの魔術式具の話です。それで、第三等級程度の魔生物なら侵入を防げるはずだと……どこかで聞いたことがあって」


「第三等級を弾くだと?そんな馬鹿な。領都の聖堂騎士団が使うような業物じゃないか。そんなものが、こんな辺境で作れるというのか?」


村長の目に、縋るような期待の光が宿る。ルーベンカーは内心で激しく舌打ちしながら、必死に言い訳を構築した。


「あー、いや!現物は見たことがないんです。旅の途中で知り合った風変わりな魔術師が、研究所で開発中だと自慢していた話でして。その『月光鮮花』とやらが滅多に見つからないから実験が進まないとぼやいていたのを、ふと思い出しただけで……」


村長の顔から、みるみるうちに希望が剥落していく。


「……なんだ、夢物語か。期待させやがって」


落胆する男衆の姿に、ルーベンカーはうなだれた。過去への干渉の恐ろしさを誰より知っているはずなのに、故郷を救いたいという本能が慎重さを上回ってしまった。


オレリアの「知恵」と男たちの咆哮


そこに、男たちの乾いた喉を潤すための飲み物を運んできたオレリアが、ひょいと首を傾げて会話に混ざった。彼女は、今のやり取りをすべて聞いていたらしい。


「へぇ。あの花、そんなにすごい効果があるんだ。今度、お茶のついでに摘んでこようかな」


盆を抱えて部屋を出ようとする彼女の背中に、村長が雷のような声を浴びせた。


「待て!オレリア!今、何と言った!」


「きゃっ!びっくりさせないでください、村長。……だから、今度摘んできますよ、って」


「その……何だ、月光茶葉(?)とかいう花が、どこにあるか知っているのか!?」


「村長、月光『鮮花』ですよ。はい、知っています。森の北側の湿地に、ひっそりと群生している場所があります。夜になると青白く光るから、すぐに分かりますよ」


その瞬間、部屋の空気が爆ぜた。


「おい、ルー!その月光煎茶(?)と、第二等級魔鉱石があれば、その魔生物除けは本当に作れるんだな!?」


(名前がどんどんお茶になってる……)


オレリアが呆れたように小さく呟く中、ルーベンカーは腹を括った。ここで「できない」と言えば、この村は歴史から消え、未来のラビスも、自分も消滅するかもしれない。


「……やり方は、覚えています。道具さえあれば、形にはできるかと」


「よし、決まりだ!野郎ども、聞いたか!明日の朝一番、その月光煎茶を取りに行くぞ!」


村長の号令に、それまでの絶望が嘘のように、男衆が一斉に拳を突き上げた。


「おおーっ!」


「道が見えたぜ!こいつは前祝いだ、酒を持ってこい!」


「おうよ!!」


沸き立つ男たちを横目に、オレリアは溜息をつきながら隅っこで独り言をこぼした。


「月光鮮花ですよ……間違ってますよ……」


夜が更けても、村の寄合所からは久しぶりの明るい笑い声が漏れていた。


後で村長に「お前のひとことが村を救った」と肩を叩かれたが、ルーベンカーは暗い影の落ちる窓辺で、一人苦悩に顔を曇らせていた。


(まずいことになった。歴史を「修正」するために来たはずが、俺自身が歴史を「加速」させているんじゃないか?どこまで未来の知識を出すべきなんだ……。だが、あいつらが来るまであと二十年。この村が滅びては、元も子もない……)


彼の不安を他所に、運命の歯車は「月光」の導きによって、激しく回り始めた。


勇者たちが来る二十年前、この三十一開拓村は、一人の「未来人」の手によって、時代を先取りした要塞へと変貌を遂げようとしていた。


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