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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第5部:因果の円環 ―九人目の勇者と魔王の算断―

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第34話:勇者狼の軌跡(ルーベンカーの物語)

ルー、あるいはルーベンカー。後に「勇者狼」という偽りの称号を与えられることになるその男の歩みは、人族と魔族、そして獣族がせめぎ合うオース大陸の狭間に落ちた、孤高の影の歴史そのものである。


境界の村と、血の刻印


彼は黒鉄期1727年、王国最辺境の入植地「31開拓村」に生を受けた。


父は、押し寄せる魔生物から開拓民の命を守るために派遣された熟練の冒険者であった。開拓村を包む厳しい寒さと死の気配の中で、父は現地に住まう純血の狼獣人の女性と恋に落ちた。そうして生まれたのが、人族と獣族の血を引くルーベンカーである。


平穏は長くは続かなかった。黒鉄期1733年、村を未曾有の魔生物災害が襲う。父たち冒険者団と開拓団は、愛する家族と土地を守るために防波堤となって立ち向かったが、圧倒的な暴虐の前に一人、また一人と帰らぬ人となった。


当時、わずか6歳。ルーベンカーの記憶に残ったのは、父の鮮明な思い出ではなく、村を血の色に染め上げた魔獣の咆哮と、絶望に濡れた母の涙だけだった。


牙を隠した成長


父を亡くした後は、母の手で育てられ、同じく開拓団に加わっていた獣人の祖父から厳しく鍛え上げられた。


ルーベンカーの肉体には、両親が持つ狼獣人の特性が色濃く、そして苛烈なまでに継承されていた。鋼のような筋力、音もなく地を駆ける脚力。何よりも、数キロ先の獲物の動きを捉える視力、雪が降る音さえ聞き分ける聴力、そして大気の中に混じるわずかな感情の機微さえ嗅ぎ分ける嗅覚。


その異質なまでの五感は、周囲の人族の子供たちから彼を明確に切り離した。


「力を隠しなさい、ルー。それは大切なものを守る時まで、誰にも見せてはならないのよ」


母は、息子が「異端」として迫害されることを何よりも恐れ、細心の注意を払うよう言い聞かせた。ルーベンカーは己の中に眠る「獣」の衝動に戸惑いながら、その牙を隠して成長していった。


異端者たちの邂逅


そんな孤独な日々の中で、彼は一人の不思議な少年と出会う。村長の元に身を寄せていたレオリナという女性の息子、ラビスである。


ラビスは村で最も聡明な子供であった。村長の書斎の古文書から、隠居魔術師の秘蔵書に至るまでを瞬く間に精読し、特に「魔術」の理に対して異常なまでの理解を示した。


ルーベンカーは、ラビスに対してある違和感を抱いていた。年を重ねるごとに己の体格が変わり、声が変わっていく一方で、ラビスの姿はまるで時が止まったかのように幼いままだったのである。


「ラビス、君は年を取らないのか?」


ある日、ルーベンカーが尋ねると、ラビスは静かに微笑んだ。


「取っているよ。ただ、君よりもずっとゆっくりとね」


ラビスは、己の中に目覚めた強大すぎる「魔法(事象改変能力)」の影響を抑え込むため、自らに魔術をかけ、成長を遅延させていたのだ。魔族でありながら魔法を行使できるという、世界の理から外れた己の異常性。


人として異常な身体能力を持つルーベンカーと、魔法を使える異端の血を持つラビス。周囲から「他者」として見られていた二人が惹かれ合ったのは、もはや必然であった。彼らは誰にも理解されない孤独を共有し、互いの秘密の番人となった。


旅立ちと「銀狼」の伝説


14歳になったルーベンカーは、村を旅立つ決意をする。


「あなたはおじい様の生まれ変わりなの。だから同じ名前をつけたのよ。おじい様のように、あなたも戦って大切な何かを守れる人になりなさい」


母のその言葉こそが、彼の背中を押す唯一の光だった。旅立つ朝、ラビスはどこか皮肉げに、しかし確かな信頼を込めて告げた。


「いい経験になるといいね」


冒険者ギルドに登録したルーベンカーは、その類まれな能力を解放し、瞬く間に「銀狼」の異名で知られる一流の冒険者へと駆け上がった。しかし、その卓越した五感ゆえに仲間の慢心や欺瞞も見抜いてしまう彼は、パーティを組んでも長続きせず、常に単独で戦場を渡り歩く日々を送った。


黒鉄期1734年、人族と魔族の全面衝突「枯れ野の斬撃戦」が勃発。18歳となった彼にも召集がかかったが、彼はこれを拒絶した。


「人族至上主義など、王侯貴族のエゴに過ぎない。魔族も獣族も、同じこの大陸の住民ではないか」


そんな折、旧友ラビスから一通の手紙が届く。


(“人族と魔族は、いずれ取り返しのつかない戦いを始める。その時、君の力を貸してくれるかい?”)


この手紙を境に、彼は単なる冒険者であることをやめた。大陸を流れる情報の質を見極め、世界の歪みを探る影となった。


伝説となったのは、街道に現れた300人を超す略奪山賊団をたった一人で壊滅させた事件である。敗戦で規律を失った元王国兵たちの残党を、彼は闇夜に紛れ、ただ一人の死傷者(商人側)も出さずに処刑した。


この武勇が人智十字教会の目に留まり、彼は本人の意思を無視して「勇者狼」という名の偶像に担ぎ上げられたのである。


偽りの勇者、真の忠誠


黒鉄期1750年末、教会による勇者招集。ルーベンカーはこれを断ったが、ラビスからの密書が再び彼を動かした。


(“担がれて魔王になったよ。勇者として王国軍に参加してくれないか。そして、得た情報を僕に知らせてほしい。故郷を、僕たちの家族を守るために”)


密偵。勇者の名に泥を塗る背信行為。しかし、ルーベンカーに迷いはなかった。彼が守りたいのは、教会の説く「正義」ではなく、31開拓村の土を踏む母の平穏であった。


彼は王国軍の内部情報をラビスへ送り続け、1751年、賢者エウレが立案した「魔王暗殺計画」の全貌をも伝えた。


ラビスの返信は、すべてを悟りきった王の言葉だった。


(“分かった。妨害はしなくていい。君もその計画に参加してくれ。すべてが終わったら、合流しよう”)


最後の大戦。ルーベンカーら12名の勇者は、魔王ラビスの絶技の前に一瞬にして散った。


友の放った魔術の刃が己の肉体を切り刻む瞬間、ルーベンカーは安堵していた。これで自分の役割は終わった。これで故郷は、母は救われるのだと、確信しながら死の淵へと落ちていった。


――そして今、彼は友の手によって、再びこの狂った世界に呼び戻されたのである。



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