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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第5部:因果の円環 ―九人目の勇者と魔王の算断―

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第30話:秘匿記録:オース王国終焉の真実、あるいは潰えた福音

――「ラブラリア包囲戦」に至る因果の再構成――

本文書は、黒鉄期1751年の「ラブラリア包囲戦」において、公式記録から抹消された王国軍内部の動揺、および賢者エウレが主導した「禁忌の三提案」の成立過程を詳述するものである。

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第一章:序幕、あるいは敗北の代償


黒鉄期1745年、秋。オース大陸の命運を懸けた「枯れ野平原」の斬撃戦は、凄惨な沈黙と共に幕を閉じた。


王国の民、そして誰よりも前線に立った騎士たちが疑っていなかった「人族の絶対的勝利」は、魔王ラビスという一個の特異点によって、完膚なきまでに打ち砕かれた。


考証によれば、当時の王国軍は最新の魔導甲冑を纏った重装騎兵団を主軸としていた。しかし、ラビスが放った空間干渉魔法の前では、物理的な防御力は何の意味もなさなかった。指先一つで生じた魔那の真空――それは空間そのものを削り取る「絶無」の術式であった。精鋭たちが一瞬にしてひしゃげた鉄屑と化し、その隙間に血肉が混ざり合う光景は、生き残った者たちの魂に「人族の時代の終焉」を予感させるに十分だった。


王都、黄金の謁見の間。そこにはかつての栄光を象徴する華やかさはなく、ただ支配者の焦燥が作り出す重苦しい圧迫感だけが支配していた。


「誰が……誰が我が王国の権威を泥に塗ったのだッ!!」


老王の咆哮が、大理石の柱に跳ね返る。その足元には、敗戦の責任を問われ、捕縛された前将軍と二人の副将軍が平伏していた。


「前将軍。貴公の無能が、我が軍の十の精鋭を失わせた。その罪、万死に値する」


王の宣告は短かった。前将軍は弁明すら許されず、近衛兵によって引き立てられた。数分後、中庭で鈍い音が響く。彼の血が王宮を汚すことはなかったが、その死は「騎士道による戦争」が完全に敗北したことの、残酷な句読点となった。


王は、残された二人の副将軍を、血走った眼で睨み据えた。


「さて、お前たち。どちらがこの『呪われた地位』を引き継ぐ?失敗は死だ。だが、断ることもまた死であると知れ」


戦慄が走る沈黙の中、一人の男が震える膝を突き、前に進み出た。


「……陛下。私めが、軍を立て直しましょう。必ずや、魔族の首をこの間に捧げます」


後に「死への行進」を指揮することになる新たな将軍は、勝利への確信など欠片も持っていなかった。ただ、目の前の処刑を先延ばしにするための、絶望的な猶予を乞うたに過ぎなかったのである。


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第二章:賢者エウレの三つの提案、あるいは狂気の算断


新将軍が絶望の中で立ち尽くす中、謁見の間の大扉が静かに開いた。


現れたのは、人智十字教会の最高権威、ウィルヘルム4世大司教。そして、その背後に影のように従う、教会の顧問賢者エウレであった。エウレの瞳には、敗北への怒りを超越した、冷徹な「観測者」としての狂気的な光が宿っていた。


「王よ。軍靴を揃えるだけの旧態依然とした戦術では、世界は救えませぬ」


エウレは宰相の制止を視線一つで黙らせ、教典を開くように三つの提案を突きつけた。


第一の提案:肉の壁の構築(消耗戦の極致)


「一つ。王国軍を再編し、農民から浮浪者に至るまで十万人規模の『肉の壁』を集められよ。彼らは精鋭である必要はない。魔王が放つ絶大な魔術をその身で受け、彼の魔那を枯渇させるための、安価な触媒として機能すればよいのです。そこに我が教会の騎士団を、真の『刃』として合流させます」


第二の提案:勇者という名の暗殺者(倫理の破棄)


「二つ。正面からの軍事力でラビスを討つのは、蟻が巨象を倒そうとするに等しい。故に、騎士道の美徳を捨て、正義を捨て、ただ『効率的な抹殺』のみを目的とした特異個体群――勇者団を編成されたし。彼らは称賛される英雄ではなく、魔王という癌細胞を排除するための精密な外科手術用メスでなければなりません」


第三の提案:因果の訂正(時反しの禁忌)


「三つ。これが最も重要です。第3の大魔術、世界の法則そのものに干渉する『時反し』の研究を許可されたし。もし、この時代におけるあらゆる試みが敗北に終わった際、我々は歴史そのものを書き換え、魔王が存在しない過去へと遡らねばならぬ。神への祈りでは奇跡は起きませぬ。計算された因果の操作のみが、人族を救うのです」


王は、エウレの提示した非道な論理に、まるで救いを見出したかのように賛同した。


「数年はかかりましょう。資源、魔那、そして何より人族の倫理という枷を外した実験体が必要です」


エウレの言葉は、王国が築き上げた倫理体系を「真理」のための供物にするという、冷酷な宣戦布告であった。


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第三章:将軍の苦悩、あるいは「小さな闘争」


挙国一致体制の名の下、王国は急速に「戦争機械」へと作り変えられていった。


しかし、新将軍だけは激しい自己矛盾に苛まれていた。彼はかつて、魔生物の攻撃から民を守るために設立された騎士団の誇りを胸に剣を執った男だった。


歴史的背景を補足すれば、黒鉄期初期は「第二次開拓」の時代であり、人族と魔族は共生関係にあった。彼が愛読していた古記録には、隣人の血の色を問わず、共に未開の地を耕し、新しい社会を夢見た人々の誇りが綴られていた。


(魔王ラビスを、あのアラミス家の少女を惨殺した教会の論理で、なぜ我らが追い詰めねばならぬのだ?)


内紛の発端は、魔族混合種の少女に対する凄惨な私刑であった。それを「神の正義」として擁護した教会のやり方に、将軍は反吐が出るほどの嫌悪を感じていた。


「……同じ国民同士で、なぜこれほどまでにならねばならなかった」


彼は、賢者エウレの「勝利の論理」に対し、一個人の「倫理の論理」で抗うことを決意した。それは、暗殺と禁忌魔術に傾倒する王国軍内部で起こった、最も小さく、しかし最も気高い孤独な闘争であった。


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第四章:平和への試み、あるいは絶たれた福音


将軍は自らの良心に従い、一つの「賭け」に出た。


彼は魔王ラビスに対し、誠実な和平を乞う書状をしたためたのである。王命を無視し、エウレが構築する絶対的な論理に背く、命懸けの裏切りであった。


「これを持って魔王の元へ行け。そしてこの書状を、彼に届けてくれ」


腹心の部下に託されたその書状には、人族としての謝罪と、血を流し合わないための共生への細い道筋が記されていた。


だが、賢者エウレが張り巡らせた「観測網」は、将軍の理想を、世界の存続を脅かす『計算エラー』として即座に検知した。


部下が城門を潜り抜けようとした、その刹那。影の中から、音もなく一人の男が現れた。後に勇者「蜥蜴」と呼ばれる、感情を排した探索者である。


「どちらへ?その胸の『不純物』を、我らが清めて差し上げよう」


短剣の冷たい感触が、部下の首筋を撫でる。奪い取られた書状に記された「和平」という文字を、暗部の男は無感動に、ただ処理すべき単なるデータとして見つめた。


「……残念だ」


翌朝。新将軍は「極度の心労による急逝」として葬られた。彼が抱いた騎士の良心は、王国の最深部で完全に敗北したのである。


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第五章:非情な勝利の論理、あるいは勇者団の産声


将軍という最後の「理性」を排除したエウレの計画は、加速する。


選抜された者たちは、既存の倫理を徹底的に解体・再構築される特殊な訓練を施された。「正義とは、最後に立っている者が定義する結果に過ぎない」という教義が彼らに植え付けられた。


•「獅子」:敗北の恐怖が彼を高潔な騎士から「任務遂行の獣」へと変えた

•「蜥蜴」:感情機能を削除し、抹殺のみに最適化された

•「梟」:世界を数式と魔那の流動としてしか捉えない、エウレの愛弟子

•「虎」:異類婚姻の末に生まれた混血。その血を呪いながら、力を利用される。


彼らは自らが「暗殺者」であることを自覚しながら、世界を救うという美酒に酔わされ、研ぎ澄まされた刃へと変貌していった。


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第六章:円環の始まり、あるいは禁忌の完成


5年の歳月が流れた。王国の全資源を注ぎ込み、無数の命を糧にして、エウレの第三の提案――「時反しの魔術」は、ついにその禍々しい全貌を現した。


考証によれば、この術式は真精霊の転移術を「因果律の逆転」へと応用したものである。地脈(魔那)を無理やり逆流させ、世界の因果律そのものに穴を穿つ。


1751年。


王国の倫理と将軍の遺志を供物として完成した「勇者団」は、領都ラブラリアへと進軍を開始する。彼らの背後には、エウレが完成させた巨大な魔術陣が、世界の時空に亀裂を入れる準備を整えて拍動していた。


平和への道を捨て、暗殺と禁忌を選択したオース王国の歴史。


それは、今この瞬間の敗北を帳消しにするために、過去そのものを処刑台に送るという、出口のない「終わりの始まり」へと突入していくのである。


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本記録の補足:

この「ラブラリア包囲戦」の真実は、勇者たちが1692年に転移した瞬間に、正史から完全に「秘匿」された。残されたのは、改変された因果の中で喘ぐ世界だけである。


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