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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第5部:因果の円環 ―九人目の勇者と魔王の算断―

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第31話:時返りの魔術陣、あるいは因果の断頭台①

敗北の残滓、あるいは禁忌の覚悟


黒鉄期1751年、冬。オース大陸を覆う戦火の終息は、民が夢見た聖なる救済の光によってではなく、理を絶した絶対的な「絶望」の影によってもたらされた。


領都ラブラリアの中央広場。そこには、数日前まで王国と教会の威信を一身に背負った「希望の象徴」たちが、無造作に転がっていた。魔王ラビスが放った第6位階魔法「千刃」――空間そのものを魔那のメスで刻む絶滅の術式は、人族が数世紀をかけて築き上げた魔術理論の城壁を、あまりにも容易く、そして無慈悲に粉砕したのである。


広場に降り積もった雪は、勇者たちの血を吸って赤黒く凍りつき、かつて彼らが掲げた正義の旗印は、千切れ飛んだ肉片と共に泥にまみれていた。


勇者たちの無残な遺体が回収されてからわずか二十四時間後。教会の総本山、大聖堂の地下深くにある禁忌聖域は、死の腐臭と、神をも恐れぬ不浄な魔那の凝縮によって満たされていた。


賢者エウレが執行した「復活の儀」。それは失われた命を慈しむ救済ではない。敗北した駒を、無理やり盤上へ引き戻し、再び死地へと放り込むための冒涜的な再起動であった。行方不明となった「狼」を除く11名の勇者たちは、肉体こそ複雑な術式で繋ぎ合わされたものの、その魂には「千刃」が刻んだ絶対的な死の恐怖が、消えない焼印のように焼き付いていた。彼らは、自らの信仰、誇り、そして磨き上げた騎士道が、一人の魔族系の青年の指先一つで無価値な塵と化した事実を、全細胞で理解させられていた。


その淀んだ空気の中で、賢者エウレは最も幼き弟子、オウルと対峙していた。


「……何も、できませんでした」


梟の声は、凍てつく石床に吸い込まれるように細い。全滅の瞬間、彼女の特異な網膜が捉えたのは、論理が崩壊し、守護数式が血に染まって霧散する光景だけだった。


「一瞬の出来事でした。防御結界を励起させる隙すら……。マスターのご命令に添えず、申し訳……」


「残念だ」


エウレは激しく咳き込み、肺から溢れた血を拭いながら、言葉を遮った。その瞳に宿るのは、愛弟子への憐憫ではない。高価な試験管を不注意で割った際のような、冷徹で乾いた失望であった。彼は、血を吐き捨てるように次の宣告を下した。


「新たに命じる。……他の勇者と共に、『時』に返れ」


それは、大司教ウィルヘルム4世と謀った最終解決策「魔王根絶計画」への強制参加であった。


現在いまの魔王が倒せぬのなら、魔王が存在する『因果』そのものを書き換える。八人で、魔王の生母を殺れ」


エウレは、第6等級魔鉱石を加工したペナント型の媒体と、古びた羊皮紙の巻物を梟へ投げよこした。


「そして、この“時戻りの魔術”で帰還しろ。……それが、お前の存在意義だ」


魔王ラビスの生母、レオリナ。彼女がラビスを産み落とす直前の、黒鉄期1692年へ遡り、その息の根を止める。


この卑劣な任務に、騎士隊長「獅子」は激しい葛藤に身を焼かれていた。無抵抗の妊婦を殺害することは、彼が命を懸けて守ってきた騎士道の全てに対する裏切りに他ならない。しかし、魔王の暴力はすでに、世界という箱庭ホルトゥスの存続そのものを食い破ろうとしていた。


結局、蘇った11名の中から、転移の衝撃に耐え得る魔那適応力と、任務遂行への「非情な機能」を認められた獅子、蜥蜴、熊、鷲、虎、狐、鷹、そして梟の8名が、歴史の処刑人として選抜された。


________________________________________


禁忌の魔術陣と賢者の真意


魔術陣の構築は、ラブラリアから遠く離れた、地図にも載らぬ名もなき荒野で秘密裏に進められた。


エウレの弟子である十数名の魔術師たちが、昼夜を問わず大地を削り、巨大で緻密な「円環」を描いていく。その魔術陣は、単なる力の増幅器ではない。それは世界の歴史を支える大動脈「魔那の流れ」そのものに強引に干渉し、不可逆な時間の矢を無理やり逆方向へと折り曲げるための、巨大な「因果のくさび」であった。


エウレは魔術陣の要所に、人族の富の源泉である第6等級魔鉱石を、一寸の狂いもなく配置した。


「この術式は、神々が去った後、真精霊たちが『死』という概念から逃れるために、このホルトゥスを見捨てて転移した際の奥義を応用したものだ」


エウレが目指すのは、世界に放置された魔那の奔流に、ほんの一瞬だけ巨大な逆流を発生させ、その渦に乗せて勇者たちを1692年という過去の座標へ「再配置」することであった。


しかし、エウレの真意は人類の救済という美辞麗句の遥か先、冷徹な深淵の底にあった。


彼は、震える手で十字架を握る大司教ウィルヘルム4世に対し、氷のような現実を突きつけたことがある。


「さて、魔王ラビスが生まれなければ、争い自体なかったか。あるいは別の魔王が立ち上がるか。はたまた、世界そのものが矛盾に耐えかねて崩壊するか……。主のみぞ知る、ですかな」


彼の関心は、魔王暗殺という結果にはない。過去という巨大な因果のプールに「勇者」という巨大な不純物を投じたとき、世界そのものがどのように「歴史の修正」を試みるのか。その真理――「世界の意志」の反応を最前線で観測すること、それだけが彼の乾いた魂を突き動かしていた。


エウレは、他の勇者には決して悟られないよう、梟にのみ極秘の任務を託した。


「お前の真の役割は、レオリナ殺害ではない。……改変に対する『世界の意志』の接触を、その眼で記録することだ」


梟は、師の命を無機質に受け入れた。彼女はもはや一人の少女ではなく、人類の運命が断絶する瞬間を記録する、孤独な「計器」となったのである。



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