未来を共有しない人
夜会の音楽は、いつも少し遠い。
笑い声。
グラスの触れ合う音。
流れる弦楽器。
華やかな空間の中心にいながら、リリアーナは時々、自分だけ別の場所に立っているような感覚になる。
「お疲れですか?」
声をかけてきたのは、若い伯爵令息だった。
名前は知っている。
何度か会話したこともある。
「少しだけ」
「でしたら、無理をなさらず」
丁寧な笑み。
だがその視線には、妙な熱があった。
リリアーナは内心で理解する。
この人は、“余命一年の令嬢”に興味を持っている。
恋愛感情というより、“特別な存在”への関心だ。
「リリアーナ様は、本当にお強いですね」
またその言葉。
リリアーナは、もう数えないことにしていた。
「そう見える?」
「ええ。私なら、とても平静ではいられません」
「平静に見えるだけよ」
そう返すと、令息は少し嬉しそうに目を細めた。
――本音を話してくれた。
たぶん、そう思ったのだろう。
違う。
今のもただの事実だ。
平静なのではない。
感情の扱い方が少しズレているだけ。
「もしよければ」
令息が声を落とす。
「今度、二人でどこかへ――」
「やめておいた方がいいわ」
リリアーナは自然に遮った。
あまりにも迷いなく。
令息は言葉を止める。
「……理由を伺っても?」
「あなた、私に惹かれてるわけじゃないもの」
空気が静まる。
責める声ではなかった。
だからこそ、逃げ道がない。
「それは……」
「“限りがあるもの”に興味を持ってるだけ」
リリアーナは淡々と言った。
「人は、終わりが見えてるものを特別だと思いやすいから」
令息は否定できない。
彼自身、どこかで理解していた。
目の前の令嬢に惹かれているというより、“儚さ”に感情を動かされていることを。
「……失礼しました」
苦い顔で去っていく。
リリアーナは、それを引き止めなかった。
「容赦ないな」
後ろから聞こえた声に、振り返る。
アーシュだった。
「優しく断ったつもりよ」
「本人は致命傷を負った顔をしていた」
「事実を整理しただけでしょう?」
アーシュは小さく息を吐く。
「君は時々、感情より先に構造を見る」
「そういうものじゃないの?」
「大抵の人間は違う」
リリアーナは少し考える。
違うらしい。
でも彼女には、最初から恋愛が“未来込み”に見えてしまう。
一緒に過ごす時間。
積み重なる記憶。
残される側。
そこまで含めてしまうから、軽々しく踏み込めない。
「あなたは、どうなの」
「何がだ」
「恋愛」
アーシュは珍しく少し黙った。
考えているというより、言葉を選んでいる。
「……共有だと思っている」
「未来の?」
「時間の」
リリアーナは少し目を細めた。
近い。
けれど少し違う。
彼は、“一緒にいる時間”を重視している。
彼女は、“その先に残る時間”を気にしている。
「だから、私は向いてないのよ」
リリアーナは静かに言った。
「最初から、途中退場が決まってる側だから」
アーシュは返事をしなかった。
夜会の音楽が流れ続ける。
誰かが笑い、誰かが踊り、時間だけが進んでいく。
その中でリリアーナは思う。
自分はたぶん、最後まで恋愛を理解しきれない。
“残される未来”を前提にしてまで、誰かと未来を結ぼうと思えないから。
でも同時に。
そう考える自分を、否定せずに隣へ立つ人間がいることを、最近少しだけ知り始めていた。




