理解されない自由
リリアーナは、一人で街へ出るのが好きだった。
もちろん護衛はつく。
公爵令嬢が完全に単独行動できるほど、この国は平和でも緩くもない。
それでも屋敷の中にいる時より、ずっと息がしやすかった。
誰も“余命一年の令嬢”として完成された反応を返してこないからだ。
「こちら、新しく入った茶葉ですよ」
店主が明るく笑う。
「香りが柔らかくて、女性人気が高いんです」
「そう」
「試飲されます?」
「いただくわ」
それだけ。
同情も、気遣いも、悲劇もない。
ただの客として扱われる。
リリアーナは、それが少し心地よかった。
「楽しそうだな」
背後から声がした。
振り返ると、アーシュが立っている。
「偶然?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「護衛から聞いた」
リリアーナは少し笑った。
「正直ね」
「隠す理由がない」
アーシュはそう言いながら、棚に並ぶ茶葉へ視線を向ける。
店主は二人を見比べ、少しそわそわした顔になった。
たぶん気づいている。
噂の二人だと。
「……お似合いですねぇ」
ぽろりと零れた声。
リリアーナは内心で、“またか”と思った。
最近、本当に増えた。
並んでいるだけで、勝手に物語が補完される。
「そう?」
リリアーナが曖昧に返すと、店主は慌てて頷く。
「いえ、あの、雰囲気が!」
「どんな」
「その……落ち着いていて!」
必死な説明だった。
リリアーナは困らせるつもりはなかったので、それ以上追及しない。
代わりに試飲のカップへ口をつける。
少し甘い香り。
「悪くないわね」
「気に入ったなら買っていくか」
アーシュが自然に言う。
「あなたが?」
「別に構わない」
「過保護」
「違う」
「じゃあ何?」
アーシュは少し考え、それから答えた。
「今、君が欲しいと思ったものを、普通に買える状況を維持したいだけだ」
リリアーナは、一瞬だけ黙る。
それは“優しさ”というより、“日常を壊さないための行動”に近かった。
可哀想だから甘やかす。
限られた命だから特別扱いする。
そういう空気ではない。
ただ、“今ある生活”として扱っている。
「あなた、時々変なこと言うわね」
「そうか?」
「普通、“欲しいなら買えばいい”で終わるでしょう」
「君は周囲が妙に意味を乗せると、面倒そうな顔をする」
「よく見てるのね」
「見ているからな」
淡々と返される。
リリアーナは小さく息を吐いた。
この人は、感情的な言葉をほとんど使わないくせに、変なところで核心を突く。
会計を済ませ、店を出る。
街は穏やかだった。
行き交う人々。
荷馬車の音。
夕方前の柔らかな光。
世界は普通に動いている。
「不思議ね」
リリアーナがぽつりと言う。
「何がだ」
「皆、“死にかけの令嬢”を見る目をするのに、街は普通なの」
アーシュは少し考える。
「世界は個人に合わせて止まらない」
「冷たい」
「現実だ」
その返答に、リリアーナは小さく笑う。
冷たいのではない。
この人は、“現実を感情で歪めない”。
だから話しやすい。
「でも」
アーシュが続ける。
「君は、その普通の世界が嫌いじゃないだろう」
リリアーナは答えなかった。
答える必要がない気がした。
嫌いではない。
むしろ安心する。
自分が消えた後も世界が続くことを、どこか当然だと思っているから。
その感覚は、多分普通ではない。
でもアーシュは、“普通じゃない”と裁かない。
ただ観察する。
「あなたって、本当に不思議」
「今日はよく言われるな」
「だって、理解しようとしてるのに、“理解した”って顔をしないもの」
多くの人は、途中で結論を作る。
可哀想な人。
強い人。
儚い人。
でもアーシュは違う。
理解しきれないまま、保留にしている。
それは少し、不器用な誠実さだった。




