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転生したら余命宣告された令嬢でした  作者: 櫻木サヱ
余命宣告された令嬢

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4/6

延命という選択肢

父に呼ばれたのは、夕食の後だった。


場所は執務室。

家族のための部屋ではなく、公爵としての判断を下すための空間。


それだけで、話の内容は察しがついた。


「座りなさい、リリアーナ」


低く落ち着いた声。

感情を抑えたときの、父の癖だ。


私は言われた通り椅子に腰掛け、背筋を伸ばした。

この姿勢も、たぶん“令嬢として正しい”。


「今日の件だが」


婚約の話。

あるいは、その裏にある本題。


「侯爵家との縁談を断ったそうだな」


「はい」


理由を聞かれる前に、父は続けた。


「感情論だとは思っていない。だが、理解はできない」


視線が鋭くなる。


「医師から、余命の話を聞いた」


一瞬、空気が凍った。


……ああ。

隠しきれるとは思っていなかった。


「延命の可能性もあると言われている。

魔法研究院とも話を進めている」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かがすっと冷えた。


「成功すれば、数年は――」


「お断りします」


父の言葉を遮った。

はっきりと。


「話は最後まで聞きなさい」


「聞く必要はありません」


私は顔を上げ、父を見た。


「延命治療も、実験的な魔法も、受けません」


父の眉が、はっきりと寄る。


「それは、お前の我が儘だ」


「いいえ」


即答した。


「合理的な判断です」


父は黙ったまま、私を見つめている。

怒っているのではない。

理解しようとしている顔だ。


だからこそ、私はさらに言葉を重ねた。


「成功率は低い。

身体への負担は大きい。

成功したとしても、生活の質は保証されない」


淡々と、事実だけを並べる。


「その上で、数年延びるかもしれない命に、

家と金と人を縛る価値はありません」


「……自分の命の話だぞ」


父の声が、わずかに震えた。


私は首を傾げる。


「だから、です」


沈黙。


私は、決定的な一言を選ぶ。


「私は、もう十分生きました」


父の表情が、はっきりと変わった。


「十七歳で、何が十分だ」


「前世を含めれば、です」


その言葉に、父は息を呑んだ。


転生のことは、誰にも話していない。

でも、今は必要だった。


「病気で、未来を約束されない人生を、

私は一度経験しています」


声は、どこまでも平坦。


「だから分かるんです。

“生き延びる”ことと、“生きる”ことは違う」


父は、しばらく何も言えなかった。


「私は、治りたいわけではありません」


静かに、突き放す。


「ただ、残りの時間を、

治療室ではなく、自分の意思で使いたいだけです」


「それは……逃げだ」


「そうかもしれません」


否定しない。


「でも、その逃げを選ぶ権利は、私にあります」


父の手が、机の上で強く握られた。


「お前は、誰のために生きている」


その問いに、私は即答した。


「私のためです」


迷いはなかった。


「家のためでも、血筋のためでも、

誰かの期待のためでもありません」


立ち上がり、深く一礼する。


「公爵家令嬢としての役目は、

果たせる範囲で果たします。

ですが、命の使い方だけは、私が決めます」


それ以上、話すことはなかった。


執務室を出ると、廊下の奥にエマが立っていた。

顔色が悪い。


「……聞いてしまいました」


「そう」


私は歩みを止めない。


「ひどいこと、言いましたよね……」


「事実を言っただけです」


振り返らずに答える。


「優しい言葉は、人を縛る。

私は、縛られる気はない」


エマの足音が止まった。


「でも……寂しくありませんか」


その問いに、私は初めて足を止めた。


少しだけ考えてから、言う。


「慣れています」


それだけだった。


部屋に戻り、窓を開ける。

夜の空気は冷たく、肺に心地よかった。


延命しない。

恋愛しない。

未来を約束しない。


それは、諦めではない。


限られた時間を、

他人の希望で消費しないための、選択だ。


「……静かで、いい」


誰にも期待されない夜は、

驚くほど、安らかだった。

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