表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら余命宣告された令嬢でした  作者: 櫻木サヱ
 生き急がない選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/9

理解者であるという錯覚 (アレクシス視点)

私は、踏み込んでいない。


少なくとも、そう考えていた。


彼女に延命を勧めたことはない。

婚約の話を蒸し返したこともない。

感情を押し付けた覚えもない。


ただ、必要な場面で必要な距離にいるだけだ。


それは、配慮であり、節度であり、

何より――彼女の選択を尊重している証拠だと。


「アレクシス様、最近よくこちらにいらっしゃいますね」


公爵邸の使用人にそう言われたとき、

私は即座に否定しなかった。


「仕事の延長です」


それは事実だ。

延命に関する資料整理、研究院との連絡、

公爵からの相談。


誰かがやらなければならない役目。


そして、それを感情抜きでこなせる人間は、

そう多くない。


――私が適任だ。


そう思うことに、ためらいはなかった。


彼女は、変わらず淡々としていた。

廊下ですれ違えば、丁寧に礼をする。

必要な会話はするが、それ以上はない。


その距離が、逆に安心感を与えてくる。


期待されていない。

頼られてもいない。


だからこそ、そばにいられる。


「今日は、書庫にいらっしゃるそうです」


エマからそう聞いたのは、偶然だった。

彼女の一日の予定を、把握するつもりなどなかった。


……本当だろうか。


書庫は静かだった。

彼女は窓際の席で、本を読んでいる。


話しかける理由はない。

だから私は、少し離れた棚で資料を探すふりをした。


同じ空間にいるだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。


完璧な距離感だ。


「……何か、お探しですか」


彼女の方から声をかけてきたのは、予想外だった。


「仕事の資料です」


嘘ではない。

ただ、主目的ではないだけだ。


「そうですか」


それで終わるはずだった。


だが、彼女は本を閉じ、こちらを見た。


「最近、よくいらっしゃいますね」


責めるでもなく、詰るでもなく。

ただの事実確認。


私は、用意していた答えを口にする。


「公爵から頼まれています。

延命の件で、感情に流されない意見が必要だと」


自分でも、よくできた言い訳だと思った。


「私は、あなたを説得する立場ではありません。

だから、ちょうどいい距離です」


彼女は、しばらく黙って私を見ていた。


その沈黙が、なぜか落ち着かなかった。


「……それは、本心ですか」


静かな問い。


「ええ」


即答だった。


「私は、あなたの判断を尊重しています。

理解しているつもりです」


理解。


その言葉を使うことで、

自分が特別な立場にいるような錯覚が生まれる。


彼女は、わずかに眉を下げた。


「それは、危険な考え方ですね」


「何が、ですか」


「理解している、という言葉です」


彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「理解していると思った瞬間、人は踏み込みます。

相手の許可を取らずに」


胸の奥が、ざわついた。


「私は、踏み込んでいません」


反射的に否定する。


「あなたの人生に介入するつもりはありません」


「ええ」


彼女は頷いた。


「そう思っているのでしょう」


その言い方が、決定的だった。


否定されているのではない。

誤解を指摘されている。


「でも」


彼女は、視線を逸らさずに言った。


「あなたは、“理解者”という立場に立つことで、

ここに居続ける理由を作っています」


言葉が、喉に引っかかる。


「それは、善意でも、配慮でもありません」


冷たい声。

だが、怒りはない。


「ただの、自己正当化です」


はっきりと、切り捨てられた。


「私は、一人で生きると決めています」


淡々とした宣言。


「誰かに見守られる前提で生きてはいません」


本を手に取り、立ち上がる。


「あなたが悪いわけではありません。

でも、あなたがここにいる理由も、ありません」


その言葉は、拒絶だった。


完全な。


彼女は去っていく。

引き留める言葉は、もう残っていなかった。


書庫に一人残されて、

ようやく理解する。


自分は、引いてなどいなかった。


踏み込まないことで、

“関わっている自分”を正当化していただけだ。


理解者。

第三者。

感情を持たない人間。


どれも、彼女の人生に必要のない役割だ。


それでもなお。


それでもなお、

彼女の言葉を「正しい」と思ってしまう自分がいる。


だから余計に、厄介だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ